この話をMVにしました。
【京都府大山崎町・天王山】
(JR山崎駅のそば天王山への登山口をのぼる二人)

サキ:「あっ、電車の向こうに石清水八幡宮が見える。てか、エミちゃん、山登りって聞いてなかったんだけどぉ……」
エミ:「大丈夫、せいぜい二十分よ。標高二七〇メートル。それにね、今日の話はここで聞かないと意味がないの」
サキ:「(ぜぇぜぇ)……で、ここ何があるの?」
エミ:「ここは天王山で、山崎城跡。秀吉が清須会議のあとに建てた城よ」
サキ:「天王山の戦いの天王山だよね。……あれ? でも秀吉って、清須会議で天下取りの一歩を踏み出したんじゃないの? なんで新しい城を建てる必要があるの?大坂とか京都の真ん中じゃなくて、京都府と大阪府の境だよね、ここ」
エミ:(にやり)「サキちゃん、今の質問が今回のテーマのすべてよ」

山崎城は「天主」を備えた秀吉の城でした
秀吉が手にしたのは山城一国(ただし京都除く)だけだった
エミ:「天正十年(1582)六月二十七日、尾張の清須城で行われた清須会議。この間、間に合わなかった滝川一益の話をしたでしょう。今日は中にいた四人の話なの」
サキ:「柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興だよね。で、秀吉が勝ったんでしょ?」

エミ:「じゃあ聞くけど、秀吉がもらった領地はどこだと思う?」
サキ:「うーん、大阪かな?」
エミ:「山城国。今の京都市を含む京都府南部よ」
サキ:「ほら、やっぱりおいしいじゃん! 京都だよ?」
エミ:「そこがね、罠なの。山城は京都が含まれるんだけど、肝心の京都については、四人がそれぞれ代官を置いて、交代で担当する共同管理という約束だったのよ」
サキ:「……えっ、待って。じゃあ秀吉がもらった山城って、京都ぬきの京都府?」
エミ:「たとえて言うなら、二十三区を除いた東京都ね」
サキ:「多摩の方すみません!!」
エミ:(吹き出して)「ちょっと、失礼かもしれないけど、感覚としてはまさにそれね。名前は一等地だけど、肝心の一等地は自分だけのものじゃないの」

エミのメモ📝
現在の京都府は、山城、丹波、丹後の3つの旧国からなります。丹後は細川氏、丹波は後述するように羽柴秀勝なので、現在の京都府で見ても、秀吉が清須会議で得た山城国(京都市抜き)はかなり「あれ?」って感じであることがわかるでしょう。
光秀の遺産は、どこへ行ったのか

エミ:「ここからが本題。本能寺の変の直前、明智光秀の領地ってどこだったと思う?」
サキ:「えっと(こっそりスマホで検索)……丹波?」
エミ:「正解。丹波一国と近江半国。メインの城は琵琶湖の西岸にある坂本城、第二の城が丹波の亀山城よ」
サキ:「じゃあその二つは、天王山の戦いで光秀を倒した秀吉のものになるんだよね? 戦利品じゃん」

エミ:「坂本城は丹羽長秀へ」
サキ:「えっ」
エミ:「丹波亀山城は羽柴秀勝へ」
サキ:「え、えっ?秀吉でも小一郎でもなく『秀勝』?」
エミ:「つまり秀吉は、光秀を倒した本人なのに、光秀の遺産を一つも受け取っていないの」
サキ:「うそでしょ!? いちばん働いた人がゼロ!?」
エミ:「まだあるわ。秀吉の本拠だった琵琶湖東岸の長浜城、あれは柴田勝家に渡っているの」
サキ:(麦茶を吹く)「むしろ本拠地まで失くしてる!!」

エミ:「残ったのは遠い播磨の姫路城。畿内に足場がないの。だから——」
サキ:「……だから、ここ!? 山城国の端っこの天王山の上に、新しく城を建てるしかなかったってこと?」
エミ:「そういうこと。今サキちゃんが立っている場所は、清須会議で秀吉が『負けた』ことの物証なのよ」
サキ:「うわぁ……登ってきた意味、急に重くなった」
(二人、眼下に広がる淀川と京都盆地を眺める)

