古代吉備王の古墳から北半球最後の楽園に生きる天然記念物まで 文化財新指定ニュース

こんにちは、当ブログ管理人のエミです。2026年6月19日、文化庁から新しく「史跡」「名勝」「天然記念物」に指定される文化財の答申が発表されていました!
今回は新指定がなんと4件だけという少数精鋭。でもそのぶん一件一件が濃いんです。吉備の巨大前方後円墳、島津氏の国境の城、正岡子規と夏目漱石が詠んだ滝、そして「北半球でここだけ」の水草。さっそく、今回もサキちゃんとおしゃべりしてみました。(写真は文化庁のプレスリリースから)

エミ: サキちゃん、文化庁の答申が出たよ!史跡・名勝・天然記念物の新指定!

サキ: あれ?半年前にもなかったっけ?

エミ: そうなの。半年前は特別史跡があったりしたんだけど、今回は新指定は4件だけなの。史跡2件、名勝1件、天然記念物1件。

サキ: 少なっ!去年の冬は史跡だけで6件、特別史跡1件を入れると7件あったのに。

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エミ: でしょ?でもね、そのかわりに追加指定が23件もあって、こっちに有名どころがゴロゴロ入ってるの。特別史跡の姫路城とか世界遺産になった藤原宮とか。

サキ: えっ、超大物ばっかりじゃん。じゃあ今回は「新入生は少ないけど在校生が豪華」な回だ(笑)

エミ: うまいこと言うね(笑)。これで史跡名勝天然記念物は3,401件、登録記念物は153件になる予定よ。

史跡① 吉備の王が眠る古墳時代前期では西日本最大の古墳!金蔵山古墳(岡山県)

提供:岡山市(文化庁のプレスリリースから)

エミ: まずは史跡の新指定1件目、岡山市の「金蔵山古墳かなくらやまこふん」!

サキ: 岡山の古墳といえば造山古墳とか作山古墳とか、めちゃくちゃデカいのがあるよね。

エミ: そう、吉備は古墳王国。この金蔵山古墳は操山みさおやま丘陵にある墳長約158mの前方後円墳で、古墳時代前期末から中期初頭の4世紀後半に築かれたの。

サキ: 158m!でも造山古墳(350m)に比べると……あれ、意外と控えめ?

(参考)吉備最大の造山古墳(350メートル)岡山市

エミ: ところがね、築造された当時としては中国・四国・九州地域で最大規模なのよ。造山古墳や大阪で日本最大の大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)が造られるのは、これよりあとの古墳時代中期なの。

サキ: あー!つまりこの古墳が作られた時には「吉備史上最大」だったってことか。

エミ:まさに、1968年で日本初の高層ビル「霞が関ビル」(147メートル)が建てられた当時は「日本最大」だったって感じね。その後…

横浜ランドマークタワー:横浜市。高さ296メートル、地上70階。1993年完成
あべのハルカス:大阪市。高さ300メートル、地上60階。2014年完成
麻布台ヒルズ森JPタワー:東京都港区。高さ325メートル、地上64階。2023年完成

という感じに、最大が更新されていくんだけど。古墳のサイズもそんなイメージね。

サキ:なるほど、なるほど。

エミ:しかも金蔵山古墳は中身がすごくて、昭和28年の調査では竪穴式石室が2基、副葬品用の小石室まで見つかってるの。

サキ: 副葬品専用の部屋!?お宝倉庫つきのお墓ってこと?

エミ: そうなの、まさに金蔵ね。そして平成26年度から令和4年度の岡山市教育委員会の調査で、埴輪の配置がすごく細かくわかったのよ。古墳の脇にでっぱっている造出つくりだしの上には、円筒埴輪と柵形埴輪で仕切った空間に家形埴輪や囲形かこいがた埴輪を並べてて……

サキ: (出た、早口モード)柵形埴輪って、埴輪でフェンスを作るってこと?

