建長6年(1254年)1月23日 湛慶、三十三間堂の本尊、千手観音坐像を造る

建長6年1月23日(1254年2月12日)湛慶(たんけい)、蓮華王院(妙法院)本堂(三十三間堂)の本尊、千手観音坐像を造る。42の手で千手を表す。国宝。
約一千体の千手観音立像の群像は創建時のもの124体、残りは、室町時代の補作1体をのぞき、鎌倉時代の製作で、製作者は慶派を中心に、院派や円派などの仏師集団が参加しました。製作年が不明だったことから長らく国宝ではありませんでしたが、1973年度から2017年にかけて保存修理が行われ、調査も進み、晴れて2018年に国宝に指定されました。

妙法院の国宝は次の通り
1木造千手観音坐像 湛慶
2 木造風神雷神図
3 木造二十八部衆立像
4 木造千手観音立像 一千一体
5 本堂(三十三間堂)文永3年(1266)
6 庫裏 天正〜慶長
7 ポルトガル国印度副王信書〈半羊紙〉天正16年(1588)ポルトガル領ゴアの副王から豊臣秀吉に宛てた手紙。キリスト教弾圧の緩和をもとめた。

妙法院本堂(三十三間堂)

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