これをテーマにMVつくりました。
「あこがれの祥啓―啓書記の幻影と実像―」(神奈川県立歴史博物館)は、室町時代の禅宗と美術の受容のあり方を知ることが出来ました。山水画ファン大必見の展覧会でした。(2023年の展覧会)

祥啓というのは、雪舟とだいたい同世代の室町中後期の鎌倉の寺院に務める画家です。
室町時代に、中国からコンテンポラリーアートとして、禅宗絵画が入ってきました。もちろん最新の科学である禅宗そのものとです。
抽象絵画である水墨画が有名のためモノクロの水墨のみが入ってきたと思いがちです。しかし 実際にはとてもカラフルでかつ写実的な色彩を持つ絵画もほぼ一緒に入ってきたのです。
導入の説明が分かりやすくて良かったです。
1 夏珪 輪郭をとり、かっちりとした印象 真体
2 牧谿 墨を面的に用いて対象を描き出す 行体
3 玉澗 墨を紙に注ぐように用いて時に抽象画にも見える 草体
祥啓が重視したのが写実の真体の夏珪調だった。ただ、抽象的な墨の技法(牧谿風、行体)も同時に日本に入ってきたので、どちらかのみの技法を表現上の二者択一するというのも、むしろ不自然なので、新しい写実的なカラー絵画と新しい抽象的な墨の絵画の両方を取り入れたと考えられるわけですね。
このうち、新たな墨表現の抽象性がさらに深化した玉澗風(草体)が雪舟によって大成されたのではないかと感じました。雪舟ももともとはカラー絵画を得意としてましたよね。
もちろんカラー写実的絵画が途絶えたわけではなく、狩野派がそのメインストリームとして、写実的カラー絵画をずっと描き続けたわけです。
写実と抽象、これが鎌倉以降の日本の美の歴史のキーワードかもしれません。
【神奈川県立歴史博物館・エントランス前にて】
サキ:「エミちゃん、今日の展覧会……『あこがれの祥啓』? ごめん、正直まったく知らない人だよぉ」
エミ:「大丈夫、私も最初はそうだったの。祥啓――別名啓書記は、雪舟とだいたい同世代、室町中後期に鎌倉の禅寺で働いていた画家よ」
サキ:「鎌倉のお寺の画家さん。……で、なんで『あこがれの』なの?」
エミ:「そこがこの展覧会の面白いところなんだけど、まあ順を追って話すわね。今日はね、祥啓その人よりも、彼が生きた時代に中国から何が入ってきたのか――そこを見てほしいの」
サキ:「(エミちゃん、もう目が輝いてる)」
第1章 水墨画=モノクロ、という思い込み
サキ:「室町の禅宗絵画っていうと、あの、墨だけのやつだよね。にじんだ山とか、豆粒みたいな人とか」
エミ:「そう、みんなそう思ってるの。でもね、ここが今日いちばん言いたいところ。モノクロの水墨だけが入ってきたわけじゃないのよ」
サキ:「えっ、ほかに何が?」
エミ:「とてもカラフルで、しかも写実的な絵。これがほぼ同時に、セットで入ってきてるの」
サキ:「ええっ!? セットで!」
エミ:「当時の日本人にとって、禅宗絵画って完全にコンテンポラリーアートなの。最新の思想である禅そのものと一緒にやってきた、最先端の輸入品。それが『渋いモノクロ』一択のわけがないでしょう?」
サキ:「あー……なんかわかる気がする。新しい技術が入ってくるときって、だいたい一個じゃなくてパッケージで来るもんね。スマホが来たときも、カメラもGPSもアプリも全部まとめて来たじゃん」
エミ:「……サキちゃん、それすごくいい喩え。まさにそれなの」
第2章 夏珪・牧谿・玉澗――墨の三つの温度
エミ:「で、この展覧会、導入の説明がとにかく親切だったの。中国絵画の三つのタイプを、書道の真・行・草になぞらえて整理してくれてる」
サキ:「真・行・草って、書道の楷書・行書・草書のあれ? きっちり→ちょっと崩す→めっちゃ崩す、の」
