建永2年4月5日(1207年5月3日)日記「玉葉」の九条兼実(59歳)が死去

建永2年4月5日(1207年5月3日)公卿の九条(藤原)兼実が59歳で死去。摂家九条家の始祖。日記「玉葉」の最古写本は宮内庁蔵。

  • コメント: 0

関連記事

  1. 建保2年2月4日(1214年) 栄西が源実朝に茶を進め「喫茶養生記」を献上

  2. 大化5年3月25日(649年) 蘇我石川麻呂が誣告による謀反の疑いをかけられて山田寺で自殺

  3. 治暦5年2月5日(1069)仏師円快、絵師秦致貞、法隆寺の聖徳太子坐像(伝七歳像)を造る

  4. 推古元年1月15日(593年2月21日)法興寺(飛鳥寺)の塔の心礎に仏舎利を納める

  5. 【書評】輝ける、そして迷惑な老人列伝『くそじじいとくそばばあの日本史』(大塚ひかり著)

  6. 建保7年2月10日(1219年) 年次判明最古の讃岐神谷神社本殿(国宝)の造営開始

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。