享和2年1月25日(1802年)木村蒹葭堂が亡くなる

享和2年1月25日(1802年2月27日) 江戸時代の大坂の文人で、芸術家の大パトロンの木村蒹葭堂(けんかどう)が67歳で亡くなる。
谷文晁が描いた肖像画は重要文化財(大阪歴史博物館蔵)。画像はWikipediaから。昨年、日曜美術館で紹介されました。

こちらはもしも木村蒹葭堂がイケオジだったら。

関連本(1万円)
https://amzn.to/3kDeKbg

関連記事

  1. 承平5年2月16日(935年)紀貫之が任期を終え土佐国から帰京

  2. 建久4年4月10日(1193年5月12日) 鎌倉幕府の奏請により備前と播磨を東大寺と東寺の造営料国に

  3. ぶら美で復習、空也上人と六波羅蜜寺 運慶の仏像は31体しか現存しない

  4. 昭和54年(1979)1月20日、古事記の「筆録」した太安万侶の墓誌が奈良県で出土

  5. 明治41年(1908年)3月23日 平塚らいちょうが森田草平と栃木県塩原の尾花峠で心中未遂。

  6. 昭和12年(1937年)2月11日 文化勲章令を公布

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。