サキ ねえエミちゃん、最近SNSで「国立の博物館・美術館が閉館するかも」って見たんだけど、あれ本当なの? めちゃくちゃびっくりしたんだけど。
エミ 2026年3月に文化庁が出した次期中期目標——2026年度から2030年度までの計画ね——のなかに、かなり踏み込んだ内容が盛り込まれたの。訪日外国人向けの「二重価格」の導入と、厳しい「自己収入目標」。そして目標未達の場合には「再編」、つまり閉館を含めた見直しがありうると。読売新聞や朝日新聞が相次いで報じて、SNSでも大きな波紋を呼んだのよ。
サキ 再編って、ようするに潰すかもってこと?
エミ 朝日新聞の取材に対して、財務省の幹部が「『撤退』ですね。統合とかもあると思いますが」と答えているの。かなり直截な表現よね。
サキ えっ、お役人がそこまではっきり言うんだ……。
エミ 一方で、赤松健参院議員が文化庁にヒアリングしたところ、文化庁側は「閉館は想定していない。再編とは役割分担の変更を意味する」と釈明しているわ。文化庁は緊急リリースも出して「閉館」を否定している。でも、財務省と文化庁で温度差があるのよ。
サキ つまり、財務省は本気で「潰してもいい」と思ってるけど、文化庁は「そんなつもりじゃない」って言ってる。どっちが本音なの?
エミ そこが読みにくいところね。ただ、数字のノルマだけは確実に課されたわ。
入場料はいくらになる? 二重価格の衝撃
サキ 二重価格って、外国人と日本人で値段が違うってことだよね。具体的にはどのくらい上がるの?
エミ 財務省の試算では、外国人料金は現在の約2〜3倍。たとえば東京国立博物館の常設展は、今の1,000円が3,100円になる計算よ。(弁護士ドッココムが引用する財務省試算)
サキ 3倍! それ、海外の友だちに「東京で博物館行こうよ」って気軽に言えなくなるじゃん。
エミ もっと驚く数字もあるわよ。京都国立近代美術館は5,800円という試算が出ているらしいの。
サキ ご、5,800円……? ディズニーのチケットとかと比べたくなる金額感だね。でも待って、これって外国人だけの話?
エミ いいえ。日本人の一般料金も値上げも試算されてるみたいね。例えば東博の場合は1,000円から1,300円へ。それから、税金を納めている在日外国人をどう扱うかも大きな課題として残っているわ。パスポートや在留カードで線引きするのか、法の下の平等との兼ね合いはどうなるのか。実務面でも法的にもクリアになっていない論点が山積みなの。
サキ うーん、外国人料金だけ上げればいいって話じゃないんだね。
「自己収入65%以上」という過酷なノルマ
サキ さっきエミちゃんが言ってた「自己収入目標」って、具体的にはどういうこと?
エミ 新しい中期目標では、展示事業にかかる費用に対する自己収入の割合を、5年目の最終年度までに65%以上にしなさい、と定められたの。しかも将来的(10年後)には100%——つまり国費に一切頼らない——を目指すとされているわ。
サキ 100%って、自分たちで全部稼げってこと? 国立なのに?
エミ そう。そしてこの割合が4年目の時点で4割を下回ると、「社会的役割を果たせていない」と判断されて、再編の対象になるの。
サキ 再編って?
エミ 具体的にはわからないけど、文化庁は閉館はしない。財務省幹部は撤退と言ってるようだから、京都国立近代美術館が京都国立博物館分館になるか、逆に京都国立近代美術館という名前は残るけど、組織や職員は京都国立博物館所属とか、どちらにせよ大きな再編がいずれ起きるのは必至の情勢よ。
サキ 現場の人たち、どう思ってるんだろう。
エミ それはもちろん悲鳴を上げているわ。SNSのポストを拾ってみても「展示事業費の3分の2を入場料で賄うのは無理」「稼ぐことばかりにリソースを割けば、研究に支障が出る」という声が見られるわ。
博物館や美術館には、収集・保管、教育普及、調査研究、展示という4つの柱があるの。収益を求められているのは「展示」の部分だけだと文化庁は説明しているけれど、現実にはそう簡単に切り分けられるものではないわよね。
サキ 収集や研究あっての展示だもんね。
エミ 過去の文化庁の検討会でも、「研究には長期的な視点が必要で、単年度の収支や効率化だけで評価する制度はなじまない」と指摘されてきたの。すぐにお金にならない基礎研究が軽視されれば、人材育成も文化の継承も深刻なダメージを受けかねないわ。
狙いは海外受けしないジャンル?