サキ:「でもさ、じゃあ、あの日の勝者って誰なの?」
エミ:「なんとも言えないけど、素直に読めば、信長の三男の織田信孝かしら。美濃一国をもらった上に、家督を継いだ信長の孫の三法師を岐阜城で預かっているの。最近の研究では、天王山の戦い(山崎の戦い)の総大将は秀吉でなく、本能寺の変のときに大坂にいた信孝だったと考えられているわ。光秀を倒した信孝が一番大きい成果を得ているのは、ある意味で順当ね」
サキ:「確かに大河ドラマでも信孝が率いていたね。小一郎の息子を死なせてしまうダメキャラだったけど……」
信長の4男・羽柴秀勝という、二重国籍みたいな少年

サキ:「ねぇ、さっきから引っかかってるんだけど。丹波をもらった羽柴秀勝って誰?」
エミ:「信長の四男。そして秀吉の養子。当時15歳よ」
サキ:「15歳で丹波一国もらえたの!? いや待って、信長の息子なのに羽柴って名乗ってるの?」
エミ:「そこ、大事なところなの。思い出してほしいんだけど、信長の息子たちは他家に養子に出るのがふつうだったのよ。次男の信雄は直前まで北畠信雄だったし、三男の信孝は神戸信孝」
サキ:「あっ! じゃあ二人とも、あとから織田に戻ってきたんだ」
エミ:「そう。だとしたら秀勝だって、いずれ織田に戻る目は十分にあった。むしろそっちのほうが自然だと考えた人もいたはずなの」
サキ:「じゃあ丹波って、『織田に戻るかもしれない子』が持ってる国ってこと? ……それ、どっちにも転べるじゃん」

エミ:(目を輝かせて)「その両義性が、その年の十月に効いてくるのよ。京都の大徳寺で信長の法要が営まれるんだけど、信長の四男という立場の秀勝がいたから開催できたの。家臣にすぎない秀吉が単独で主催したら、筋が通らないでしょう」
サキ:「あー! 血を借りたんだ」
エミ:「血の繋がりはまったくないのにね。それでも義理の父子としての絆は、最後まで切れなかった。……まあ、ちょっと怪しいところもあるんだけど」
サキ:「怪しいところ!? 気になるじゃん!」
エミ:「それは最後にとっておきましょう」
勝家の養子は裏切り、養子でない甥は殉じた
エミ:「養子といえば、対照的なのが柴田勝家なの」
サキ:「勝家って、秀吉から長浜城を取り上げた人だよね」
エミ:「そう。その長浜城を、嫡男として養子にしていた柴田勝豊に任せたの。勝豊は勝家の姉の子よ」
サキ:「跡取りに最前線を守らせるんだ。信頼されてるじゃん」
エミ:「ところが勝豊、その年の十二月に秀吉へ寝返るの」
サキ:「はやっ! 半年もたってない!」
エミ:「そして賤ヶ岳の戦いへ。ここでね、もう一人が出てくるの。佐久間盛政。加賀をもらって『鬼玄蕃』と呼ばれた猛将よ」
サキ:「その人も柴田の身内?」
エミ:「母は勝家の姉。つまり——」
サキ:「……えっ、勝豊とおんなじ立場じゃん! 勝家から見たら、どっちも姉の子!」
エミ:「そう。違いは養子に入ったかどうかだけなの」

