【2026年10月25日(日) 上野のカフェ 午後】
エミ:「この一週間の文化財ニュースから、十個に絞ってまとめてきたわよ。今週は、弥生時代から古代にかけてのニュースが多かったわ。特に注目なのは、大宰府と卑弥呼の話ね」
サキ:「大宰府と卑弥呼? どうつながるの?」
1 大宰府政庁跡で26年ぶりの発掘、外交の「壇」があった可能性
サキ:「大宰府って、学校で習った気がする。九州の役所だよね?」
エミ:「そう。奈良・平安時代、九州の政治と外交の中心だった役所よ。今回、国の特別史跡の政庁跡で、26年ぶりに発掘が行われたの。今後の整備工事に向けて、地下の様子を確かめるためね」
サキ:「何がわかったの?」
エミ:「太宰府市教委によると、海外の使節を迎える儀礼で使われた特徴的な『壇』があった可能性が高まったの。見つかったのは、階段状の通路をつくる石列の一部よ」
サキ:「地方の役所なのに宮殿みたいな造りだったってこと?」
エミ:「記事でも、天皇などが住む『宮殿』のような造りだったことを裏づける大事な証拠だとされているわ。市の文化財課長は『びっくりしています』と話しているの。大宰府はただの地方機関ではなく、日本の玄関口みたいな重要拠点だったから、立派であったことはわかっていたけど、このコメントからすると、想像以上ってことみたいね」
出典:NHK/TVQ九州放送/公式:太宰府市 現地説明会のお知らせ
2 卑弥呼時代の京丹後の弥生墳墓で鞘が残った鉄剣が見つかる
サキ:「京丹後の古墳から、鉄剣? しかも鞘が残ってるの?」
エミ:「そう。京都府埋蔵文化財調査研究センターが、堀北古墳群(京丹後市)で、弥生時代後期末の墳墓を見つけたの。長さ約20メートル、幅約8メートル。11基の埋葬施設があって、そのうち中心的な2基から、鞘が残った鉄剣が出てきたのよ」
サキ:「鞘が残っているなんて、すごいね」
エミ:「記事では、2世紀後半から3世紀初頭に続けて造られたと推定されていて、卑弥呼の時代と重なるとしているの。卑弥呼は言わずもがなだけど、3世紀の邪馬台国の女王とされる人物よ」
サキ:「卑弥呼の時代に丹後の人も鉄の剣を持っていた意味は?」
エミ:「そこがポイントね。鉄製品を副葬した弥生の墓は九州北部に多くて、本州では日本海側の丹後が突出しているんですって。研究センターは、弥生の王墓とされる赤坂今井墳墓が築かれた時期に、その下の集団にも広く鉄製武器があったことを示すと話しているそうよ」
サキ:「鉄は大陸からの輸入に頼っていた時代だよね。そうすると、丹後は近畿地方にとっての玄関口ってことか」
出典:産経ニュース/京都新聞/公式:京都府埋蔵文化財調査研究センター 現地説明会
3 弥生最大級の墳丘墓・岡山の楯築遺跡の「大溝」を探す
サキ:「さっきの弥生の墓の話とつながってそうだね」
エミ:「そうね。岡山の楯築遺跡は、弥生時代後期(2世紀後半)の国内最大級の墳丘墓とされていて、古代の吉備の大首長を弔うために築かれたと考えられているの。卑弥呼の1、2世代前と想定できるわ。大きな円の両端に長方形がついている、独自の形だったはずなの」
サキ:「前方後円墳が円の端に四角がついているから、その反対側にも四角があるってことかな」
エミ:「そんな感じ。前方後円墳という形が整う前のプロトタイプの一つとして重要視されているのよ」
サキ:「それで、何を調べているの?」
エミ:「史跡範囲に含まれていない南西の突出部一帯を3年計画で調べているの。今回は遺跡の西の端にあるはずの大溝、つまり遺跡の境界を探すのよ」
サキ:「遺跡の境界って大事なの?」
エミ:「重要ね。特にさっきいったように、この古墳の形が非常に重要なのだけども、1970年代の宅地開発で突出部が破壊されているのよ。破壊は戻らないけど、新しい調査によって、卑弥呼前の謎の解明に近づく発見になることが期待されるわ」
サキ:「考古学ってなんか推理みたいだね」
出典:山陽新聞デジタル/NHK/公式:倉敷市 楯築遺跡保存整備事業
4 古墳研究の第一人者、白石太一郎さんが87歳で死去
エミ:「まさに推理する考古学者の一人が亡くなられたわ。ご冥福をお祈りいたします」
サキ:「ごめん、この白石太一郎さんは名前を初めて聞いたかも。どんな人?」
エミ:「古墳研究をリードしてきた考古学者よ。10月11日、87歳で亡くなられたと報じられているわ」
サキ:「どんな研究をしていたの?」
