国宝 燕子花図屏風 尾形光琳筆 江戸時代 根津美術館蔵
金、青、緑の3色しか使わずにこの広がりある自然と秘められた平安時代の伊勢物語の八橋のシーンを、橋を描かずに描き尽くす。
驚くのは、背景の金箔以外に、岩絵具を2つ(群青と緑青)しか使ってないところ。花も写実性よりもデザイン性が強く、塗りもフラット。
花の中には型紙を使って、イギリスの匿名画家バンクシーのステンシル技法のように、「コピペ」してる同一デザインの花すら複数ある。
間近で部分部分を見るとサラッとしていて、濃度の差はあるものの、深みのあるようには見えない。ところが、一歩下がって距離をおいてみると、2色だけとは思えない深い光の世界になる。まさに名品だ。
ポストカードや本の写真は平面だが、屏風なので、実際に見ると、折れによって立体的に見えるのも、実に効果的。
年に一度、カキツバタが咲く4月から5月にかけての1ヶ月ほど、根津美術館で展示される。
ぜひ一度は、生で鑑賞したい国宝だ。
2022年の特別展は昭和の茶会を再現 その意図は?
2022年の燕子花図屏風の展示では、昭和12年5月に開かれ、屏風絵がお披露目された茶会が再現されていた。これが、大変に面白かった。
根津美術館のコレクションのもとは、東武鉄道や南海電鉄などを経営した明治〜昭和の実業家、根津嘉一郎(初代)だ。
明治維新後に大富豪となった点では、三菱の岩崎弥太郎、新一万円札になる渋沢栄一にならぶ立身出世の人物だ。
山梨県の豪農に生まれた根津(この点、埼玉の豪農出身の渋沢栄一と似ている)は、若い頃から骨董集めが好きだった。そのため、成金になったから買い集めたのではなく、自分の目で集めたものばかりだ。
ビジネスが大成功して、目利きもあってコレクションはさらに充実。
本願寺の大谷家の旧蔵である燕子花図屏風は、大正3年(1914)に購入したもの。
根津嘉一郎が喜寿になる記念で大規模な茶会が昭和12年(1937)5月に東京の青山の邸宅(現在の根津美術館)開かれた。
大規模といっても、茶室でもてなすため、一日の客は5、6人。それを約10日間にわたり行ったのだ。もちろん招かれたのは、政財界の重鎮や、根津の仕掛けを理解してもらえる人に限られた。
小さな茶室で行われる茶会だが、当時の茶会は、そこにとどまらず、待ち合い室でのウェルカムドリンク(無糖のミネラルウォーターみたいなもの)から始まり、茶室でのフルコース(懐石)、お茶の本番(濃茶)、別室で気軽なお茶(薄茶)、さらに別室で懇親のアルコールの飲み会(ここで燕子花図屏風登場)、さらにさらに別室で番茶を飲みながらの感想戦となる。一日がかりのイベントだ。
茶室に屏風は入らないので、燕子花図屏風はサプライズだった。
とは、言うものの、根津がこの名品を所持してることはすでに有名で、懇親の飲み会で披露されることは、お約束のサプライズだったとも言える。
実際、この茶会のルポが雑誌寄稿や書籍になるのだが、どうやら、本当のサプライズは、江戸時代の名茶人として名高い松江藩の大名、松平不昧が催した伝説の茶会から130年ぶりに、その時の花入れ「銘 藤浪」と茶入れ「銘 大江」が揃ったことだったらしい。
本展の会場では、この2つの茶器の視線の先に、ドンと燕子花図屏風がチラ見する展示構成なので、最初、音声ガイドで130年ぶりのウンチクを聞いたものの「あーそうですか」という感じだったのだが、当時としては、茶会ルネサンス!みたいな盛りあがりだったのだろう。
実際、展示の最後で、雑誌『茶道月報』(昭和12年7月号)の記事や翌年刊行の松永安左エ門著『茶道三年』などを見て、「そこが真のサプライズだったの?!」と初めて知り、会場をもう一周して、改めてこの茶器を見に行ったくらいだ。
むしろ、懇親の飲み会(浅酌席)の間で、根津が見せびらかしたかったのは、すでに知られていた燕子花図屏風ではなく、円山応挙の屏風絵「藤花図屏風」(重文)でもなく、どうやら、狩野探幽の「吉野図屏風」だったようだ。
中心に置かれたのが、吉野図屏風で、尾形光琳と円山応挙はその両脇の引き立て役だったからだ。
ただ、この屏風は、今は探幽ではなく、作者不明になっている。同じ席では、織田信長が所持との箱書きのある(明らかに森蘭丸をイメージさせる)若衆の人形型とっくりなどを含む豪華お弁当箱「鉄仙葡萄漆絵堤重 付・若衆徳利」も披露されたが、これも江戸時代(19世紀)のものと今は分かり信長所持は否定されている。
だからといって、根津の目利きが怪しいということは意味しない。根津も、これらの由緒を確かめたくて、こうした余興の場で、ほかの目利きたちに見せて、議論をしたかったのではないだろうか。
「ふーむ、するとこれは森蘭丸で?さすがにやりすぎですかなwww」とかで盛り上がったのかもしれない。この蘭丸的な若衆人形で盛り上がる一同の写真も展示されていた。
燕子花図屏風も一見の価値ありだが、茶道を嗜んでいる人や、戦前のハイカルチャーに興味のある人は、今年を逃してはならない必見の展示である。明後日5月15日まで。予約制だが夜の部はまだ予約できる。