エミ: そう!聖なる空間を区切るのよ。しかも、造出の反対側にも突き出たような島状の遺構があってそこでは、食物形土製品や笊形ざるがた土器を使ったお祭りをしてたと考えられてるの。

岡山市現地説明会資料より引用(https://www.city.okayama.jp/kurashi/0000005278.html

サキ: 食べ物の形の土製品……お供え物のレプリカ?なんか、めちゃくちゃ具体的で生々しいね。

エミ: いちばん面白いのはここ。墳丘と島状遺構の間の谷から、導水施設の木樋と水槽が床面に「表現された」家形埴輪が出てるの。

サキ: え、待って。埴輪の中に、水を引く装置のミニチュアが作り込まれてるってこと?

エミ: そう!水の祭祀をする建物を、そのまま埴輪で再現してるのよ。

サキ: 建物の外見だけじゃなくて設備まで再現って、模型オタクすぎる……。当時の人にとって「水を清める儀式」がそれだけ大事だったんだろうなぁ。

(参考)古墳時代前期の水の祭祀遺跡「城の越遺跡」(三重県伊賀市、国史跡)

エミ: さらに副葬品の中に鋳造鉄斧ちゅうぞうてっぷがあって、これは朝鮮半島との交流を示すもの。ヤマト政権との関係も、大陸とのつながりも、両方見える首長墓なの。

サキ: 吉備の王様、外交も上手だったんだね。

史跡② 島津の「国境の城」!出水城跡(鹿児島県)

提供:出水市(文化庁のプレスリリースから)

エミ: 史跡2件目は、鹿児島県出水市の「出水城跡いずみじょうあと」。

サキ: 出水市!ツルの越冬地で有名なとこだ。

エミ: そう、そこ。肥後(熊本)に接する国境の要地にある、戦国時代から江戸時代初期の大規模な群郭式ぐんかくしき山城よ。

サキ: 群郭式……去年の冬に出てきた秋田の出羽金沢城跡と同じタイプだね。曲輪がいくつも連なってるやつ。

エミ: よく覚えてた!しかも今回も「国境の城」がキーワードなの。15〜16世紀は島津氏の有力な庶子家しょしけである薩州島津家さっしゅうしまづけの拠点で、16世紀末以降は島津本家が直接領有する国境の城になったのよ。

サキ: 分家の城を本家が取り上げて直接管理したってこと?

エミ:秀吉の九州征伐が終わって、国境線の緊張は解けたはずなのにね……。

サキ:あっ、もしかして島津家でお家騒動があった?

エミ:そうなの。有名な島津四兄弟とその次の世代なんだけど、毒殺、自刃、重臣を謀殺とか、まぁドロドロなのよ。詳しく調べていないけど、出水城もそこらへんと関わっていると思うわ。

それに枡形ますがたを意識した曲輪や織豊系軒瓦しょくほうけいのきがわらも見つかっていて、最新の織豊系城郭の技術が入ってきてることもわかるそうよ。

サキ: 秀吉の九州平定の影響が、こんなところにも痕跡を残してるんだね。

エミ:江戸時代になっても城として手入れされ続けていたようで、保存状態も良好で、南九州の山城を知るには最高の教材といえるわ。

名勝① 子規と漱石が詠んだ落差84mの滝!白猪の滝(愛媛県)

提供:東温市(文化庁のプレスリリースから)

エミ: 名勝の新指定は1件、愛媛県東温市の「白猪の滝しらいのたき」!

サキ: 白猪……イノシシ?かわいい名前だけど、滝なんだ。

エミ: 四国最高峰・石鎚山から西に伸びる皿ヶ嶺さらがみね連峰の北斜面にあって、落差はなんと84m

サキ: 84m!ビル20階分くらい?すごい迫力だろうなぁ。

エミ:日本一の落差は世界遺産の那智の滝で133メートル。日光の華厳の滝が落差97メートルだから84メートルはかなりの迫力よね。写真を見てもすごいわ。
しかも2段で落ちてきて、滝壺からさらに5mほどの小さい滝が続くから、全体では3段に見えて、岩は石鎚層群の輝石安山岩で、柱状節理が発達してるのよ。

サキ: 柱状節理って、あの六角形の柱がびっしり並ぶやつだ。あれ好き!地質的にも見応えありそう。

エミ: そして今回いちばん胸が熱くなるのがここ。正岡子規と夏目漱石が、二人ともこの滝を訪れて句を残してるの。

サキ: えっ、あの二人が!?松山つながりだ!

