昭和24年(1949)3月31日 東京の各消防署で受信していた119番を集中管理する方式に改め、東京消防庁に「通信指令室」を設置。
(大手町のオフィス近くのカフェ。ランチ後、サキがスマホで何かを調べている)
エミ:「サキちゃん、さっきからずっとスマホ見てるわね。何調べてるの?」
サキ:「ふふふ。エミちゃん、今日は3月31日でしょ? 実はこの日、日本の通信システムの歴史にとって、めちゃくちゃ大事な日なんだよ」
エミ:「え、珍しい。サキちゃんが歴史の話題を振ってくるなんて」
サキ:「だって今日のテーマは通信インフラだもん。こっちはあたしの守備範囲じゃん!」
エミ:「ふふ、頼もしいわ。じゃあ今日はサキ先生にお任せね」
サキ:「任せてよぉ。——昭和24年、1949年の3月31日にね、それまで各消防署がバラバラに受信してた119番を、東京消防庁で集中管理する方式に切り替えたの。『通信指令室』っていう部署が設置された日なんだよ」
エミ:「通信指令室……。それまではどうしてたの?」
サキ:「各消防署がそれぞれ電話を受けてたの。でもそれだと、どこの署がどの火事に出るかの調整が大変でしょ? で、集中化して89回線を一つの指令台にまとめたことで、一斉指令で出場できるようになったんだよ」
エミ:「なるほど……司令塔ができたってことね」
サキ:「そうそう! システム的に言うと、分散処理からセンター集約型アーキテクチャへの移行。ロードバランサーの導入みたいなものだね」
エミ:「(……横文字多いわね。でもサキちゃんがこんなに生き生きしてるの、珍しいから黙って聞こう)」
119番はもともと「112番」だった
サキ:「でね、エミちゃん。そもそもなんで『119番』だと思う?」
エミ:「言われてみると不思議ね。110番は警察、119番は消防……って、なんとなく覚えてるだけで、由来なんて考えたことなかったわ」
サキ:「実はね、最初は119番じゃなかったんだよ。大正15年、1926年に初めて緊急通報用の番号ができたとき、火災報知用に割り当てられたのは——112番だったの」
エミ:「112番!?」
サキ:「当時、自動交換方式のダイヤルが導入されたんだけど、一刻を争うからダイヤル時間の短い番号が選ばれたの。ダイヤル式電話って知ってる?」
エミ:「穴に指を入れてぐるっと回すやつよね? 映画とかで見たことあるわ」
サキ:「そう! で、1は回す距離が一番短くて、0が一番長い。だから1→1→2って、最短に近い組み合わせで設計されたんだよ」
エミ:「へぇ〜! 物理的な速さを考えて番号を決めたのね。面白いわ」
サキ:「でもね、ここで問題が起きたの。1と2が近すぎて、かけ間違いが多発しちゃった」
エミ:「あら……」
サキ:「で、翌年の昭和2年、1927年の10月に、地域番号として使われてなかった”9″を組み込んで119番に変更。9はダイヤルを長く回す必要があるから、誤操作が起きにくくなるってわけ」
エミ:「あえて手間を増やすことで安全性を高めたのね」
サキ:「そう! UXの世界では『確認ダイアログ』って呼ばれる考え方と一緒。誤操作を防ぐためにあえて操作コストを上げるの。100年前のエンジニアが、同じ発想にたどり着いてたんだよぉ。これ、あたし的にめちゃくちゃ胸アツなんだけど!」
エミ:「(あら、サキちゃん早口になってる……こういうときのサキちゃんって、いつもの私みたいね)」
110番(警察)が始まったのは1948年(昭和23年)。旧警察法の施行で消防と警察の組織が分かれたのがきっかけで、消防=119番、警察=110番っていう棲み分けが生まれたんだよ。110番は最初、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の六大都市と、逓信局のあった札幌・熊本でスタートして、1960年までに全国に拡大。2000年には海上保安庁への緊急通報用に118番も追加されてるよ。
明治の電話事情——「電話でコレラがうつる」騒動
エミ:「でもサキちゃん、119番ができる前はどうやって火事を知らせていたの?」
サキ:「そもそもの話をすると、日本に電話が来たのがね、グラハム・ベルが電話機を発明した翌年——明治10年、1877年のことなの。この年に電話機が2台輸入されて、翌年にはもう国産第一号が作られてるんだよ」
