長久2年(1041年)1月1日「和漢朗詠集」を撰じた藤原公任死す

長久2年(1041年)1月1日「和漢朗詠集」を撰じた公家の藤原公任きんとうが没する。(扶桑略記)
1013年(長和2年)頃の成立したもので、漢詩約590句、和歌約220首を、春・夏・秋・冬・雑の5つのカテゴリーに分けて収めたものです。
なお、公任の直筆は残っていません。現存するのは、書写されたものです。
輸入した唐紙に金銀泥の大和絵風の下絵を加えた美しい料紙に書写した平安時代の「倭漢朗詠集 太田切」(静嘉堂文庫美術館)が国宝に指定されています。トップ画像は静嘉堂文庫美術館「響きあう名宝展」図録から。

関連記事

  1. 建長7年2月21日(1255年) 北条時頼が建長寺の梵鐘(国宝)を鋳造する

  2. 元暦2年(1185年)3月24日 源義経、壇ノ浦で平家を破る。平家滅亡、安徳天皇入水

  3. 明治41年(1908年)3月23日 平塚らいちょうが森田草平と栃木県塩原の尾花峠で心中未遂。

  4. 正慶2年(1333年)1月26日 信濃国の大法寺の三重塔(国宝)建立

  5. 貞観6年(864年)1月14日 慈覚大師円仁71歳で亡くなる

  6. 印地打ちで死傷者続出!なぜ中世の日本人は石を投げるのか?

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。