トーハク運慶展 冬の夜に迫る荘厳な7体の国宝仏に心が震える

【木曜日の夜 20:00 上野公園・東京国立博物館前】

(ライトアップされたトーハク本館を背に、興奮冷めやらぬ様子のエミとサキ。夜風が冷たいが、二人の熱気は最高潮)

サキ:はぁ……すごかった……。なんかもう、情報の密度が濃すぎてクラクラする。
奈良の正倉院展の帰りにさ、興福寺の北円堂を外から眺めて『いつか中に入りたいね〜』って言ってたのが、まさか上野で叶うなんて!

エミ:本当ね。会場に入った瞬間、息を呑んだわ。運慶が蘇らせた鎌倉時代の北円堂が空気感を含めて完全”再現”されてた!

サキ:私、中に入った瞬間、ちょっと震えちゃった。 薄暗い照明の中に、弥勒(みろく)如来さまがドーンと座ってて、その後ろに無著(むじゃく)・世親(せしん)菩薩さまが控えてて……。 なんか、この2人は仏像っていうより『生きてる人』がいるみたいだった。

「枯れたおじいちゃん」と「ムキムキの壮年男子」

エミ: 分かるわ。特に私は、向かって右側の無著(むじゃく)菩薩さまに心奪われたわ。 一見すると、老いて枯れたおじいちゃんなのよ。姿勢も少し丸まってて、衣も重そうで。でもね、その立ち姿に、長年積み重ねてきた『智識』という一本の筋が、鋼のように通っている美しさがあるの。後ろから見たときはむしろ世親よりもしゃんとして見えたわ。誤解を恐れずに言えば……『じじい、かっこいい』って感じ。

サキ: 「『じじい、かっこいい』! 名言出た(笑)。 私はね、左側の世親(せしん)菩薩さまにやられちゃった! あの肩の盛り上がり、見た!? 仏像とか四天王の筋肉とはまた違う、現実にいそうな鍛え上げられた壮年の男性の力強さがあるの! しかも、照明の加減かな? 玉眼(ぎょくがん)がキラリって鋭く光った瞬間があって……私、完全に心を射抜かれちゃった……

エミ: ふふ、サキちゃんは逞しいのがお好みね。でも知ってる? 実はあの二人、兄弟なのよ。

サキ: えっ!? 兄弟!?

エミ: そう。実在したインドの僧侶で、無著が兄、世親が弟。 兄の無著は穏やかで思慮深く、弟の世親は鋭く情熱的。運慶は、その性格や年齢差まで意識して、演出盛り盛りで、あんな風に彫り分けたのよ。

サキ: うわぁ……だからあんなに雰囲気が違うのに、どこか響き合ってたんだ。兄弟かぁ……尊い……

① 「たった7体」の濃密体験とタイパ

エミ:たった一部屋、たった7体の展示。Xでは「これだけ?」って声もあったし、私も「7つだけ」ってちょっと思ってたけど、逆よ。「7体だからこそ、最高」だったわ。

サキ:うん、それよね! 私も最初は「すぐ見終わっちゃうかな?」って思ったけど、全然そんなことなかった!
むしろ、数百点もある大型展だと途中で足が疲れちゃうけど、今回は国宝の傑作だけを、脳みそが一番元気な状態で濃厚に浴びられた感じ!