サキ ところでさ、対象の11施設って、全部同じくらいピンチなの?
エミ ここからは少し私の考えを話すわね。この問題で本当に危ういのは、「近代美術館」だと思うの。
サキ 近代美術館? 東京国立近代美術館とか、京都国立近代美術館とか?
エミ ええ。国立博物館——東博や京博、奈良博——は、浮世絵や仏像、刀剣といった「日本の至宝」を持っているでしょう。訪日外国人にとっても、あるいは日本人にとっても、「日本に来たらこれを見たい」という求心力がはっきりしているの。3,100円でも見たい人はいるわ。
サキ うん、東博の常設でも刀剣とか浮世絵コーナーには平日でも人だかりできてたもんね。
エミ 一方で、現代アートの世界も実は強いのよ。直島や金沢21世紀美術館のように、体験型で映える現代アートは若い世代にも訪日外国人にも人気がある。「自己収入を稼げ」と言われたとき、コンテンツの訴求力という意味では戦えるポテンシャルがあるわ。ただ国立の現代美術館は東京にはないわ。六本木に国立新美術館があるけど、あそこは企画展会場としての性格が強くて自前のコレクションを持っていないから少し事情は違うけれど。
サキ じゃあ、国立の現代美術館って存在ないの?
エミ 実はまぁあることはあるの、大阪に国立国際美術館っていう、一つ前の大阪万博を機に作られた美術館が。だけど、大阪の中洲にある大阪市立科学館の地下施設という洪水とかになったらどうするの?って微妙な施設なの。しかも最近、隣に大阪中之島美術館っていう公設のイケてる美術館ができてしまった
サキ できてしまった、ってことはないでしょうけど(笑)。で、エミちゃんは近代美術館がどうして危ないって思うの?
エミ 近代美術——明治から昭和にかけての日本美術——は、いわば「江戸時代の浮世絵」と「現代アート」の間に挟まれた存在なの。浮世絵ほどアイコニックでもなく、現代アートほどポップでもない。黒田清輝や岸田劉生、東郷青児といった画家たちの作品は、美術史的にはきわめて重要よ。でも「これを見るためにわざわざ来る外国人がどれだけいるか」と問われたとき、正直なところ厳しいわ。
サキ あー……言われてみると、たしかに「近代美術館に行きたい!」って声はあんまり聞かないかも。
エミ 京都国立近代美術館の外国人料金が5,800円という試算が出ていたでしょう? あれは裏を返せば、現状の来館者数と収益では目標に全然届かないから、単価を極端に上げるしかないということなの。でも5,800円に設定したところで、その値段で来る人がどれだけいるかしら。
サキ 値上げすればするほど人が減って、結局収入は増えない……みたいな悪循環になりそう。
エミ そうなの。そしてもうひとつ、近代美術は時代区分としても中途半端な位置にあるという構造的な問題があるわ。
「近代美術」はどこにも居場所がない?
サキ 中途半端って?
エミ 考えてみて。江戸時代以前の美術は「古典」として確固たる地位があるわよね。浮世絵は海外でもジャポニスムの歴史とセットで語られるし、仏像や茶道具は日本文化の精髄としてその価値を疑う人はいない。一方、戦後以降の現代アートは、草間彌生、村上隆、奈良美智といったスターが国際的に活躍していて、マーケットも動いている。
サキ うん。
エミ でも、その間にある「近代」——明治の洋画受容から戦前・戦中の美術まで——は、どちらの文脈にもきれいに収まらないの。「日本の伝統」を見たい人には西洋画の技法が入りすぎていて物足りないし、「最先端のアート」を見たい人には古く感じる。
サキ あっ、それって昭和の戦後文化にも言えるよね。戦後の昭和ってもう「歴史」じゃん。私の世代からすると、昭和レトロとかもう完全に過去の話だもん。でも、戦後のアートはいまだに「現代美術」のカテゴリーに入ってるんでしょ?