エミ:「前方後円墳が現れてから終末期まで、古墳の変遷を総合的に研究した人ね。文献の研究も取り入れて、古代国家ができていく過程を解き明かしてきたの。奈良の橿原考古学研究所や国立歴史民俗博物館を経て、大阪の近つ飛鳥博物館の館長も務めたのよ」
サキ:「ふーん、なんか難しくてよくわからない」
エミ:「一言でいえば、最近の邪馬台国ヤマト説や箸墓古墳が卑弥呼の墓である説、纏向遺跡の邪馬台国の宮殿説を考古学から提唱した人ね」
サキ:「それならわかる」
エミ:「考古学以前には、邪馬台国は九州説が強かったのは知っているわよね。白石さんの説をざっくりと言うと、弥生時代には北部九州が大陸からの鉄の流入などを抑えていたの。それに対抗して、瀬戸内や畿内の勢力が「邪馬台国連合」を組んで、九州に対抗したって流れね」
サキ:「それってずっと常識の考えと思ったら、比較的最近なんだね」
出典:朝日新聞/奈良新聞
5 弥生時代に戦争は始まったのか、特別展「ヒト・戦い」
サキ:「その弥生時代って、戦争が始まった時代なんだよね?」
エミ:「そう言われてきたの。根拠は、中国の歴史書にある倭国大乱の年代と、防御集落が造られた時期が一致すること」
サキ:「じゃあ、それで決まりじゃない?」
エミ:「ところが、大阪の池上曽根遺跡の柱の年代測定で、両者の時期がずれることがわかったのよ。近年は、戦争の証拠とされてきたものを問い直す研究が相次いでいるそうなの」
エミ:「京博でチラシを見て気になっていた展覧会なんだけど、展示では、防御集落、武器、殺傷人骨、武器型の祭器など、戦争の指標とされる6つの考古学的事実を一つずつ検証しているそうね。館長の禰冝田佳男さんは『35年に及ぶ研究の進展を見てほしい』と話しているわ」
サキ:「モノの証拠から、戦争があったかどうかを確かめていくんだね」
エミ:「かなり気になる展覧会なんだけど、ちょっと行く時間があるかなぁ。なんとか図録はいつかゲットしたいわ」
出典:産経ニュース/公式:大阪府立弥生文化博物館 秋季特別展「ヒト・戦い」
6 第78回正倉院展が開幕、東西の交流を伝える宝物たち
サキ:「正倉院展、昨日から始まったんだよね?」
エミ:「そう。一般公開は10月24日から11月9日まで。会期中は無休で、事前予約の日時指定制(一般2000円)よ」
サキ:「今年は何が出るの?」
エミ:「宝物は60件で、そのうち11件は初めて出るものなの。第1回は昭和21年で、今年で80年なんですって」
サキ:「目玉は?」
エミ:「ポスターとかのメインビジュアルは、聖武天皇の遺愛品とされる漆胡瓶。ペルシャ風の水差しで、黒い漆の地に、草花やシカの形の銀板を貼ってあるの。西アジアの器の形を、東アジアの漆の技術で作った、東西交流の象徴とされているわ」
サキ:「ペルシャ風なのに漆塗り? 面白い組み合わせだね」
エミ:「ペルシアなど西アジアで作られたガラスの水差し『白瑠璃瓶』も出ているから、比較するのは面白そうね」
サキ:「Xで話題になってる雨を呼ぶとされた、あの龍のミイラは?」
エミ:「『虹龍』ね。歴史的に、正倉院をあけるたびに雨が降ったとされた『原因』のミイラなんだって。最近、調査したところ、ニホンテンのミイラであることが判明したそうよ」
サキ:「龍じゃなかったんだ!当たり前だけど」
エミ:「Xでは初日から雨だけど、この虹龍が降らせたって話題ね。こういう話好きなのよ」
サキ:「科学で真実が明かされながら、それでいて神秘な現象がまた起きる、わたしもそういうの嫌いじゃないよ」
出典:読売新聞/産経ニュース/公式:奈良国立博物館 第78回正倉院展
7 鷹島海底遺跡の元寇船、韓国・モンゴルと国際連携で調査
サキ:「元寇の船?」
エミ:「長崎県松浦市沖の鷹島海底遺跡で、2024年に確認された3隻目の『鷹島3号沈没船』の全容を国際的に明らかにしようとしているの。今年度は、砂に深く埋もれた西側を重点的に掘っているみたいね」
サキ:「海の中の調査って、どうやってるの?」
エミ:「海洋考古学っていうジャンルがあるのよ。7月に韓国の国立の研究所と協定を結んで、韓国の調査船『ヌリアン号』が初めて来日したそうよ。モンゴルの研究者も参加しているわ」
サキ:「元寇は高麗とモンゴルの連合軍だよね。その国々が一緒に同じ船を掘ってるなんて、ちょっとすごいね」
エミ:「かつて敵だった国どうしが協力して同じ遺跡に向き合うというのが今回の大きなポイントね」
サキ:「水深18メートルで、木の船がよく残ってたね。砂に埋まっていたからかな」