エミ: 子規が明治24年8月に「追ひつめ多鶺鴒せきれい見えず渓の景けいのけい」。漱石が明治28年11月に「雲来り雲去る瀑の紅葉可奈」。

サキ: 子規のほうは、はるばる山奥を歩いてたどり着いたって感じが伝わるね。漱石のほうは、めちゃくちゃ景色が浮かぶね。雲が来て、去って、滝と紅葉がある……。

エミ: いいでしょ?もともとこの滝は、河之内村の篤志家・近藤林内さんが見出して、近代以降に世に知られるようになったの。

サキ: 地元の人が「ここすごいよ」って発信して、文豪が来て、それが百数十年後に国の名勝になるって、なんかいい話だなぁ。

エミ: そして厳冬期には氷瀑になるのよ!凍った84m。

サキ: 凍るの!?それは絶対に見に行きたい。冬の愛媛、旅程に入れよう。

天然記念物① 北半球でここだけ!金山のビャッコイ自生地(福島県)

金山のビャッコイ自生地

提供:白河市(文化庁のプレスリリースから)

エミ: 天然記念物の新指定は、福島県白河市の「金山かねやまのビャッコイ自生地じせいち」。

サキ: ビャッコイ……白虎隊?と関係ある?福島だし。

エミ: 私も最初そう思った(笑)。でも全然違って、カヤツリグサ科ビャッコイ属の多年生の水草なの。

サキ: 地味だ……(動画を見て)でもこの一面の緑、けっこう壮観だね。

エミ: ここからがすごいの。ビャッコイの分布はね、日本、インドネシア(ニューギニア島西部)、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド

サキ: ……ん?ほとんど南半球じゃん。日本だけ飛び地?

エミ: そう!白河市表郷金山おもてごうかねやまの湧水地が日本で唯一、かつ北半球で唯一の自生地なのよ。

サキ: 北半球で唯一!?完全にロストワールド状態!もしかして「隔離分布」?生物地理学的にめちゃくちゃ貴重じゃん。

エミ: さすが理系、詳しいわね。かつて地球に広く分布していた種が、気候変動かなんかで分断されて、条件のいい場所だけに取り残されたのね。

サキ: 湧水地って水温が一年中安定してるもんね。氷河期を生き延びた避難所(レフュージア)ってことか。

エミ: ちなみに命名したのは牧野富太郎。1905年に新種として発表して、和名「ビャッコイ」「ウキイ」を付けたそうよ。

サキ: 牧野富太郎!2023年の朝ドラ「らんまん」の人だ。日本の植物学の父。

エミ: しかもね、国内で他にも数か所あった自生地は全部消えてしまって、ここだけが残ったの。

サキ: ……最後の1か所か。それは守らないとダメだね。天然記念物指定、間に合ってよかった。なんとか守っていきたいね。見た目地味だけど、地球的にも重要だよ。

登録記念物 三陸の千畳敷から、金沢の武家屋敷庭園まで

サキ: 登録記念物のほうは4件、全部「名勝地関係」なんだね。

エミ: そう。登録記念物は、将来的に名勝や史跡になる可能性があるものを、まず登録して保護しようという制度ね。今回は海岸風景1件と庭園3件よ。

御箱崎の千畳敷(岩手県釜石市)

提供:(株)かまいしDMC(文化庁のプレスリリースから)

エミ: まずは岩手県釜石市の「御箱崎の千畳敷おはこざきのせんじょうじき」。大槌湾と両石湾に挟まれた箱崎半島の先端よ。

サキ: うわ、このドローン映像すごい!太平洋に突き出た岬の先が真っ白な岩!

