文治4年(1188年)1月29日 興福寺金堂、南円堂を再建 康慶の不空羂索観音坐像が南円堂の本尊に

文治4年1月29日(1188年2月27日) 興福寺金堂、南円堂を再建上棟。(玉葉)

この時に運慶の父康慶とその弟子たちによって作られたのが、南円堂の本尊、国宝不空羂索観音坐像。国宝法相六祖像、国宝四天王立像もこの時。
現在の南円堂の建物は江戸時代にまた再建されたもので重要文化財。
南円堂正面に置かれた金銅燈籠は奈良時代、創建当初のもので国宝。

金堂(東金堂)は、726年の創建以来、6回の被災を、繰り返し、現在の国宝東金堂は、1425年(応永22年)に再建されたもの。

興福寺東金堂(国宝)

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