寛治4年(1090年)1月22日 白河上皇、熊野に行幸  紀伊国の田畑100余町を寄進、初めて熊野三山検校を置く

寛治4年1月22日(1090年2月24日) 白河上皇、熊野に行幸。紀伊国の田畑100余町を寄進、初めて熊野三山検校を置く。
熊野速玉大社の平安前期の木造神像4体が国宝、室町時代に奉納された御神宝類が国宝。

国宝「熊野御幸記」は800年前のデスマーチの「旅ログ」だった 藤原定家の中間管理職の叫びを聞け!

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