「たたかう仏像」は「お墓を守る人形」が起源だった!? 1000年前の中国の副葬品から日本の神将像へ—意外すぎる系譜を追う

「たたかう仏像」静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)

【日曜日 東京・丸の内】
(静嘉堂文庫美術館のホワイエ、重要文化財「明治生命館」を覆うガラス天井の光を浴びながら、ソファに腰を下ろす二人。サキはソファに設置された図録をめくる)


サキ:「はぁ……想像以上だったね。仏像って穏やかに微笑んでるイメージだったけど……」

エミ:「ふふ、その常識が見事にひっくり返されたでしょ? 私も展覧会のタイトルを最初に見たときに『?』ってなったもの。アジェンダ設定がすごく巧みだったわね」

加彩神将俑 阿形 唐時代 7世紀 静嘉堂文庫美術館

サキ:「うん……。考えてみれば、去年一緒に運慶展に行って、あの武装した迫力のある四天王像を見ていたのに、『たたかう』って言葉とリンクしていなかった」

トーハク運慶展 冬の夜に迫る荘厳な7体の国宝仏に心が震える

エミ:「そうなのよ。四天王も十二神将も、ずっと目の前にあったのに、『たたかう仏像』っていう切り口で一堂に集められた瞬間、急に見え方が変わる」

サキ:「あ……そっか。『再配置』だ」

エミ:「?」

サキ:「知ってる仏像たちが、別の位置に置き直された感じ。『運慶の作品』じゃなくて『たたかう姿』っていう軸で並べられたら、同じものなのに、全然違って見えた」

エミ:「……それにさ、サキちゃん。ほかにも『タイトル』にはとんでもない仕掛けがあったよね」

サキ:「えっ……なんだろう」

如来坐像・力士立像 晩唐〜五代 10世紀 静嘉堂文庫美術館

(エミは展示目録の出展作品リストを指でなぞる)

サキ:「No.44まであるね。後期展示のものもあるけど……あっ! 仏像が8件しかない!」

エミ:「そうなのよ。仏画に描かれた仏や眷属の図像はたくさんあるけど、彫刻のような立体的な、いわゆる『仏像』の数が極めて絞り込まれているの」

サキ:「これって……タイトル詐欺じゃないよね?」

エミ:「逆よ。たたかう仏像に至るまでのエピソード0が、この展覧会の本当のストーリーってことね」

サキ:「あ……そっか」

エミ:「運慶展は完成された美の頂点を楽しむ展覧会だったけど、これはまさに過程を楽しむもの」

サキ:「分かるかも。私もコードが完成したときも嬉しいけど、プログラムしている過程に楽しさと構造の美を感じるもん」

エミ:「はは、サキちゃんらしいわ」

「たたかう」理由の理解には仏教の常識を再インストール

サキ:「でもさ、そもそも仏様って『慈悲』の存在なんでしょ? なんで武器持って、鎧着て、あんなに怒ってるの?」

エミ:「それが今日の展覧会の核心なのよ。インドのもともとの仏教では、どうやらこんなストロングスタイルじゃなかったみたい。答えを先に言うと、『たたかう仏像』のビジュアルは中国の唐時代に生まれたってことね」

サキ:「ビジュアルじゃないっていうと……テキストだったってこと?」

エミ:「まさに、それよ! 四天王の毘沙門天や密教の不動明王は、それぞれ『法華経』や行法「不動十九観」で、概念として観音菩薩や大日如来に代わる現世での救済者として表現されていたの。現世の色々な悩みを解決してくれるなら…」

サキ:「あ……そっか。武の力を持つビジュアルが効果的だね」

エミ:「日本では平安時代が『末法の時代』、つまり世紀末と考えられていたけど、これも当然、中国経由の考えよね。中国では唐の時代が『末法の時代』だったそうよ。世紀末に生きてた人たちにとっては現世がかなりハードモードだから、優しく微笑んでるだけの仏様じゃ心もとなかったのよ。『本当に守ってくれるの?』って」

サキ:「だから、見るからに強そうな姿になっていったんだ……現世という最前線でバリバリ働くための『武装』

エミ:「そう。武装する仏像は、現世から解脱するのが目的という本来の仏教からは、かなり異なる世界線ってことね」

サキ:「中国の仏教伝来って漢の時代って世界史で習ったけど、今私たちが知っている仏像だったり仏教だったりは、ブランチだったんだけど、それが本流にマージされた……つまり、最初は異端だった表現が、いつの間にか正統になったってことね」

エミ:「えっ? エンジニア用語? よくわからないけど、たぶんそういうこと(笑)」

合体ロボ化した神将俑

加彩神将俑 阿形 吽形 唐時代 7世紀 静嘉堂文庫美術館

サキ:「武装化したのは分かったけど、あの『たたかう仏像』のデザインというかファッションというか、その原点が中国のお墓を守る守護者だったというのがびっくりだったね」

