「清朝秘話 100年の流転」BSプレミアム

3月5日に放送されて、録音したままだったのをようやく見た。

非常に面白かった。世界の歴史は知らないことばかりだが、だがそれがいい。

清朝滅亡とともに、海外に流失した清朝の秘宝が、豊かになった中国人によって高値で買い戻されているという話。

乾隆帝の工房で作られた壁掛け用の花入れは、イギリスで150円で売られたという逸話があり(盛りすぎな気がする。現地取材していたが裏取りできなかった)、1億8000万円で、落札されるのが、その象徴的なエピソード。日本で100万円で売られた壺は、3ヶ月後に中国のオークションで1億円に。こちらは、裏取りをきちんとしたエピソード。

これらの流失した清朝の秘宝の多くは、20世紀初頭に、山中定次郎(山中商会)が清朝王族の恭親王二代目溥偉から、数千点をまとめて買い付けて、写真つきの図録をつくり、世界に売ったのだった。その図録が、今の中国コレクターのバイブルとなり、そこに載っているものは、数千万円、1億円となるのだそうだ。

1908年の時点で、日本ブームから、すてに日本の古美術は高騰して、入荷できず、そこで山中は中国古美術に目をつけたそうだ。

1912年に辛亥革命で、清朝は滅亡。皇帝溥儀は6歳、溥偉は31歳で一族を取りまとめ、再興を目指す。その資金とするために、山中に売ったのだ。

清朝秘宝研究第一人者が東北学院大学の冨田昇名誉教授によると、数十万〜百万元を超える額。

これらはいちおう紫禁城ではなく、王家のもの。しかし、その後も、紫禁城に溥儀は、中華民国から資金を与えられて住み続けたが、だんだん困窮して、紫禁城からも秘宝が流失。

藤井善助という政治家がコレクションした7千点の中国古美術をもつのが、京都の藤井斉成会有鄰館。(こんな美術館あったのか)

一方、溥儀が満州皇帝になるために紫禁城から持ち出した秘宝もある。

その一つとして紹介されていた、張択瑞「清明上河図」があった。都市の風景画なのだが、ウィキペディアでみるとなんと12世紀。この絵では、橋が広重の浮世絵のように、完璧な遠近法が使われているのだ。もちろん、ヨーロッパのルネサンスよりずっと早い。

この視点が定着せずに、複数の視点を織り交ぜた禅的な水墨画が隆盛になるのだから、歴史は面白い。

あと、シルクロードのホータンの白玉は、古代から最も珍重された「羊脂玉」と呼ばれ、ねっとりとした質感というのも、面白い。こんど、中国古美術をみるときは、ねっとりとした白を探したい。

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