エミ:「明治10年! 西南戦争の年じゃない。そんな時代にもう電話が……」
サキ:「さすがエミちゃん、すぐ歴史イベントに紐づけるね」
エミ:「職業病、いや非職業高濃度趣味病よ」
サキ:「あはは。で、明治23年、1890年に東京・横浜間で電話の交換業務が始まったんだけど、このとき加入者は東京155、横浜42の合計たったの197件。ここで面白いエピソードがあるんだよぉ」
エミ:「なあに?」
サキ:「交換業務が始まる前年に、東京でコレラが流行したのね。ちょうど電話交換の公開実験をしてた時期で——」
エミ:「うんうん」
サキ:「『電話は声をよく伝えるくらいだから、きっとコレラも媒介するんじゃないか』って噂が広がって、電話をつけるのをしりごみする人まで出たんだって」
エミ:「…………え?」
サキ:「声は空気の振動を電気信号に変換して銅線で伝送してるだけだから、病原菌が通るわけないんだけどね」
エミ:「それは今だとさすがにあり得ないってわかるわ……。でも当時の人の気持ちも少しわかる気がする。目に見えない”何か”が線を通じて届くってことの理屈が分からないと不気味に感じたのかもしれないわね」
サキ:「あ、そういう想像ができるのがエミちゃんだよねぇ。あたしはつい”原理的にありえない”で片付けちゃうから」
エミ:「ふふ。で、他にもエピソードがあるの?」
サキ:「うん。『電話線に荷物をぶら下げれば先方に届くだろう』って思った人もいたらしいよ」
エミ:「……それはもう宅配便の発想じゃない」
サキ:「でしょ? 笑っちゃうけど、当時は大真面目な話だったみたい」
エミ:「新しい技術が現れたときの戸惑いって、いつの時代も似たようなものなのね……」
いたずら電話との闘い——大正の消防本部長、2日でブチギレ
サキ:「さて、消防署に電話が導入されたのは明治20年、1887年のことなんだけど——」
エミ:「119番よりもずっと前ね」
サキ:「うん。消防本署と各派出所の間に電話が引かれたんだけど、問題があってね。当時の電話局って、緊急通話の優先処理をしてなかったんだよ」
エミ:「つまり、火事の通報も普通の電話と同じ順番待ちってこと?」
サキ:「そう! 優先キューが未実装。これじゃ消防電話の意味ないじゃんって話でしょ」
エミ:「それは……困るわね」
サキ:「で、火災報知用の専用電話が正式にできたのが大正6年、1917年の4月1日。火事を発見したら電話局に『火事』って言えば、交換手がすぐ消防署につないでくれるっていう仕組み。人力ルーティングだね」
エミ:「市民の反応はどうだったの?」
サキ:「期待は大きかったみたい。新聞で『いよいよできる火事の電話』とか『鐘が鳴ってからは掛けるな』とか、事前にたくさん報道されたんだって。——でもね」
エミ:「でも?」
サキ:「いたずら電話と問い合わせが殺到した」
エミ:「……やっぱり」
サキ:「当時の交換手さんの手記が残ってるらしいんだけどね。火事が起きると局内総動員、一人で200人以上の加入者を受け持つのに接続用の紐は16対しかない。火事は夜間が多くて人手も足りない。そのうえ消防車が通っただけで問い合わせが殺到する——」
エミ:「交換手さん、大変だったのね……」
サキ:「16本の紐で200人をさばくって、同時接続数の上限が完全に足りてないんだよ。現代で言えばサーバーダウン確定の状態」
エミ:「しかも人力でしょう? 機械じゃなくて、一人ひとりが手で線をつないでるんでしょう? 想像するだけで胃が痛くなるわ」
サキ:「で、極めつけがこれ。制度が始まったのが4月1日で——緒方消防本部長が新聞で激怒の談話を出したのが、4月3日」
エミ:「2日後!?」
サキ:「『いたずらで電話を使うような不心得者は、警察犯処罰令その他の法規に照らして厳重に処罰する』って。しかも東京市約46,000人の電話所有者全員に、各所轄の警察署長から注意させるとまで言ってるの」
エミ:「全員に……すごい危機感ね……てか電話4万6000回線しかなかったんだ」
サキ:「でね、もうひとつ大きな問題があったの。最初、火災通報って有料だったんだよ」
エミ:「えっ!? 火事を知らせるのにお金がかかるの!?」
