室町貴族のリアル日記『言国卿記』 1503年(文亀3年)2月28日 山科言国が亡くなる

1503年(文亀3年)2月28日、室町時代中期の公卿・山科言国ときくに(1452年生まれ)没。52歳。

サキ:「ねえエミちゃん、2月は短いね、28日の今日って何かある日なの?」
エミ:「ある! 今日2月28日はね、1953年2月28日、吉田茂が衆議院予算委員会で質問者の社会党右派の西村栄一議員に「バカヤロー」と発言したの」
サキ:「あぁ!有名なバカヤロー解散!」
エミ:「バカヤロー!って怒鳴りつけたイメージがあるけど、実はぼそっと「ばかやろう」ってつぶやいたのが聞きとめられてしまったの。それで社会党が議会軽視だと激オコして、内閣不信任案を提出、与党の一部が脱党して賛同したため、不信任となり、3月14日に衆院解散したの」
サキ:「じゃあ、きょうのテーマはそれだね!今、高市総理と予算委員会の攻防がニュースになってるし」(2026年2月)
エミ:「いや、きょうの出来事はこれよ。室町町時代の公卿・山科言国やましなときくにの命日なの。1503年2月28日に52歳で亡くなってるわ」
サキ:「え、誰?やましな……ときくに? 聞いたことないなぁ」
エミ:「そうよね、知名度は高くないのよ。でもこの人、日記を残してるんだけど、これがめちゃくちゃ面白いの」
サキ:「日記? 『今日もお仕事つらかった』みたいな?」
エミ:「ほぼそれ(笑)。でもその『つらかった』の中身が、応仁の乱のリアルとか、室町幕府の内部事情とか、庶民の一揆とか、歴史の教科書じゃ絶対書かれない濃い話ばっかりなの」

「山科家」ってどんな家?

サキ:「そもそも山科家って……山科って京都にある山科のこと?」
エミ:「そう! 山科郷を拠点にした公家の家でね、代々内蔵頭くらのかみという役職を世襲してたの」
サキ:「内蔵頭?」
エミ:「天皇家の財産管理みたいなポジション。今で言ったら宮内庁の経理部長みたいな感じ?」
サキ:「あ、えらいじゃん!」
エミ:「えらいんだけどね、言国が生きた時代って応仁の乱(1467〜1477年)のど真ん中と、その後のボロボロの時代なの。公家ってみんな超お金に困ってて、領地は荒れるわ、収入はないわ」
サキ:「あの、10年以上続いた京都が焼け野原になった戦乱ね……」
エミ:「そう。言国が10代の頃に始まって、20代まで続いてるのよ。その時代をどうやって生き延びたか、日記に書いてるわけ」

日記『言国卿記』のすごさ

サキ:「日記って……個人の日記なのに、なんで歴史史料になるの?」
エミ:「いい質問! 当時の公家って記録魔が多くてね、日記が貴重な一次資料になるの。言国の日記はかな混り文で書かれてるのが特徴で、読みやすいのよ」
サキ:「へえ〜、漢文とかじゃないんだ」
エミ:「そう。で、内容がすごくてね、宮廷のゴシップ、幕府の政争、山科郷の農村の様子、土一揆の記録まで入ってるの。まさに15世紀末の京都タイムラインよ」
サキ:「え、一揆まで? 公家なのに農村の話も書いてるんだ」
エミ:「山科郷が家の領地だからね。農民たちと直接関係があったの。たとえば文明12年(1480年)の大規模な徳政一揆なんかも記録されてて、研究者にとってはお宝史料なのよ」
サキ:「徳政一揆……借金帳消しを求める一揆だよね。それを公家目線で書いてるって、逆に貴重だね」
エミ:「そうなの! 農民側の記録じゃなく、『困った困った』って言いながら書いてる支配者側のリアルな反応が残ってるのが面白いところで」

