明治10年(1877)4月16日 クラーク博士が札幌を去る

明治10年(1877)4月16日 札幌を去るクラーク博士が島松駅逓で見送る札幌農学校(現・北海道大学)の生徒に馬上から「Boys be ambitious(青年よ 大志を抱け)」と言葉を残して立ち去る。明治11年(1876)10月に建設された札幌農学校演舞場(時計台)は重要文化財。

明治9年(1876)、北海道開拓の指導者となる人物を養成するため、札幌農学校が設置。アメリカのマサチューセッツ農科大学学長のクラーク博士らが招聘される。

クラーク博士の構想で、明治11年(1876)10月に札幌農学校演舞場が建設。名前の通り、兵式訓練のための施設で、入学式や卒業式などが行われる中央講堂としての機能はサブだった。
時計台の機能は当初はなく、3年後の明治14年(1881)8月に黒田清隆開拓長官の指示で時計塔(ハワード社製の振子式塔時計)が付設され、8月12日に時刻を報せ始めました。
明治36年(1903)に農学校が現在の北海道大学の位置に移転したあと、札幌市が譲り受けた。
昭和45年(1970)に、時計台は、旧北海道道庁庁舎などとともに「北海道開拓初期の貴重な洋風建築遺産」として重要文化財に指定される。

  • コメント: 0

関連記事

  1. 寛永16年2月1日(1639年)『三河物語』の大久保彦左衛門80歳で死去

  2. 砲火の下を若いドイツ将校に身を守られてハイヒールで走った杉原千畝の妻の回顧 書評『六千人の命のビザ』

  3. 東博の常設で展示されている雪舟「四季山水図」4幅(重要文化財)が想像以上に素晴らしかった

  4. 見努世の友を見たおかげでまだ見ぬ「みぬ」さんに会えた

  5. 承和元年1月8日(834年2月19日) 空海が初めて「後七日御修法」を宮中で実施

  6. 「古美術逍遙~東洋へのまなざし」(泉屋博古館東京)感想

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。