慶応4年(1868年)4月11日 江戸城無血開城

慶応4年4月11日(1868年5月3日) 江戸城無血開城。徳川慶喜は水戸に退隠。その後、静岡へ。
江戸城跡は国特別史跡。桜田門などの建物は重要文化財。



【4月11日 皇居東御苑】

(春風に桜の花びらが舞う中、江戸城内を歩く二人)

サキ:「うわぁ、この石垣の石すごいねぇ……なんかもう、圧が違うっていうか」

エミ:「でしょう? ここが江戸城の中心の幻の天守台よ。今日は4月11日——この場所にちなんだ大事な日なの」

サキ:「あっ、もしかして江戸城が関係する日?」

エミ:「正解。慶応4年、西暦1868年の今日——江戸城の無血開城が行われた日よ」

サキ:「無血開城! 戦わずにお城を明け渡したってやつだよね?」

エミ:「そう。人口100万を抱えた江戸の町が、戦火から救われた日なの」

第1章 将軍、逃げ帰る——そして覚悟を決める

サキ:「でもさ、なんでわざわざお城を渡さなきゃいけなかったの? 将軍がいるんでしょ?」

エミ:「話はその少し前に遡るわ。慶応4年の1月、鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は新政府軍に大敗するの」

サキ:「あー、あの京都の近くの戦いだ」

エミ:「そう。で、第15代将軍・徳川慶喜は……なんと、大坂城から軍艦で江戸に逃げ帰ってきたのよ」

サキ:「将軍が真っ先に逃げちゃったんだよね?」

エミ:「そうなの。これで幕府軍の士気はガタ落ち。でもね、江戸に戻った慶喜の周りでは『まだ戦える!』って主戦論がすごかったの」

サキ:「まあそうだよねぇ、黙って負けを認めるなんてプライドが許さないもん」

エミ:「でも慶喜は抗戦論を退けたの。そして江戸城を出て、上野の寛永寺——大慈院の一室にこもって謹慎した。『もう戦いません』という意思表示ね」

サキ:「へぇ〜……将軍自ら引きこもったんだ。それはそれで覚悟いるよね」

エミ:「そして、残された江戸城と徳川家の運命を託されたのが——勝海舟よ」

サキ:「出た! 勝海舟!」

エミ:「陸海全軍の統轄者、つまり軍事取扱に任命されて、徳川家の全権を委任されたの。100万の江戸市民の命が、この一人の肩にかかったわけ」

サキ:「……プレッシャーえぐすぎじゃん」

第2章 勝と西郷——江戸を救った二つの会談

エミ:「新政府軍はどんどん江戸に迫ってくる。総攻撃の日程は慶応4年3月15日と決まっていたわ」

サキ:「やばい、タイムリミットあるんだ……」

エミ:「そこで勝海舟はまず、山岡鉄舟を駿府にいた西郷隆盛のもとへ送ったの。『慶喜に寛大な処置をお願いします』って」

サキ:「山岡鉄舟って、あの剣の達人の?」

エミ:「そう、度胸の据わった人物よ。西郷は鉄舟と面談して、いくつかの条件を示したわ。江戸城の明け渡し、慶喜を備前藩に預けること……かなり厳しい内容ね」

サキ:「うーん、それって『降伏しろ』とほぼ同じじゃん」

エミ:「でも西郷は、江戸で勝海舟と直接会うことを約束してくれた。ここが転機よ」

(サキが石垣に手を触れながら)

サキ:「この石垣の向こうで、歴史が動いたんだねぇ……」

エミ:「そして3月13日と14日、江戸の薩摩藩邸で勝海舟と西郷隆盛の会談が行われるの。勝は条件の緩和を求めたわ。慶喜の処分を水戸での謹慎に、江戸城は田安家に預けたい、と」

サキ:「交渉って感じだね。お互い譲れない線がある中で」

エミ:「結果、西郷は翌3月15日の総攻撃を中止したの! 京都に戻って新政府内で最終処分案を決めることになった」

サキ:「すっっっごい!! 攻撃前日に止めたってこと!?」

エミ:「そうよ。まさにギリギリの外交戦ね」

エミのメモ📝

実はこの総攻撃中止の裏には、もう一つ大きな力が働いていたの。イギリス公使パークスが「慶喜は対外和親に貢献してきた人物だ。武力攻撃は避けて寛大な処置をとるべきだ」と新政府軍に外交圧力をかけていたのよ。国内の交渉だけじゃなく、国際情勢も絡んでいたのね。

