直感ですが…前方後円墳と水田の関係は時期がずれてるだけ

朝日新聞の読者面に掲載された古代史の本。

この説明を読んだだけで本を読んでいませんので、「直感」ですが、前方後円墳の周りの周濠が、ため池に見えたのは、のちの時代にため池として再利用されたものだからだと思います。

読んでないので直感ですが。

そもそも、周濠は、漢字からして水堀と思えますが、もともとは空堀でした。(16ページ、若狭徹 2013『古墳時代ガイドブック』(新泉社)

奈良時代には僧侶の行基が、池15ヶ所(行基年譜)などのため池を、おそらく大和国を中心に作っています。奈良時代の律令国家は、古墳という先祖崇拝から、当時の国際基準(現代の資本主義のような)の仏教に舵を切り、奈良の平城京は、天皇クラスとみられる前方後円墳を破壊して造成しています。

前代である飛鳥時代(古墳時代末期とも呼ばれる)の天皇たちの陵墓(基本的に前方後円墳ではなく八角墳など、どちらかというとコンパクトな円墳)を壊すことはありませんが、それより前の前方後円墳について、奈良時代以降もずっと手をつけられることはなかったということは、ありえません。このことは直感ではありません。

関連記事

  1. ブラック企業は差別的か、言葉狩りか 塩見鮮一郎『差別の近現代史』(河出文庫)を読む

  2. 令和でもますます遠ざかるニーチェの「千の目標 一つの目標」

  3. 【書評】読書猿『独学大全』他者との違いを楽しむ独学ブームよ、来たれ!

  4. ぶら美で復習、空也上人と六波羅蜜寺 運慶の仏像は31体しか現存しない

  5. 【書評】『VUCA時代のグローバル戦略』 それでも地球化(グローバル化)は進む

  6. 法月綸太郎の『赤い部屋異聞』を読んでから原作の江戸川乱歩「赤い部屋」を読んでみたところ

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。