織田軍に攻め込まれ、新府城を捨てて再起をはかりながら、重臣の小山田氏に受け入れを拒否され、さらにお寺でも拒否された武田勝頼がついてきてくれた愛妻北条夫人(本名は不明のため、珠璃=シュリーと勝手に名付けました)への最後の歌。元歌は、尾崎豊「シェリー」
シュリー 俺は転がり続けてこんなとこにたどりついた *1
シュリー 俺はあせりすぎたのか むやみに何もかも捨てちまったけれど *2
シュリー あの頃は夢だった *3 夢のために生きてきた俺だけど
シュリー おまえの言うとおり 城か夢かわからない暮しさ
*1 新府城から岩殿城へ向かいますが小山田氏に拒否されて入れず、Uターンして山寺の天目山に向かいますが、これまた寺に拒まれて、山の麓で織田軍を迎え撃つことになりました。
*2 織田軍を撃退するために防御力の強い台地の上に新府城を造ったのに、そこで戦わずに造ったばかりの建物などを燃やして放棄してしまったのです。
*3 武田勝頼は信玄の実子ですが生まれたときから武田家でなく諏訪家の跡取りとして育てられました。武田家の棟梁になるなんて子供のころは考えもよらなかったのです。
転がり続ける 俺の生きざまを
時には無様なかっこうでささえてる *4
*4 武田勝頼は妻のシュリーに実家の北条家へ戻るように言います(北条家はこのとき織田寄りで家康と連絡をとっていました)。しかしシュリーは死を覚悟でついていくことを決めます。大名の娘なのに輿に乗って移動ではなく、歩いていくことを余儀なくされました。
シュリー 優しく俺をしかってくれ
そして強く抱きしめておくれ
おまえの愛が すべてを包むから
シュリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
シュリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう
シュリー 俺は歌う 愛すべきものすべてに
シュリー 天目山の麓で 追放した部下に出会ったら どうすりゃいいかい *5
シュリー 俺ははぐれ者だから おまえみたいにうまく笑えやしない
シュリー 夢を求めるならば 孤独すら恐れやしないよね
シュリー ひとりで生きるなら 涙なんか見せちゃいけないよね
*5 次々に重臣や側近たちが勝頼のもとを逃げ出す中で、かつて勝頼の側近たちの誣告によって逼塞させられていた部下の小宮山内膳がなんと、ともに滅びることを覚悟で参陣してきました。もちろん焼け石に水ですが、このとき勝頼は笑顔は見せなくても、嬉しさと悔しさ(本当の忠義者を見抜けなかったこと)の涙を流したことでしょう。
転がり続ける 俺の生きざまを
時には涙をこらえてささえてる
シュリー あわれみなど 受けたくはない
俺は負け犬なんかじゃないから
俺は天目山に背を向け歩いて行く *6
*6 天目山は山寺で、武田氏の先祖武田信満が15世紀はじめに自刃しています。武田氏は事実上、ここで一度断絶したともいわれています。勝頼は死を覚悟で、こうした歴史の繰り返しの非常さを訴えたかったのかもしれませんね。案の定、お寺や周辺の住民は、勝頼をかくまったとなると織田軍から処分されるので、逆に兵を出して、追い返してしまいます。そこで勝頼は山の麓の田野で織田の滝川一益軍を待ち、玉砕覚悟の最後の戦いに臨みます。
シュリー 俺はうまく戦えているか
俺はうまく笑えているか
俺の笑顔は卑屈じゃないかい
俺は誤解されてはいないかい
俺はまだ馬鹿と呼ばれているか *7
俺はまだまだ恨まれているか
俺に愛される資格はあるか
俺は決してまちがっていないか
俺は真実へと歩いているかい
*7 勝頼が愚将とされるのは、江戸時代になってからで、当時は織田信長も徳川家康も非常に優秀な武将であると認めていました。最近は勝頼の名誉も回復されてきています。勝頼はその後もシュリーに北条へ帰って生き延びるように言いますが、シュリーは一度夫婦になったのだからさんずの川まで一緒ですと一途な愛を伝えました。
シュリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
シュリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう
シュリー 俺は戦う 愛すべきものすべてに
シュリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
シュリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう
シュリー 俺は詠う 愛すべきものすべてに
*最後、勝頼は混戦のなか、シュリーや息子の武田信勝(16歳、シュリーにとっては先妻の息子)とともに死にます。息子は戦いのなかに飛び込み最後に忠臣とともに自刃。シュリーもみずから脇差しで胸を刺して命を散らしました。19歳でした。(口のなかに守り刀を刺して自刃との説も)
勝頼は、シュリーの使った脇差しで自刃しあとを追ったとも、刀を振るって戦死したともいわれていますが、はっきりわかりません。ともかく、勝頼と息子の首は京都に送られて晒され、さらに織田信長の次のターゲットである毛利攻めの最前線である播磨(兵庫県)へ送られ、威嚇のためにさらされたとみられています。
参考文献 平山優『武田氏滅亡』(角川選書)