大阪市立美術館「妙心寺 禅の継承」展に行ってきた(前編)

プロローグ 【1月某日 会社の給湯室】

サキ:「あ、そーいえば。2月の祝日って忙しい?」

エミ:「暇ってほどじゃないけど。なになに?」

サキ:「いや別に大したことじゃないんだけど。うちの実家大阪でしょ。まあ……もしよかったら泊まりに来る? お母さんが客用の布団干してたから、ちょうどいいかなって。……別に来なくてもいいけど」

エミ:「行く!!!!」

サキ:「……返事早くない?」

エミ:「だってサキちゃんのおうちでしょ? 行きたいに決まってるじゃない! サキちゃんのお部屋見たい! サキちゃんのお母さんのごはん食べたい! サキちゃんと夜通しおしゃべりしたい!」

サキ:「……落ち着いて」

エミ:「ごめんごめん。嬉しくて……♡ ねぇ、お布団並べて寝れる?」

サキ:「……まあ、うちの部屋狭いからそうなるけど」

エミ:「やったぁ! あ、お菓子いっぱい持っていくわね! サキちゃんの好きなじゃがりこ全味買っていく!」

サキ:「全味はいらないって。……でもうちにたこ焼き味ソースマヨ風味が常備されてるから手ぶらで大丈夫」

エミ:「了解♡ あ、そうだ。ちょうど大阪市立美術館で妙心寺展やってるのよ。せっかくだから一緒に行かない?」

サキ:「みょうしんじ……? お寺?」

エミ:「京都の禅寺なんだけど、お宝がものすごいの。Xでもかなり話題で」

サキ:「禅かぁ。ちょっと地味そうだけど。……まあ、エミちゃんが行きたいなら付き合ってあげてもいいよ」

エミ:「ほんと!? うれしい!」

サキ:「あと…私も行きたい美術館あるんだけど…」

エミ:「なになに? もちろんはしごしよう!」

サキ:「中之島香雪美術館の大原美術館所蔵名画への旅展」

エミ:「中之島香雪美術館で大原美術館展ってメタすぎるけど、もちろん行こう!サキちゃんの西洋画談義が聞きたいわ」

サキ:「……それに…帰りに京都寄らない?」

エミ:「あっ刀剣の!京都国立博物館の「縁を結ぶかたな」展ね。もちろん行こう!」

【2月の祝日の朝 サキの実家】

(前日の夜、結局3時まで喋り倒した二人。サキの部屋で布団を並べて寝ている)

エミ:「……すぅ……すぅ……」

サキ:「…………」

(サキ、目が覚めてエミの寝顔をしばらく見ている。エミの髪がちょっと顔にかかっている)

サキ:「…………ん」

(そっと髪をよけてあげる。その瞬間、エミが目を開ける)

エミ:「……あ。サキちゃん、おはよう……♡」

サキ:「——っ! 起きてんなら起きてるって言ってよ!」

エミ:「ふふ、サキたんの手あったかかった〜」

サキ:「もう…朝から何してんのよ。さっ起きよ。美術館、開館すぐに行きたいんでしょ。ほら、早く早く」

エミ:「あと5分……サキたんのお布団のにおい好き……」

サキ:「柔軟剤のにおいでしょそれ! ほら起きろ! お母さんが特別にお好み焼き定食作ってくれてんだから!」

エミ:「朝から……お好み焼き定食! これが大阪の食卓!! 起きる!」

(バタバタと支度をして、サキの母に見送られる)

サキ母:「エミさん、サキのことよろしくね。二人で楽しんできてねぇ〜」

エミ:「はい! お好み焼きに白ご飯の合わせ衝撃的においしかったです! あとサキちゃんのお部屋のぬいぐるみめちゃくちゃ可愛かっ——」

サキ:「余計なこと報告しなくていいの! 行くよ!」

(サキがエミの手を引いて玄関を出る)

サキ母:「あらあら、仲良しねぇ」

【天王寺公園を抜けて大阪市立美術館へ】


(冬晴れの空の下、二人で歩く。風が冷たい)

エミ:「結構さむいね……サキちゃん、手つないでいい?」

サキ:「……子どもか。仕方ないなぁ」

(ため息をつきつつ、ポケットの中でエミの手をぎゅっと握る)

エミ:「えへへ。手ぬくぬく」

サキ:「……エミちゃんの手は冷たい」

(と言いながら、つないだ手を離さないサキ)

エミ:「あ、見えてきた! 大阪市立美術館よ! 去年の国宝展以来ね」

サキ:「私は高校のときに同級生で美術部だった子がコンクールで入選したときに見に行ったことがある。だいぶきれいになってる。……でもさぁ、禅寺の展覧会って正直どうなの。地味じゃない?」

