大蒔絵展(三井記念美術館)の前期と後期の2回行って、国宝7件をすべて見ました。後期の初日は平日にも関わらず、徳川美術館の源氏物語絵巻が出るというのもあってそこそこ混んでいました。
大蒔絵展は「大」を名乗るのにふさわしく、すさまじく豪華かつ歴史を学べるとても良い展覧会でした。
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1 国宝 源氏物語絵巻 平安時代 徳川美術館
1つ目の国宝は、東京ではなかなかお目にかからない、徳川美術館の国宝「源氏物語絵巻」(平安時代)。だいぶ前に徳川美術館で見たときは、額装されていて、「なんか古く思えない」とちょっとガッカリしたのですが、この度、本来の巻き物状態で修繕されました。やっぱり巻き物でみると、ありがたみが違いますね。
特に後期で展示されている同じ平安時代の絵巻で徳川美術館の「葉月物語絵巻」(重文)は、額装のままで、その差は歴然(絵巻としては同時期だし、源氏物語という知名度を別にしたら同じ作者じゃないかってくらいのレベル)。
さて源氏物語絵巻に戻ると、展示が極短期間で、前期は9日間だけ「宿木一」が、後期は6日間(30日まで)だけ「柏木一」が出ています。
三井記念美術館は昨年度は閉まっていて、その際、ガラスや照明がスーパーバージョンアップ!(残念ながらカフェが無くなりましたね、代わりに)
単眼鏡なしでも、めちゃくちゃきれいに細かまで見える!すばらしい!ガラスが透明過ぎて、オデコをぶつける人が続出しているのか、他人の接触痕のぼやぼやでようやくガラスの存在が認知できるレベルです。
描かれてるモチーフに、蒔絵(漆器)があるということすら、思ってもいなかったので、人物よりも什器に目がいったのは、鑑賞の可能性(どんなものでもテーマが違えば何度見ても楽しめる)を感じました。
逆に見えすぎるゆえに、「パースが甘いな」「情報詰め込みすぎでないか」とか、批評的?な感想も持ち得ました。
2 国宝 澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃 平安時代 金剛峯寺
7件の国宝にあえて番付をつけると、西の横綱はだんぜんこれですね。4脚の脚で支えられた抜群のプロポーションから、シックと豪華を兼ね備えた宗教的な威厳を放つ、そしてこれが900年も昔の平安時代のものだという歴史の重み。強い!
いずれをとっても横綱級。国宝オブ国宝。通期展示なのもありがたいです。ありがたや、ありがたや。
後期から隣に展示されていた金剛峯寺(つまり高野山)の重要文化財も由来がすごかった。
重要文化財 花蝶蒔絵念珠箱 平安時代 金剛峯寺
蒔絵の箱が重要文化財に指定されていますが、中身がスゴい。空海が唐の皇帝から下賜されたと伝わるガラス製の念珠です。
実際のところ、空海がもらったものかどうかは、ここでは問題でなく、金剛峯寺がそのように伝えている以上、真言宗においては、信仰の対象そのものと言える宝物です。庶民がこのように近くから(ガラスケース越しとはいえ)見られることなんて、歴史上そうそう無いのではないでしょうか。空海展ならメインの展示品になりそう。
3 国宝 蒔絵手箱 南北朝時代 熊野速玉大社
展示期間が10月1日-10月30日と変則的なので要注意です。
熊野速玉大社は和歌山の古神社ですが、国宝としては神宝類として一括指定(徳川美術館の初音の調度のように)されていて、蒔絵の絵手箱はその一つになります。
手箱そのものは、金を全面に蒔いた金沃懸地(いかけじ)で、豪華ではありますが、ギリギリの品の良さという感じもありましたが、上の澤千鳥や次のサントリー美術館の浮線綾に比べると、ちょっと深みが足りないかなとも感じました。
一方で、逆サイドに展示されている同じ国宝の一部である、おそらく銀製の鏡や小箱らの集まりが、すばらしい工芸的な到達点を示していて、むしろ印象に残りました。
4 国宝 浮線綾螺鈿蒔絵手箱 鎌倉時代 サントリー美術館
美しい!美しかった!いいもの見た!