エミ:だよね。現代人は忙しいから、大量の展示を流し見するよりも、こういう「超超高純度な体験」を求めているのかもしれないわね。
仕事帰りや映画の合間にサクッと、でも魂が震えるような体験ができる。ある意味、最強の「タイパ」よね。

③ 「360度・ライティング」というUXの勝利

サキ:それに、お寺じゃ絶対に見られない「背中」まで見放題だったのが圧倒的だった!
弥勒さまの背中の丸みとか、無著(むじゃく)さまの衣のシワの重なりとか……後ろから3体を見たときの感動がすごかった。無著さまと世親さまは振り返るんじゃないかって錯覚するくらい本当に生きてるみたいで……

エミ:あれは博物館ならではの「UX(顧客体験)」の勝利ね。
お寺の薄暗いお堂で拝むのも厳かで素敵だけど、博物館のドラマチックなライティングで、360度あらゆる角度から観察できるのは別格よ。ある意味で「本物を見る」以上よね。「本物を本物以上の解像度で見る」ドラマチックな体験になったわ。

② 「推し活」としての仏像(筋肉・血管フェチ)

サキ:あとさ、あとさ! 四天王の筋肉! あれ、どうなってるの!?
私、多聞天(たもんてん)さまの腕の血管とか、踏ん張ってる足のふくらはぎとか、どきどきしたよぉ。ガン見しちゃった(笑)。Xで『血管がエグい』とか『お尻が良い』って言ってる人がいたけど、わかりみが深い……

エミ:ふふ、サキちゃんも完全に『推し活』視点ね。
でも、運慶の凄さはそこにあるの。単なる信仰対象を超えて、現代人がフィギュアやキャラクターを愛でるような、身体的なフェティシズムすら刺激する造形力。
グッズ売り場で「四天王アクリルスタンド」が売り切れていたのも納得よ。みんな、仏像を「筋肉質なイケメンキャラクター」としても楽しんでいるのね。

サキ:うん! 私たちも勢いで佐々木香輔さん撮り下ろしのポストカードをけっこうな数買っちゃったし、もし「四天王プロテインシェイカー」とか残ってたら絶対買ってた(笑)。エミちゃんの推しは?

エミ:私は増長天(ぞうちょうてん)さまかな。刀に手をかけて黙考するポーズ、渋くて素敵だった。あの『動』の前の『静』の緊張感……しびれたわ。
無著さまと世親さまも含めて、本尊の弥勒さま以外はみんなキャラが立ってるのも、推しポイント高いわよね。

④ 夜間開館と「イベント消費」

サキ:それにしても、夜間開館に来て正解だったね! 昼間はもっと混んでたみたいだけど、夜は静かで、なんか特別なイベントに来たって感じがした。

エミ:そうね。金曜と土曜は20時まで(最終週は木曜も)開いてるから、都心の会社員が仕事帰りに寄ったり、私たちみたいに上野の紅葉やライトアップとセットで楽しんだりできる。
美術鑑賞が、堅苦しい勉強じゃなくて、映画やディズニーに行くみたいな「日常のエンタメ」として定着してきているのを感じたわ。

サキ:うんうん。奈良の感動を、東京の夜にアップデートできた感じ! エミちゃんと一緒に来られて本当によかったぁ。
……ねえ、帰ってポストカード並べて、買ってきた「大和ルージュクッキー」食べながら、今日の復習会しよ? エミちゃんにもっと兄弟の話聞きたい!

エミ:いいわよ。運慶がどうやって『魂』を彫り込んだのか、語り明かしましょうか。
……あ、その前に。見て、上野公園のイチョウが紅葉してる!ライトアップされてて綺麗だよ!

サキ:わぁ、ほんとだ! 金色に光ってる!

(サキ、エミの方を振り返り、少しはにかんで右手を差し出す)

サキ:ねえエミちゃん。……手、つなご?

エミ:……もう。甘えん坊なんだから

(エミ、優しく微笑んで、サキの手をしっかりと握り返す)

エミ:はいはい。今日は特別ね。サキちゃんの手……温かい。

サキ:えへへ。無著さまと世親さまみたいに、私たちも仲良し兄弟(姉妹)だもんね!」

エミ:(ぽっと顔を赤らめる)私が無著、サキちゃんが世親。そうね。……さ、帰ろうか。
(秋の夜風の中、落ち葉を踏みしめる二人の楽しげな足音が上野駅に向かって遠ざかっていく)

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