エミ:「そのとおり。同じ物差しが、絵にも当てはまるのよ」
エミ:「まず一人目、夏珪。輪郭線をきちんと取るタイプ。岩は岩、木は木、と形がかっちり決まっていて、見ればすぐ『あ、あの景色ね』とわかる。これが真体」
サキ:「輪郭線があるってことは、『ここまでが岩です』って線で宣言してるってことだよね。……設計図っぽい」
エミ:「二人目、牧谿。この人は線じゃなくて、墨を面として置いて対象を出してくるの。輪郭がないのに、そこに霧の向こうの山があるとわかる。行体ね」
サキ:「線を引かずに形が出るの……? うわぁ、それずるくない?」
エミ:「(早口で)ずるいのよ! しかも牧谿って、余白の湿度まで描いちゃうの。何も描いてないところが『空気』になるの。もうね、震えるわ」
サキ:「(来た、早口)」
エミ:「三人目、玉澗。この人はもう、墨を紙に注ぐ感じ。にじみと勢いだけで山水が立ち上がる。パッと見るとほとんど抽象画。これが草体よ」
サキ:「注ぐ!? 筆で描くっていうより、こう……ぶわっと」
エミ:「そう、ぶわっと。だけど不思議なことに、ちゃんと山に見えるの」
サキ:「なんかさ、解像度を落としていく順番なんだね。夏珪はピント合ってて、牧谿は少しぼかして、玉澗はもう情報を思いっきり削ってる。でも削っても『山だ』ってわかるってことは、山を山として認識させる最小の情報を、玉澗は掴んでるってことじゃん」
エミ:「……サキちゃん、今日いちばんいいこと言ったわ」
エミのメモ📝
「真・行・草」は書道由来の分類で、きっちりした様式から崩した様式への段階を指します。中国絵画・作庭・茶の湯など、日本の美意識のさまざまな分野で応用されてきた便利な物差しです。夏珪=真体、牧谿=行体、玉澗=草体という対応は、この展覧会の導入部が示していた整理にもとづいています。
第3章 祥啓の選択と、その意味
サキ:「で、祥啓さんはどれが好きだったの?」
エミ:「祥啓が重んじたのは、写実の真体、夏珪調。かっちり描くほうね」
サキ:「へぇ〜、意外。禅のお坊さんの絵って、もっとぼわっとしてるイメージだった」
エミ:「でもね、だからといって彼が抽象的な墨の技法を知らなかったわけじゃないの。牧谿風の行体も、同じ時期に日本に届いてる。どちらか一方だけを選ぶほうが、むしろ不自然なのよ」
サキ:「あー、そっか。新しい道具が二つ来たら、普通は両方使ってみるよねぇ」
エミ:「そう。新しい写実的なカラー絵画と、新しい抽象的な墨の絵画。祥啓はその両方を取り込んだ、と考えるほうが自然。二者択一じゃなかったの」
サキ:「なるほどねぇ。……あ、じゃあ『あこがれの祥啓』ってタイトル、そういうことか。後の人たちが祥啓に憧れたっていう」
エミ:「そのあたりは展示で確かめてのお楽しみ、ということにしましょうか」
第4章 二本の道は、やがて合流する
エミ:「で、ここからは私の感想なんだけど。この三つの型を頭に入れて日本美術史を眺めると、そこから二本の道が伸びているように見えてくるの」
サキ:「二本?」
エミ:「一本目。玉澗風の草体――墨の抽象性がさらに深まっていく道。これを大成したのが雪舟なんじゃないかしら」
サキ:「雪舟……あの、涙でネズミ描いた人だ」
エミ:「そうそう。でもね、面白いのは雪舟ももともとカラー絵画が得意だったということ。最初からモノクロの人じゃないのよ」
サキ:「えっ、そうなの!? じゃあ、色を使えるのに使わないほうを選んだってこと? ……それ、すごいことじゃん。できないから削ぐんじゃなくて、できるうえで削ぐんだ」
エミ:「(目を潤ませながら)そう。それが抽象ということなの」
サキ:「エミちゃん泣いてる」
