文久元年(1861年)3月5日 浮世絵師歌川国芳が65歳で死去

歌川国芳「相馬の古内裏」Wikipedia(パブリックドメイン)

文久元年3月5日(1861年4月14日) 浮世絵師歌川国芳が死去。65歳。
師匠の歌川豊国の役者絵、広重の景色絵、国芳の武者絵を「三羽烏」という。水滸伝ブームを巻き起こした「水滸伝豪傑百八人」をはじめ豪快な人物絵を描かせたら天下一品。弟子に三菱一号館美術館で開催されている「芳幾と芳年」の落合芳幾・月岡芳年がいる。その後も、画の系譜は、鏑木清方や川瀬巴水らにも続いた。

歌川国芳 通俗水滸傳豪傑百八人之壹人・浪裡白跳張順 大判錦絵 東京国立博物館蔵 ColBaseより

関連記事

  1. 白隠さんのゆるい達磨と狩野派の金ピカの襖絵、どっちも”禅”でした——妙心寺展ルポ後編

  2. 大永5年(1525年)4月14日 駿河の戦国大名今川氏親が東国初の分国法「今川仮名目録」を制定

  3. 承和元年(834年)1月8日 空海が初めて「後七日御修法」を宮中で実施

  4. 慶長12年(1607年)2月20日 出雲の阿国が歌舞伎踊りを上演

  5. 天平13年(741年)2月14日 諸国に国分寺・国分尼寺を建立させる命令(詔)

  6. 江戸時代の細川藩に「鍋奉行」が存在したという衝撃の「事実」が明かされ、翌々日収束する

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。