長久2年(1041年)1月1日「和漢朗詠集」を撰じた藤原公任死す

長久2年(1041年)1月1日「和漢朗詠集」を撰じた公家の藤原公任きんとうが没する。(扶桑略記)
1013年(長和2年)頃の成立したもので、漢詩約590句、和歌約220首を、春・夏・秋・冬・雑の5つのカテゴリーに分けて収めたものです。
なお、公任の直筆は残っていません。現存するのは、書写されたものです。
輸入した唐紙に金銀泥の大和絵風の下絵を加えた美しい料紙に書写した平安時代の「倭漢朗詠集 太田切」(静嘉堂文庫美術館)が国宝に指定されています。トップ画像は静嘉堂文庫美術館「響きあう名宝展」図録から。

関連記事

  1. 飛鳥大仏は「日本最古」なのに国宝になれない!?推古17年(609年)4月8日 飛鳥時代の仏師・鞍作鳥が丈六釈迦像(飛鳥大仏)を完成

  2. きょうは何の日?【日本史365日】

  3. 「第1回」が8回もある!? 118回を数える不屈の展覧会史 1946年(昭和21年)3月1日 第1回日展開幕

  4. 大蒔絵展(三井記念美術館)の国宝7件すべてを見た感想

  5. 国宝普賢菩薩像を見てきましたトーハクで

  6. 天正12年(1584年)3月6日 織田信長の息子信雄、家老3人を斬殺 小牧長久手の戦いへ

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。