エミ:「そうね、そこがまさに展覧会のクライマックスだったわね。唐時代の副葬品。1000年以上前の、お墓に入れる人形。死者が生前と同じように生活を送れる環境を整えるのが目的。古代エジプトも日本の古墳にも共通している考えね」

サキ:「仏教の悟りを開くとか、現世の苦しみを救済するというのとは、だいぶ違う価値観のはずだけど」

エミ:「秦の始皇帝の兵馬俑で有名な、中国のお墓文化の伝統ね。秦の統一前の戦国時代から始まり、明・清時代まで『俑』は断続的に行われてきたそうよ」

サキ:「墓を守るという点では、俑が武装していくのは、腑に落ちる」

エミ:「展示の解説や図録によると、隋唐時代の前、南北朝時代後期から隋、初唐時代の俑の武装は、実際の当時使われていた甲冑デザインだそうよ。メインビジュアルにも使われている加彩神将俑は7世紀後半の唐前期(唐時代は618年から)のものね。この唐時代のリアル武将のデザインが同時期に仏像に取り入れられたっていうわけ」

サキ:「表情はデフォルメされているけど、リアリティのある鎧なんだね。でも、隣にある8世紀、50年後か……唐時代の三彩神将俑3体は、肩やお腹に神獣がついていて、合体ロボみたいに記号的に“強さ”を盛ったデザインだけど、リアリティーは減っていた感じがする」

三彩神将俑 吽形 唐時代 8世紀 静嘉堂文庫美術館

エミ:「展示のキャプションでは『武装もりもり』って書いてあったね(笑) 『強く』を意識して過剰防衛のほうにデザインが進化していったんでしょうね。それに仏像に取り入れられると同時に、武装する仏像の特徴が俑にも反映されていったみたい」

サキ:「俑と仏像の相互作用でデザインのインフレが起こったのかな」

エミ:「まさに。『もっと強そうに!』っていう競争ね」

シルクロードを経て、そして日本へ

サキ:「そうそう! それに、並んでいた髪の毛逆立った三彩神将俑『怒髪天』もあったよね。完全にスーパーサイヤ人じゃない!? 今にも『かめはめ波』でも撃ちそうな……」

三彩神将俑 怒髪天 唐時代 8世紀  静嘉堂文庫美術館 頭のニコチャンマークみたいな3つの頭がかわいい。でも目に見えるところが鼻の孔、眉毛っぽいのが目らしい

エミ:「あはは! Xでも同じこと言ってる人いたわね」

サキ:「でしょ!? あれ見て、なんかアニメの原型って仏像なんじゃって思っちゃった」

エミ:「実際、それもあるかもね。兵馬俑から続く俑の葬送文化が、隋唐時代のシルクロード経由の新しい仏教と『合体』して『神将形式』が爆誕。それが奈良時代の日本で受け入れられて、そのあと日本では少しずつ形を変えながらも保たれてきたの」

重要文化財 浄瑠璃寺旧蔵十二神将立像のうち午神像 安貞2年(1228)頃 静嘉堂文庫美術館

サキ:「うわぁ……。1000年前のお墓グッズが、日本の仏像のデザインに影響してたなんて……あらためてびっくり」

エミ:「日本では最初からリアリティーのあるデザインじゃなく、仏教界の異世界ファッションだったから、そのあとも基本的にはこのデザインが踏襲されていったのね」

サキ:「じゃあ中国では、武装する仏像のデザインはリアリティーのある方向で変化していったのかな」

妙法蓮華経変相図 宋時代 11~12世紀 静嘉堂文庫美術館

エミ:「そうね。この展覧会では、唐時代のあとの宋時代の仏画『妙法蓮華経変相図』が第一章に展示されていたわね。そこに描かれていた毘沙門天の武装は、唐時代のとは違う感じがしたわ。唐時代と宋時代の武装する仏像の変化っていう視点をこれまで持っていなかったから、帰ったら京博の『宋元仏画』の図録をめくってみるわ」

京博の「宋元仏画展」が伝説レベルでヤバい

サキ:「じゃあ、これからエミちゃんの家に行こっか」

エミ:「えっ、来るの? ……お鍋一緒に食べよっ。具材は十二神将にあわせて12種類よ」

【展覧会情報】
「たたかう仏像」
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
会期:2026年1月2日(木)〜3月22日(日)
※曜変天目茶碗以外は撮影OK

関連記事

  1. 正保4年2月6日(1647年)茶人小堀遠州、69歳で死去

  2. 兵馬俑展に行ってきました

  3. 養老3年2月3日(719年) 衣服を右前にするよう定める

  4. 国宝普賢菩薩像を見てきましたトーハクで

  5. 「国宝 東京国立博物館のすべて」に展示されているすべての国宝について感想【その1】

  6. 天正12年3月6日(1584年) 織田信長の息子信雄、家老3人を斬殺 小牧長久手の戦いへ

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。