天平5年1月11日(733年1月31日)県犬養三千代(橘三千代)が死去

天平5年1月11日(733年1月31日)光明皇后の母、県犬養三千代(橘三千代)が逝去。
翌年(天平6年)1月11日、つまり一周忌に、光明皇后が興福寺西金堂を建立し、釈迦丈六像などを安置しました。
「伝 橘三千代念持仏」(法隆寺蔵)が国宝。画像はWikipediaにあり。

関連記事

  1. 神護景雲3年2月17日(769年3月29日) 陸奥国の桃生城・伊治城に移住する百姓を坂東8国から募る

  2. 国宝「金剛経」張即之筆 南宋時代 宝祐元年(1253)京都・智積院蔵

  3. 【国宝】「絵因果経」奈良時代に描かれたブッダのマンガ版伝記 所蔵先の東京藝大で公開

  4. 鶴岡八幡宮の名刀ー歴史に宿る武士の信仰ー 鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム

  5. 慶応4年3月28日(1868年)「神仏判然令」で神仏混淆を禁止 廃仏毀釈運動が起きる

  6. 寛永18年2月7日(1641年) 江戸幕府が初の武家系図集「寛永諸家家系図伝」の編纂命じる

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。