エミ:「そうかもね。調査を指導する池田榮史教授は『4400隻の船が来ているので、見つかっている3隻で終わりということはない』と話しているわ」
出典:NHK/NIB NEWS NNN/公式:松浦市 鷹島3号沈没船
8 兵庫県初の「金箔瓦」が姫路城の城下町跡から出土
サキ:「金箔瓦って、信長の安土城や秀吉の大坂城、秀長の郡山城とかにあったやつだよね?」
エミ:「そう。権力の象徴として、瓦に金箔を貼ったとされるの。ところが、近畿で唯一、金箔瓦が見つかっていなかった兵庫県で、姫路城の城下町跡から初めて見つかったのよ」
サキ:「どこから出たの?」
エミ:「武家屋敷のあたりの溝の跡からよ。瓦当(瓦の先端の文様のある部分)とみられる瓦片が出て、文様の一部に金箔と、その下地の漆が確認されたの」
サキ:「今の姫路城の前に、秀吉が城を築いていたんだよね」
エミ:「そう。だから『秀吉の時代の姫路城の瓦だったのか』が一番の関心事なの。でも、担当の山下大輝さんは『秀吉時代の姫路城の瓦かは判断できない。集められた品の可能性もある』と慎重に話しているわ。出土したのは1点で、江戸時代後期の遺構からだから、なおさらね」
サキ:「誰かが拾って、大事に持っていたのかもしれないってことか」
エミ:「その可能性もある、という段階ね。展示は秋季企画展のプロローグで、12月20日まで観覧無料。月曜休館(祝日は開館)よ」
出典:産経ニュース/公式:姫路市埋蔵文化財センター 秋季企画展
9 瑞泉寺の本堂など4棟が重文へ、週末の参拝者は平年の3倍
サキ:「富山の井波の瑞泉寺って、彫刻のお寺だよね?」
エミ:「そう。10月16日の文化審議会の答申で、本堂・太子堂・山門・鐘楼堂の4棟が、国の重要文化財に指定されることになったの」
サキ:「週末の参拝者が平年の3倍だったんだって?」
エミ:「約600人よ。海外からの参拝者も『素晴らしい木彫りがあると聞いていた』と話していたの」
サキ:「やっぱり山門の彫刻が目当て?」
エミ:「文化6年(1809)に建てられた山門ね。本山の大工と井波の大工が協力して造った建物で、今に続く井波彫刻が生まれるきっかけになった遺構と評価されているの」
サキ:「建物の形にも特徴があるの?」
エミ:「本堂と太子堂の大きな仏堂が並ぶ『両堂形式』は、真宗大谷派の別院では唯一なんですって。県内の寺社建築の重文指定は、1988年の勝興寺以来38年ぶりなのよ」
サキ:「答申されたのに、まだ文化財ニュースやってないね?」
エミ:「あーっ。ここのところさぼってたから、それも作らないと、サキちゃん、つきあってぇ」
サキ:「もちろん」
出典:TBS NEWS DIG(チューリップテレビ)/公式:富山県 「瑞泉寺」の重要文化財指定について
10 奈良ホテル本館、営業を続けるホテルで初の重文へ
サキ:「これも重文指定案件だね。奈良ホテルって有名なクラシックな高級ホテルだよね、たしかアインシュタインも泊まった?」
エミ:「そうそう。1909年に開業した『関西の迎賓館』で、アインシュタインやヘレン・ケラーも泊まっているの。猿沢池の向こうにあるわね。一度だけロビーに入ったことしかない」
サキ:「いろんな全国のホテルに出張で泊っているエミちゃんも?」
エミ:「出張だからとても泊まれる金額じゃないわ。所有するJR西日本によると、現在も営業しているホテル単独の建物では全国初の重文指定になるみたいね」
サキ:「どんな建物?」
エミ:「設計は東京駅で有名な辰野金吾と片岡安の事務所。木造で一部が煉瓦造の二階建てで、東西約141メートルもあるの。吹抜の大広間、大階段、格天井、暖炉が残っているのよ」
サキ:「木造で暖炉があるなんて素敵だね。でも防火対策とかはどうしてたんだろ?」
エミ:「記事には防火の話は書かれていないけど、1995年には震災の復旧と屋根瓦のふき替え、2017〜2020年には耐震改修を行って、ちゃんとバージョンアップしながら今も現役のホテルとして使われているそうよ」
サキ:「アインシュタインが実際に弾いたピアノも、館内に伝わってるんだって」
エミ:「MBSの報道ね。泊まるのは難しくても、大階段を見に行くだけでもいい旅になりそうね。こんど紅茶飲みにいかない?紅茶もめちゃ高いけど」
サキ:「じゃあ、たまには私がおごってあげようかな」
出典:ABCニュース/TBS NEWS DIG(MBS)/公式:JR西日本ホテルズ 奈良ホテル本館、国の重要文化財に指定へ


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