エミ いいところに気づいたわね。美術の世界では、第二次世界大戦後を「現代(Contemporary)」と呼ぶのが一般的な慣習なの。だから1950年代の具体美術協会も、1960年代の「もの派」も、制度上は「現代美術」。でも社会通念では、昭和30年代なんてとっくに「歴史」よね。
サキ そう、それ! すごくわかりにくい。「現代」っていうから最近のことかと思うじゃん。
エミ この用語の混乱が、近代美術館の存在意義をさらに見えにくくしているの。「近代美術館」と聞いたときに、一般の人がパッとイメージできる明確なコンテンツがないのよ。東博なら「国宝がある」、森美術館なら「現代アートの大型展がある」と言えるけれど、「近代美術館ならではのもの」を一言で説明するのが難しい。
サキ 博物館は「お宝」で勝負できて、現代美術館は「話題性」で勝負できる。じゃあ近代美術館は……?
エミ まさにそこなの。近代美術館が持つ価値は、「日本が西洋近代と出会って、葛藤しながら独自の表現を模索してきた歴史の証」よ。それは知的にはとても豊かなテーマだけれど、「3,000円払ってでも見たい」という動機に直結しにくい。
では、どうすればいいのか
サキ なんか暗い話になってきたね……。近代美術館はもう諦めるしかないの?
エミ そうは思わないわ。ただ、「展示で稼げ」という枠組みに素直に乗るだけでは苦しいのは確かよ。だからこそ、別の戦い方を考える必要があるの。
サキ たとえば?
エミ ひとつは、近代美術をもっと大きな文脈——歴史や社会の物語——と結びつけて見せること。たとえば黒田清輝をただ「明治の洋画家」として展示するのではなく、明治政府の文化政策、パリ留学の時代背景、そして帰国後に直面した日本画壇との対立まで含めてストーリーとして語れば、歴史好きにも刺さるし、深みのある体験になる。
サキ あ、それなら私みたいな大河ドラマ好きのライトな歴史ファンにも響くかも。
エミ もうひとつは、この二重価格・再編問題をきっかけに、「近代」という時代区分そのものを問い直すことね。博物館が扱う「古典」と、現代美術館が扱う「コンテンポラリー」の間にある「近代」を、どういう言葉で、どういう枠組みで社会に届けるか。それは美術館の経営問題であると同時に、日本の文化的アイデンティティの問題でもあるの。
サキ たしかに。「近代美術に価値がない」んじゃなくて、「価値の伝え方がまだ見つかっていない」ってことだよね。
エミ そう。そして財務省が突きつけているのは、極端に言えば「価値を納税者に伝えられないなら金は出さない」ということ。乱暴だけれど、文化施設の側もこの問いから逃げられないのが現実よ。
文化の「持続可能性」って何だろう
サキ でもさ、文化って本来、すぐにお金にならないものじゃない? 「稼げないなら潰す」って、なんか根本的に間違ってる気がするんだけど。
エミ 財務省は「国費に依存し続けるほうが持続可能性がない」と主張しているの。たしかに財政が厳しい中で、際限なく補助を続けることが難しいのは事実ね。でも、短期的な「稼ぐ力」を文化施設に強要することが、かえって文化の地盤沈下を招くリスクはもっと大きいと私は思う。
サキ ルーブルとかも二重価格やってるんでしょ? 海外では普通なの?
エミ 海外でも二重価格を導入している施設はあるわ。でも大事なのは、それが明確な文化政策のなかに位置づけられているかどうか。「予算を削りたいから値上げする」と「文化を守りながら持続可能な運営を目指す」では、同じ値上げでも意味がまったく違う。今の日本の議論は、残念ながら前者に近いように感じるのよ。
サキ 「文化政策」がないまま「値上げ」だけが先に来てるってこと?
エミ 端的に言えばそういうことね。国立の文化施設は「国の顔」よ。経済的な合理性だけで切り捨てていいものではないし、切り捨てたあとに失われるものは二度と取り戻せない。
サキ なんか、「効率化」とか「自己収入」って聞くと一瞬もっともらしく聞こえるけど、美術館や博物館に当てはめると全然フィットしないんだね。
エミ 利益に換算できない「文化資産」をどう守り育てていくか——それは美術館だけの問題じゃなく、私たち一人ひとりの問題でもあるわ。少なくとも「ふーん、入場料上がるんだ」で終わらせてはいけないと思うの。
サキ うん。私も、もっとちゃんと考えなきゃって思った。……とりあえず、近代美術館にもっと行ってみるところから始めようかな。
エミ それがいちばんの応援になるかもしれないわね。
◇この記事は2026年3月時点の報道および公開資料に基づいています。今後の国会審議や文化庁の対応によって状況が変わる可能性があります。


この記事へのコメントはありません。