サキ:「対照実験だ……」
エミ:「佐久間盛政は賤ヶ岳で突出しすぎて、それが敗因になったとも言われるんだけど、その奮戦を秀吉に認められるの。『臣従すれば許す』と持ちかけられた。でも盛政はかたくなに拒んで、叔父の勝家に殉じているわ」
サキ:「うわ……。養子にしてもらった人が裏切って、養子じゃない人が命を捧げたんだ」
エミ:「二人の判断がこんなに違う理由が全く分からないのよね」
サキ:(しばらく黙って)「……もらったものじゃないかなぁ」
エミ:「え?」
サキ:「盛政には加賀っていう実質と、鬼玄蕃っていう武名があったんだよね。じゃあ勝豊は? もらったのは秀吉の真正面っていう、いちばん危ない席と、『跡取り』っていう肩書きだけじゃん。責任だけ重くて、見返りがない」
エミ:(真顔になって)「……サキちゃん、それ研究者が言うやつよ」
サキ:「えへへ。会社で見たことあるもん、そういう人事」
清須会議で配られた地図は一年足らずで塗り替えられた

サキ:「……あれ? でも結果的に秀吉は天下取ってるよね。いつ勝ったの?」
エミ:「会議の後よ。全部ね。十月に秀勝を通じて信長の法要を主催して、十二月に勝豊が寝返って、信雄と結んで、そして賤ヶ岳。清須で描かれた地図は、一年足らずで塗り替えられているの」
サキ:「じゃあ『清須会議で秀吉が勝った』って言い方は……」
エミ:「その後一年間の成果を、一日に圧縮した記述ね。私たちは結末を知っているから、逆算して物語を読んでしまうの」
サキ:「歴史のネタバレを踏んだ状態で一話を見てる感じだ」
エミ:「うまい! その日、勝者はまだいなかったのよ」
丹波亀山城主「羽柴秀勝」が、二人いた話
サキ:「あっ! さっきの『怪しいところ』は!?」
エミ:(麦茶を飲み干して)「秀勝はね、賤ヶ岳でも小牧・長久手でも、丹波一国の軍勢を率いる主力として戦っているの。秀吉の息子として立派に働いた。でも小牧・長久手のあとで病になって、翌年、十八歳で亀山城で亡くなるのよ」
サキ:「……若すぎるよ」
エミ:「秀吉が暗躍していた、とまでは言わないわ。でも不審なことが一つあるの。空いた丹波を、秀吉は自分の甥っ子に与えるんだけど——」
サキ:「まあ、そのときには秀吉も関白だし、権力者としてはアリなんじゃない?」
エミ:「問題はそこじゃないの。その甥は秀勝と一歳違い。そして秀吉は、その子に同じ『秀勝』を名乗らせている」
サキ:「……ん?」
エミ:「同年代の丹波亀山城主『羽柴秀勝』が、二人いたことになるの」
サキ:「ええええっ!? なんで!? 紛らわしすぎるよ!」

エミ:「わからないの。それが謎なのよ。しかもこの二代目の秀勝も、朝鮮出兵のときに二十四歳で亡くなっている。男子がいなかったので、丹波の羽柴家はそこで断絶よ」
サキ:「二人とも若くして……」
エミ:「家が絶えるということは、記録を残す人がいなくなるということでもあるの。だから信長の四男だったほうの秀勝(初代)も、秀吉の甥だった秀勝(二代)も謎が多いのよ。同じ名前で同世代だから、混同されることもあるわ」
エミのメモ📝
二代目の秀勝(三好小吉)は、秀吉の姉・智(日秀尼)の子で、のちに秀吉の後継者となりながら悲劇的な結末を迎える豊臣秀次の弟にあたります。父は三好吉房です。また、彼には浅井三姉妹のお江との間に完子という娘がいて公家の九条家に入っています。
おわりに
(下山しながら)
サキ:「ねぇエミちゃん。今日の話、私なりにまとめていい?」
エミ:「どうぞ」
サキ:「秀吉の天下への道って、舗装された道じゃなかったんだね。何回も細い針の穴を通すようなビッグプレーの連続というか。清須会議の日なんて、まだ何も持ってなかったんだもん」
エミ:(立ち止まって)「……サキちゃん、それが今日の結論よ」
サキ:「でしょ〜?(えっへん)」
エミ:「そしてもう一つ。『勝った人』を先に決めてから歴史を読むと、見えなくなるものがあるということね」
サキ:「うん。あの日、四人とも自分が勝ったつもりだったんだよね。同じ地図を囲みながら」


この記事へのコメントはありません。