長男を賊に殺された父の日記

(エミが少し声のトーンを落として)
エミ:「でね……言国には悲しい話もあって。明応3年(1494年)に長男の定言さだことが賊に殺されてるの」
サキ:「えっ……貴族の息子が殺されるなんて……乱世だ」
エミ:「次男の言綱ときつながまだ幼かったから、言国は高齢まで朝廷の仕事を続けなきゃいけなかった。日記にはその頃の苦労も滲んでてね」
サキ:「……それは、しんどいね」
エミ:「でも淡々と書き続けてるのよ。儀式の記録、天気、人の訃報、日常の出来事。それが当時の公家の仕事だったから」
サキ:「日記を書き続けること自体が、ある種の使命だったのかもね」
エミ:「……それだよ、まさに。ちなみに言綱の息子が織田信長や家康とも関係のある有名な山科言継ときつぐ(1507~1579年)よ」

山科家礼記との「ダブル取材」

エミ:「彼の日記だけでも充分に貴重なんだけど。さらに面白いのは、『山科家礼記やましなけらいき』という家来の日記も残っていることなの」
サキ:「家礼でケライって読むんだ。なんかかっこいい」
エミ:「略して『山礼記さんらいき』とも呼ぶわ。これは山科家の家司けいし、つまり家のマネージャーみたいな人が書いた日記なの。主に書いているのは大沢久守おおさわひさもりって人ね」
サキ:「同じ時期の同じ家の話を、主人と使用人がそれぞれ書いてるってこと?」
エミ:「そうなの! だから研究者は両方を照らし合わせて読めるの。主人が『今日は客が来た』って書いてる同じ日に、家司が『接待の準備でてんてこ舞いだった』みたいな話が出てきたりして」
サキ:「上司と部下の視点でクロスチェックできるんだ! それ、めちゃくちゃ面白いじゃん」
エミ:「でしょ? 歴史研究ってこういうパズル合わせが楽しいのよ」

応仁の乱 言国が生きた時代の意味

サキ:「それはそうと、山科言国は高齢と言っていたけど、52歳で亡くなってるんだね。今だったら普通に働き盛りだけど、当時は……」
エミ:「当時としては現役でバリバリ働き続けたとしたら、十分に長生きした方といえるかもしれない。しかも応仁の乱を10代で経験して、公家社会が崩壊しかけた時代に、家を守りながら朝廷の仕事を続けて、日記を書き続けた。それだけで十分すごいと思う」
サキ:「普通に生きること自体が、あの時代は大事業だったんだね」
エミ:「まあそうなの。言国は英雄じゃないし、歴史を動かした人でもない。でもその『普通』を書き残してくれたから、私たちが500年後に室町の空気を感じられる」
サキ:「日記って、すごいな」
エミ:「ね。自筆原本18冊が宮内庁書陵部に今も保存されてるのよ。別に1冊だけ京大にあるけど。山科家礼記も15冊のうち14冊は宮内庁にあるの」
サキ:「えっ、原本が残ってるの!? 500年以上前の日記が……」
エミ:「そこが日本の文書保存能力のヤバいとこよ。震える。宮内庁は近年、所蔵品を続々と国宝や重要文化財に指定させているから、これもいずれ重要文化財には指定されるんじゃないのかな」
サキ:「そうなると、研究が深まって内容についても面白い話がでてきそうだね」

おまけ:プレイリスト会議

サキ:「じゃあ今日のプレイリスト! 私はヨルシカの『だから僕は音楽を辞めた』かな」

エミ:「え、なんで?」
サキ:「なんか……記録を残すことへの執着というか、『書き続けること』のやるせなさみたいなものが、歌詞に重なるかなって」
エミ:「うわあ、深い選曲してきたじゃない……。私はAimerの『カタオモイ』にする。時代に翻弄されながらも、淡々と記録を続けた言国の、片思いみたいな誠実さというか」
サキ:「朝廷へのカタオモイ!」

エミ:「あとボカロ系ならkemu(ケム)の『人生リセットボタン』も入れたい。徳政一揆を起こした農民たちへのオマージュとして」
サキ:「借金リセット! それすごくわかる(笑)」

エミ:じゃあ最後はmiwa 『ヒカリヘ』で締める。歴史を残すことはまさに未来へのヒカリなんだって。

🎵 今日のプレイリスト「言国卿記 ――室町の日常と未来」

だから僕は音楽を辞めた/ヨルシカ
カタオモイ/Aimer
人生リセットボタン/kemu
ヒカリへ/miwa

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