エミ:「二本目はね、写実的なカラー絵画がそのまま続いていく道。こちらが途絶えたわけでは全然ないの。むしろ狩野派がメインストリームとして、写実的で色彩豊かな絵も、ずーっと描き続けていく」
サキ:「ずーっとって、どのくらい?」
エミ:「室町から江戸の終わりまで」
サキ:「うわぁ……。『水墨画=日本美術の本流』っていうイメージのほうが、実は偏ってたってこと?」
エミ:「偏っていたとも、偏っていないとも言えるわ」
サキ:「うわっ、禅問答」
エミ:「面白いのはね、この二つの潮流が、日本では見事に合流するのよ」
サキ:「合流!? 別々に走っていくんじゃなくて?」
エミ:「(早口で)そう。たとえば狩野派の狩野探幽(かのうたんゆう)。彼は雪舟を取り込んで余白の美を追求していったけれど、同時に写実性もどんどん極めていくの。抽象の側から色を借り、写実の側から余白を借りる――もう一方通行じゃないのよ」
サキ:「(来た、長いやつ)」
エミ:「抽象化のほうも進化を止めないわ。尾形光琳(おがたこうりん)の『燕子花図』を思い出して。あれ、和歌や物語のコンテキストをぜんぶ抱え込んだまま、形だけをすっぱりデザイン化しているでしょう。抽象化の極みよ」
サキ:「あー! あの、同じ花の形が繰り返されるやつ。……あれって情報を削ったんじゃなくて、圧縮したんだね。中身は全部入ってる」
エミ:「圧縮。……サキちゃん、その言い方すごくいいわ」
エミ:「写実の極みなら伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の『動植綵絵』。抽象の極みなら葛飾北斎(かつしかほくさい)の『神奈川沖浪裏』。でもね、ここが本当に大事なところ**――彼らはどちらも、写実性と抽象性を両方持っている**の」
サキ:「あっ、たしかに。若冲の鶏って、羽根の一本一本まで描いてあるのに、全体を見ると模様みたいだもんね。北斎の波も、逆だ。デザインみたいなのに、水しぶきの形はめちゃくちゃ観察してる」
エミ:「そう。行ったり来たりして、混ざって、日本独自の美になったのよ。『渋くて日本的』も『華やかで日本的』も、どちらも日本の美なの」
サキ:「……室町で二本に分かれたんじゃなくて、二本もらったから編めたんだ」
エミ:「(目を潤ませながら)そのとおりよ、サキちゃん」
エミのメモ📝 この第4章は展示の解説そのものではなく、展示を見て私たちが感じたことです。「玉澗→雪舟」「夏珪→狩野派」という線の引き方は理解のための補助線。実際の継承関係はもっと複雑で、雪舟自身も夏珪風の作品を多く残していますし、狩野派も水墨を存分に描いています。むしろその「混ざり方」こそが本題です。
締め――写実と抽象
【館外のカフェにて】
サキ:「(フルーツ牛乳を飲みながら)今日の展覧会、思ってたのの十倍おもしろかった」
エミ:「山水画ファンなら大必見よ。室町時代の禅宗と美術の受容のあり方が、すごくクリアに見えてくるの」
サキ:「あのさ、私ずっと考えてたんだけど。写実と抽象って、どっちが進んでるとかじゃないんだね。同時に届いて、同時に走り出して、何度も交わりながら一本の日本美に編まれていったんだ」
エミ:「……そう。写実と抽象――これが鎌倉以降の日本の美の歴史を読み解くキーワードなのかもしれないわね」
サキ:「キーワード、一個もらっちゃったねぇ」
エミ:「ええ。今日は『山水』を『さんすい』じゃなく『三種』で見た日ね」
サキ:「……エミちゃん、それうまくないよ……」
エミ:「(でも嬉しそう)」
サキ:「(もう、エミちゃんったら……)」


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