後期から展示の国宝です。全面に金を蒔く沃懸地(いかけじ)ですが、こちらは最初の印象から「品がいい!」のため息。沃懸地はこうあって(渋み)ほしいTHE沃懸地。螺鈿も絶妙な存在感で、金のギラギラと螺鈿のキラキラの美しさのハーモニーが絶妙です。唐突な思いながら、「お菓子をいっぱいに詰めてみたい」と思いました。
5 国宝 片輪車蒔絵螺鈿手箱 平安時代 東京国立博物館
前期に浮線綾螺鈿蒔絵手箱の場所を占めていたのが、レモンティーを描いたようなデザインが食欲を、いや興味をそそる東博の国宝でした。レモンティーと言われるとレモンティーにしかみえませんが、実はタイトルの「車」を意味するだけでなく、お経を入れるための箱であり、極楽浄土の蓮の花を表現しているのだそうです。レモンティーにしか…。
6 国宝 初音の調度 江戸時代 徳川美術館
国宝初音の調度は、嫁入り道具が一括で国宝指定されています。ですので、いろいろな種類のものがありますが、メインは、幸阿弥長重(個人でなく、工房作でしょうね)が作った蒔絵。
本展では、前期に、「初音蒔絵貝桶」と「初音蒔絵文台・硯箱」が展示。後期は「初音蒔絵十二手箱」です。前期に見た時は、正直、「普通」と思ったのですが、後期で「蒔絵十二手箱」を見た時は、あまりの完成度に、口ぽかーん、大感動。蒔絵という技術は千年前から日本で独自に発展してきましたが、技術的には、古ければ良い、平安王朝最高ですか!というわけではなく、手の技術なだけに徐々に徐々に、さまざまな技法が開発され、それが作品にどんどんと盛り込まれていきます。室町時代になると、見ただけでは判別できないほど、さまざまな蒔絵の技法が使われており、かえって「これ絵じゃん」くらいになってしまう”本末転倒”さ(いや、明らかに技術は高くなっていますが、細かくてよくわからなくなる。木を見て森を見ず的な)。
そして、その1000年の技術の高みへの挑戦が、エベレストの頂きのように、あらゆるもの(技術とマネー)がピークに達した世界を、「初音蒔絵十二手箱」から感じました。
平行世界である江戸琳派への道は、ある意味で、スポーツの庶民化みたいな面もありますよね。ほとんどあと一歩ですべてが無駄(空=くう)になりそうなギリギリのせめぎ合いの究極合体(スーパーサイヤ人的な)を、この十二手箱からたしかに見たのです。
初音の調度って、しょせん、金にあかした物量だろうと、なめていました。すみません、徳川家。
\ #秋は蒔絵 /#大蒔絵展 #三井記念美術館 #国宝 初音蒔絵十二手箱 幸阿弥長重作 徳川美術館蔵
— 大蒔絵展 漆と金の千年物語 (@Maki_e_ten) October 31, 2022
10/25~公開中
源氏物語 「初音」の「年月をまつにひかれてふる人に 今日鶯の初音きかせよ」の和歌が12合の小箱にまで散らされています
小箱は漢字バージョン、かなバージョンの2種あります pic.twitter.com/RKkJfYyFoF
不思議だったのが、後期展示の徳川美術館の幸阿弥長重作「菊の白露絵文台」(国未指定)です。これは蒔絵の高級感ある文書用の机なわけですが、なぜかもともとあった葵の紋が削られているんだそうです。初音の調度と同じ年の制作、同じ所蔵者(尾張徳川家)なのに、なぜ?
想像したのは、この文台はのちに尾張徳川家から家臣に譲られて、家臣が葵の紋を使うわけにいかないから、葵の紋を削除してから譲った。のちになって(例えば昭和とか)その家臣の家から相続対策で、もとの持ち主である徳川美術館に寄贈した、とか?
江戸時代に、尾張徳川家にあって、葵の紋を削る意味が分からないです。(きっと、これについては、なにか研究があるのでしょうね。解説で「削られた」と明記されているのだから)
7 国宝 尾形光琳 八橋蒔絵螺鈿硯箱 江戸時代 東京国立博物館
琳派とは、尾形光琳の「琳」です。ところが、琳派の祖は、尾形光琳でなく、直接面識のない2世代くらい前の江戸初期のアーティスト本阿弥光悦ですよね。本展から感じたのは、琳派は、やっぱり尾形光琳からだな、「悦派」ではないなと(お寺の中興の祖が実は事実上の開祖みたいな)。
本阿弥光悦の蒔絵もけっこう並んでいたのですが、同じ「阿弥」という技術者の系譜を持つ幸阿弥長重とは、両極端に見えました。端的に感想を言うと、本阿弥光悦はユニクロ、幸阿弥長重はルイ・ヴィトン、いやエルメスです。
しかし、尾形光琳は、ユニクロを愛しながら、iPhoneを生み出したかのような、超突き抜けた素晴らしいデザインなのです。それでいて尾形光琳だろという一目でわかる、まさに「琳派」としか言い様のない尾形光琳様式。同時に展示されていた尾形光琳作「水葵蒔絵螺鈿硯箱」(MOA美術館)なんかをみると、「あー、iPhoneSEね」って感じで、作者名を見なくてもジョブズ、いや光琳デザインっていうのがすぐにわかっちゃうくらい、突き抜けています。
一方、本阿弥光悦は、量産化に対応しながら、デザイン面では質の高さも維持する「UT(ユニクロTシャツ)」みたいに思いました。
あっ、尾形光琳の国宝八橋蒔絵螺鈿硯箱は前期展示です。
入場料1300円、リピート割で1100円。つまり2回行っても2400円。最近の特別展は2000円しますから、この値段はありがたいし、通う価値あり。このレベルのものが継続して見られるなら、年間4000円の年パスも充分にありですね。てか、徳川美術館ってすごくいいもの持ってるなが、最大の感想です。
あと、ポッドキャストの漆チャンネルの大蒔絵展の回を事前に聞いていくのがオススメ(無料)です。
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