エミ: 約1億2千万年前の前期白亜紀花崗岩が隆起して、波に削られてできた波食棚はしょくだな海食崖かいしょくがいなの。海食崖の高さが約20m、波食棚は最大幅約100mで、600mあまり続いてるんだって。

サキ: 白亜紀って恐竜の時代じゃん!激アツだね。

エミ: そうなの!でもね、ここに行くのが相当大変みたいで、釜石市街から車で40分、そこから遊歩道を1時間あまり歩くのよ。

サキ: ガチのトレッキングじゃん(笑)。でも日の出の名所でもあるらしいし、苦労して着いた先にこの景色があるなら……行く価値あるのかも。

榎本氏庭園(千葉県我孫子市)

提供:(同)もば建築文化研究所(文化庁のプレスリリースから)



エミ: 次は千葉県我孫子市の「榎本氏庭園えのもとしていえん」。利根川の堤防沿いにあるお屋敷の庭園なんだけど、キーワードが水塚みづか

サキ: 水塚?

エミ: 洪水対策で敷地を1.1〜1.5mほど盛土して、その上に建物と庭を造るの。この地域に特徴的な手法よ。

サキ: 利根川の氾濫と何百年も付き合ってきた土地の知恵だ……。庭園というより、暮らしの工夫の結晶だね。

エミ: しかも昭和33年の堤防拡張工事のとき、盛土と建物の曳家までして守ったのよ。庭は前庭・表庭・内庭・裏庭・外庭の5つから構成されてるの。

サキ: 家ごと動かして残した庭か。それは大事にしないと。この間の国宝で、民家が初の国宝になったりもしたけど、そこでも移動させて守ってきていたよね。

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旧浅田氏庭園(武家屋敷跡野村家)(石川県金沢市)

提供:(株)長町(文化庁のプレスリリースから)



エミ: 3件目は石川県金沢市の「旧浅田氏庭園(武家屋敷跡野村家)」!金沢の長町武家屋敷跡、行ったことある人も多いんじゃないかしら。私も長町屋敷跡は通ったことあるけど、ここはスルーしていて全然覚えていなかったわ。

長町屋敷跡

サキ: あ、この写真見たことある気がする!金沢の観光名所だよね。

エミ: そこにある野村家。江戸時代は加賀藩祖・前田利家に1,000石で仕えた野村伝兵衛信貞に始まる野村氏の屋敷の一部だったの。それを昭和16年(1941)に鉄工会社を経営していた浅田氏が買い取って整えた近代庭園なんですって。

サキ: え、じゃあ「武家屋敷の庭」というより「昭和の実業家がプロデュースした庭」ってこと?

エミ: まさにそこがポイント!でね、いちばんの見どころは主庭で、大野庄用水おおのしょうようすいを庭に引き込んでるの。上段の池には揚水施設で水を上げて、下段の池と滝でつないでるんですって。

左下にある庭園のことでしょうか。。。

サキ: 加賀藩時代の用水路が、そのまま庭の水源になってる。都市のインフラと庭が地続きなのが金沢らしくていいなぁ。

岡山大学構内(旧歩兵隊将校集会所)庭園(岡山市)

提供:(大)岡山大学(文化庁のプレスリリースから)

エミ: ラストは「岡山大学構内(旧歩兵隊将校集会所)庭園」。今回、岡山県から2件目の登場ね。

サキ: 大学の構内に登録記念物で、しかも歩兵隊将校!?なんかいろいろな要素が盛りだくさんだね。

エミ: 岡山大学のメインの津島キャンパスは、もともと陸軍第十七師団の駐屯地だったの。明治40年(1907年)に造営が始まって、翌年に全部隊が入営。この庭園は歩兵第十連隊の将校集会所の庭として造られたものよ。

サキ: 軍の施設の庭が、戦後そのまま大学に引き継がれたんだ。

エミ: そう、そういうケースは多いは例えば名古屋城もそうね。昭和24年に岡山大学が設置されて、建物と庭は大学の宿泊所になったの。建物は建て替えられたけど、庭園の地割は戦前のまま。約50m四方の敷地の南半分が庭で、瓢箪形ひょうたんがたの園池と築山があるのよ。

サキ: 近代化遺産としても、庭園としても面白い。こういう「軍都の記憶」が庭のかたちで残ってるのって、あんまり意識したことなかったな。

追加指定にビッグネーム!姫路城・一乗谷・藤原宮、そして坂本城

サキ: で、さっき言ってた「豪華な在校生」の話!