サキ:「そう。だから通報をためらう人がいて、初動が遅れるケースがあったの。結局、大正8年、1919年から火災通報の通話料は全部無料になった」
エミ:「今なら当然に思えるインフラも紆余曲折があったんだね」
サキ:「そうなんだよ。本当にインフラというのはUI・UXが大事なんだよ」
火災報知電話が初めて実際に使われたのは、制度初日の大正6年4月1日の早朝。日本橋本石町からの通報だったんだって。システムリリース当日に本番稼働って、エンジニア的にはドキドキだよねぇ。
大手町と119番
(カフェの窓の外を消防車が通り過ぎる)
サキ:「あ、消防車」
エミ:「タイムリーね」
サキ:「で、話を戻すと——1949年3月31日の通信指令室設置で、119番は集中管理体制に移行した。89回線が指令台に収容されて、火災も救急も一斉指令で出場できるようになったの」
エミ:「112番に始まって、119番に変わって、バラバラの受信から集中管理へ……。技術って、失敗と改良の繰り返しで進んでいくのね」
サキ:「そうそう。で、今の東京23区の119番を受けてるのは、千代田区大手町の東京消防庁にある『災害救急情報センター』なんだよ」
エミ:「大手町って……私たちが毎日通ってるところじゃない!皇居のお濠の近くに救急車止まっているけど、あそこか!」
サキ:「そうなの。多摩地域は立川の『多摩災害救急情報センター』が担当してるんだけどね」
エミ:「すぐそばで誰かの命を守る電話を受けてる人たちがいるのね……。明日から大手町の景色が少し違って見えそう」
サキ:「あと、11月9日が『119番の日』なんだよ。昭和62年、1987年に制定されたの。秋の火災予防運動の初日に合わせてね」
エミ:「11月9日で119……数字の並びね」
サキ:「112番のままだったら、1月12日が記念日になってたかもしれないね」
エミ:「ふふ。かけ間違いがなければ今ごろ『112番の日』だったのかしら」
サキ:「バグが仕様を生むってやつだよ。112番のかけ間違いっていう”バグ”がなかったら、119番っていう”仕様”も生まれなかった」
エミ:「失敗が新しい形を作るって、歴史の中にもたくさんある話よ。……今日のサキちゃん、すごく頼もしかったわ」
サキ:「え……そ、そう? べ、別にいつもと変わんないけど……」
エミ:「(あら、照れてる。かわいい)」
🎵 プレイリスト会議
(カフェでケーキセットを追加注文しながら)
エミ:「さ、プレイリストいきましょう。今日はサキちゃんから先にどうぞ」
サキ:「じゃあ、あたしはBUMP OF CHICKENの『ファイター』で」
エミ:「おお、どうして?」
サキ:「いたずら電話と闘った消防本部長、16本の紐で200人をさばいた交換手さん……最前線で必死に頑張ってた人たちへのリスペクト。あと、声を届けるっていうテーマが119番そのものだなって」
エミ:「いいわね……。じゃあ私はOfficial髭男dismの『Pretender』にするわ」
サキ:「なんで?」
エミ:「”もっと違う設定で出会えたら”っていうフレーズがあるんだけど、112番が119番に変わった話を聞いて、”もし番号が違っていたら歴史はどう変わっていたかしら”って想像しちゃったの」
サキ:「おぉ、歴史のifだ! エミちゃんらしい」
エミ:「もう1曲いい? YOASOBIの『群青』を入れたいの。”いつもの様に過ぎる日々にあくびが出る”で始まるあの歌が、当たり前の日常こそが大切だって」
サキ:「インフラの大切さを、エミちゃんが再認識してくれたならうれしいな!」
エミ:「サキちゃんに通信の歴史を教えてもらって、私も知らないことだらけだって実感したわ」
サキ:「えへへ。たまにはあたしが先生やるのも悪くないかも」
エミ:「たまにじゃなくていいわよ?」
サキ:「…………っ。(顔が熱い)」
- BUMP OF CHICKEN「ファイター」― 119番の最前線で闘った人たちへのリスペクト
- Official髭男dism「Pretender」― “もし違う番号だったら”という歴史のifに想いを馳せて
- YOASOBI「群青」― なにもない日常の大切さを噛みしめる
参考:東京消防庁



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