第3章 4月11日——そして江戸は焼かれなかった

エミ:「4月4日、新政府軍が江戸城に入って最終決定が申し渡されたわ。徳川家の家名は存続させる、慶喜の死罪は免じて水戸で謹慎、江戸城は尾張藩に預ける——という内容」

サキ:「家名存続! 全部なくなるわけじゃなかったんだ」

エミ:「そして4月11日、ついに江戸城の開城——明け渡しが実施されたの。同じ日の早朝、慶喜は江戸を発って水戸に向かったわ」

サキ:「……なんか、静かな幕引きだね」

エミ:「そうね。でもね、サキちゃん。実はこの静かな結末の裏に、勝海舟のとんでもない覚悟が隠されていたの」

サキ:「え、なになに?」

エミ:「もし交渉が決裂して新政府軍が攻めてきた場合——勝は『江戸焦土作戦』を準備していたのよ」

サキ:「しょうど……焦土って、まさか——」

エミ:「そう。江戸の市街に火を放って、新政府軍の進軍を妨げるという計画。ナポレオンのロシア遠征のとき、ロシア軍がモスクワを焼いた故事に倣ったものなの」

サキ:「えぇぇぇ……!! 江戸を自分で燃やすってこと!?」

エミ:「火をつけるための道具を各所に蓄えて、町火消や博徒にも協力を仰いでいたわ。さらに、火災が起きたら江戸の市民を船で房総方面に避難させる手はずまで整えていたの」

サキ:「……すごい。守るために燃やす覚悟って……もう発想がバグってるよ」

エミ:「結果的に開城交渉がまとまったから、作戦は実行されなかった。用意した道具類は全部品川沖に捨てられたそうよ」

サキ:「よかったぁ……本当によかった。だって実行されてたら、今ここに私たちいないかもしれないもんね」

エミ:「そうなのよ。だからこそ勝海舟は、西郷隆盛とともに東京の歴史における最大の恩人と言われているの。100万の命を、交渉で守り抜いた人」

(サキ、空を見上げる)

サキ:「……ねぇエミちゃん。交渉って結局さ、相手を信じるってことだよね」

エミ:「……うん?」

サキ:「勝海舟は西郷を信じたし、西郷も勝の誠意を受け止めた。お互いが『この人なら話が通じる』って思えたから成立したわけじゃん。焦土作戦なんて極端な裏の手を用意しながらも、最後は人を信じる方に賭けたんだよ。……なんかそれ、すごくない?」

エミ:「……さすがサキちゃん、今日もめちゃくちゃいいこと言うわね」

サキ:「えへへ」


🎵 プレイリスト会議

(大手門を出て、近くのカフェに入る二人)

サキ:「今日のプレイリスト、何にするー?」

エミ:「私はね、KEMU『地球最後の告白』にする」

サキ:「ボカロの名曲!なんで?」

エミ:「もしも慶喜が江戸城で徹底抗戦を決めていたら、江戸の最後どころか、東京の今もなかったでしょう。江戸城の無血開城って、その後の東京——いや日本全体の未来を決めた出来事でしょう? あの日の全員の決断が、今もこの街に響いてる気がするの」

サキ:「あー、わかる! 今このメトロポリスが繁栄してるのって、あの日のおかげだもんね」

エミ:「サキちゃんは?」

サキ:「私はYOASOBIの『勇者』!」

エミ:「フリーレンの!」

サキ:「だってさ、勝海舟って戦わないことを選んだ勇者じゃん。刀を抜かないで100万人を守った。『穏やかな日常をこの地に残して』みたいなのって、まさに江戸の人たちから勝海舟への気持ちそのものだよぉ」

エミ:「……やだ、ちょっと泣きそう」

サキ:「エミちゃんすぐ泣くぅ〜」

エミ:「だって本当にそうなんだもん……!」

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