エミ: 追加指定23件のうち、特別史跡だけで5件あるの。一乗谷朝倉氏遺跡、姫路城跡、藤原宮跡、岩橋千塚古墳群、原の辻遺跡

サキ: 全部教科書レベルじゃん!姫路城は何が追加されたの?

エミ: 発掘調査でわかった備前門跡びぜんもんあとの一部。西国街道が通る重要な枡形門の跡よ。姫路城には天守のすぐそばに備前門というのがあるのだけど、これは全くの別ものなの。姫路駅の近くで、いわゆる城内というよりも、城下町の一番外側に位置した門なの。

サキ: 城下町の外側まで特別史跡になるなんて、世界遺産の城ならではだね。

エミ: そして私が今回いちばん「おっ」となったのが、史跡の追加指定にある坂本城跡(滋賀県大津市)

サキ: 坂本城って……明智光秀の城!

エミ: そう!ここ数年で、戦国クラスタで話題になったニュース、本丸南端の石垣を検出した範囲が追加指定されたの。琵琶湖の水運と京への流通を押さえる、政治的・軍事的・経済的にめちゃくちゃ重要な城だったことがあらためてわかるようになって注目されているのよ。

サキ: 光秀への名誉回復的な感じかな、感慨深いね。

エミ: ほかにも、世界遺産登録になった「飛鳥・藤原」関係かしら。藤原宮の整備された一部が特別史跡に加わったわ。藤原宮跡はどんどん整備されていくんでしょうね。

サキ: 四国のお遍路も大量に追加されてるね。讃岐遍路道と土佐遍路道。数えると25か所も追加されている。

エミ: 四国八十八ヶ所を結ぶ「信仰の道」の指定が、少しずつ進んでるのね。88のうちどれくらいが指定されているのかはよくわからないけど、いつかルートすべてが指定コンプリートされるんでしょうね。

サキ:御朱印集めがはかどるわ(笑)

そして、ひとつのお別れ

エミ: 最後に、ちょっと寂しいニュースもあるの。今回、天然記念物の指定解除が1件あって……沖縄県久米島町の「久米の五枝のマツくめのごえのマツ」。

サキ: 久米島、自然が豊かな島っていうイメージだけど。

エミ: 平成9年に天然記念物に指定されていた巨樹よ。でも令和3年の夏頃から松くい虫の被害が出て、薬剤の樹幹注入や散布で対策してきたんだけど……令和7年6月に感染が確認されて、8月26日に枯死と診断されたの。

サキ: 松くい虫の被害は列島各地で甚大だね……手を尽くしても、ダメだったんだね、残念だけど。

エミ: 天然記念物って「指定して終わり」じゃなくて、そこからずっと守り続けないといけないものなのよね。

サキ: 簡単に守れないから天然記念物に指定されたってこともあるんだろうけど。新しく指定されるニュースの裏側で、こういう別れもあるんだ。……なんか、さっきのビャッコイの話が急に重く響いてきた。北半球で最後の1か所、っていう。なんとか守っていきたいね。

エミ: うん。文化財のニュースって、ワクワクする発見の話と、失われていくものの話が、いつも隣り合わせなの。

まとめ

エミ: 今回は新指定4件と少なめだったけど、吉備の巨大古墳から北半球唯一の水草まで、ジャンルの振れ幅はいつも通りすごかったね!

サキ: 私は白猪の滝が刺さったなぁ。子規と漱石が同じ滝を見て、それぞれ違う句を残してるっていうのがロマンチックで。

エミ: 冬の氷瀑、お遍路とあわせていつか見に行こう!

サキ: 行く!あと金蔵山古墳の「水道設備まで作り込んだ埴輪」も見たい。あれ、実物どこにあるんだろう。

エミ: 岡山市埋蔵文化財センターで常設展示されているみたいね。

サキ: ていうか、エミちゃんが参考写真で出していた伊賀の古墳時代の水の祭祀遺跡っていうのが気になるんだけど。

エミ:OK。今度紹介するね。

文化庁プレスリリース:文化審議会の答申(史跡名勝天然記念物の指定等)令和8年6月19日 答申

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