欧米では、大変な話題となっているが、日本ではあまり知られていない事件に、「ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)」事件がある。
一言でいうと、フェイスブックの個人データを大量に盗み(といっても、厳密には、フェイスブックの性格診断アプリを通じて、金を払って正規のやり方で収集した)、それを分析することで、名前、電話、出身学校、政治姿勢まで、特定の個人情報を浮かび上がらせて、さらにその人たちをSNSを通じて、洗脳させ、選挙結果を左右させたという民主主義における大事件だ。
実際に、このケンブリッジ・アナリティカ社が世論誘導したことで、前回のアメリカ大統領選では、クリントン優勢のみかたの中でトランプ大統領が勝利し、イギリスではブレグジットが有権者の多数を占めた。
ハッキングすることで選挙結果を左右するというと、直接、選挙管理委員会のデータに侵入して、票数を入れ替えるなどのことが想像されがちだが、実態はもっと恐ろしかった。SNSでフェイクニュースや扇動的な投稿などを効果的に送ることで、人の心を変えさせることができた、というのがこの事件の真の恐ろしさだ。
このことを告発したクリストファー・ワイリーが書いた告発本がこの『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社)だ。
スティーブ・バノンらオルタナ右翼とよばれる人々がケンブリッジ・アナリティカ(CA)社にお金を払って依頼をしたのだが、この告発したCAの元社員の経歴が興味深い。
ネトウヨかと思ったら、真逆である。
ゲイで、リベラル派で、24歳で、カナダ人の男性。
CA社も、もともとは、正義のハッカーとして、テロの情報を事前に掴むのが仕事だったのが、金であっさり買収されてしまったのだ。ハッカーというのは、正義にもなれば、悪にもなる、そんな象徴的な側面を反映しているともいえる。
やはり、トランプ大統領の誕生とブレグジット(これは告発者がやめたあと)、自分の意思とはむしろ反対のことを、洗脳によって進むことに、良心の呵責があったのだろう、彼は、コンタクトをとってきたジャーナリストに告発をする。
驚くのは、この事件が明らかになる直前と直後のフェイスブックの対応だ。
まず、報道が出ることを掴んだフェイスブックは、この男性を告訴すると脅しをかけて、記事の公開の差し止めをはかったのだ。さらに、フェイスブックはまっさきにCA社に連絡をいれ、CA社のサーバーにアクセスする許可をもらっていた。これは当然、フェイスブックがかかわる痕跡を消そうとした疑いがある。
その隠蔽工作に気づいた捜査機関ICOは、捜査員と護衛の警察官をCA社の現場に急派したところ、フェイスブックから来た調査員と鉢合わせになった。あとわずかのところで、フェイスブックによる隠蔽が実行されたかもしれなかったのだ。
ケンブリッジ・アナリティカ事件の大きな構図では、フェイスブックは一見被害者のようにもみることができるが、欧米でフェイスブックへの非難の嵐が巻き起こったのは、こうした隠蔽の画策という事情があったようだ。
フェイスブックは、日本でも同じような性格診断アプリがはやった時期があった。
はたして、どのようにそれが使われたのか?
アプリの運営者はどんな組織だったのか?
日本でパンドラの箱が開く日も、いずれくるかもしれない。