エミ:「ふふ、それがね、Xでも『凄い、圧巻。絢爛豪華な京都狩野派の作品でお腹いっぱい』って大騒ぎなのよ」

サキ:「えっ、禅寺なのに絢爛豪華……?」

エミ:「そこが妙心寺の面白いところなの。まあ、入ればわかるわ、きっと」

サキ:「ふーん。……まあ、エミちゃんがそこまで言うなら、ちょっとだけ期待しとく」

築90年の重厚な吹き抜け空間

サキ: 「わーあ。この空間、クラシックでカッコいい。前にいったときとだいぶイメージが違う」
エミ: 「去年、リニューアルオープンしたからね。重要文化財の建物が活かされてて素敵よね」

第1章「開山忌の荘厳」

(最初の展示室に入った途端、サキが立ち止まる)

サキ:「うわぁ……なにこれ、金色のおっきい屏風がずらーっと並んでる!」

エミ:「最近、江戸時代の資料で、妙心寺のとある法要で特別な誂えが行われていたことが明らかになったの。『開山忌』——つまり妙心寺を開いた無相大師(関山慧玄)が亡くなった日の法要で使うためにデコレーションする絵ってわけ」

サキ:「禅の法要がこんな煌びやかなんて……あ、それにこの屏風って、ちょっと大きくない?」

エミ:「さすが鋭いわね。この一連の屏風を描いた絵師は、桃山時代の巨匠として名高い海北友松と狩野山楽なんだけど、画面のサイズが縦176cmを超える大きさなの。普通の屏風と比べると25cmほど大きい画面に描かれているわけ」

サキ:「絵の周りの屏風のパーツと合わせると2m以上ありそう」

エミ:「屏風は部屋を区切る仕切りとして使われるのが普通だから、そこまで高さは本当は必要ないんだけど、この関山忌っていう法要では、この屏風を折り畳んだ形じゃなくて、全開(フラット)にして壁にペタッと貼り付けるように立てる、つまり事実上の壁画だったの。そうするとぴったりこの特大サイズが部屋の中に収まるってわけ」

サキ:「そうかー、禅のお寺だから普段は質素な襖とかの絵を飾るけど、この日だけは黄金に囲まれて虎とか竜とかがいるド派手な空間で特別な法要が行われたってわけね」

エミ:「禅の演出にも、メリハリがあるってことね」


サキ:「この龍と虎、すごい迫力だね!」

エミ:「これが今回のメインビジュアルになっている狩野山楽の『龍虎図』(重要文化財)よ!」

サキ:「金の光をバッグに龍と虎のにらみ合う視線がバチバチ」

エミ:「桃山時代の狩野派はまさにこういうダイナミックでキラキラな豪華絢爛な表現が得意よね。織田信長とか豊臣秀吉とか、徳川家康とかも、こういう絵柄が多分好きだったんじゃないかな。しかもね、今回特別に写真撮影OKなの!」

サキ:「本当だ!お寺の特別な日に使う桃山時代の屏風を撮影できるのはうれしい!虎を撮ろうか、龍を撮ろうか!」

エミ:「その隣の海北友松の『花卉図屏風』(重要文化財)も撮影可なのよ。金色の背景は同じだけど、お花の絵柄という、龍虎とは対照的なモチーフね」

サキ:「狩野山楽と海北友松って、私そんなに知らなかったんだけども、音声ガイド聞いていたらこの2人とも信長に滅ぼされた浅井氏の家臣筋だったらしいね」

エミ:「そうね、二人とも浅井氏滅亡後に、豊臣秀吉の紹介で狩野探幽の弟子になったって言われているんだけど、あとで出てくるけど、豊臣秀吉と妙心寺ってすごい深い関係があるんで、やっぱりこの2人がメインの屏風絵を描いたっていうのも納得なんだよね」

(次の部屋は厳かな空気の展示室)

サキ:「あ、なんだか禅って感じの渋い空間になった」

エミ:「今回の展覧会で唯一の国宝がこの部屋にあるの」

サキ:「へえ国宝……って、これ?大きな字で「関山」って書いていある」

エミ:「禅といえば、こういった書がトップクラスの美術品なのよ」

サキ:「確かに禅らしいけど、全然わからないから、エミちゃん、ちょっと解説してくれる?」

エミ:「よろこんで!『関山』というのは、さっきの特別な法要忌日の主役である無相大師(むそうだいし)——妙心寺の開山、関山慧玄(かんざんえげん)のことよ。書を書いたのは、関山慧玄の師匠である宗峰妙超(しゅうほうようちょう)という人で、こっちは大徳寺を開いた高僧ね。師匠が弟子に道号与えたことは禅の継承で重要な意味を持つの。開祖に名前を与えた記録だから、妙心寺にとっては中心的なお宝よね。さらに、後期には、この師匠が関山に与えた印可状(国宝)が出るわ。こっちはさらに明確に師匠から弟子への相伝を意味するから、これもまた超重要なお宝ね。そっちは10年に一度とかの公開頻度の少ないレア国宝ね」

第二章 妙心寺史

サキ:「ここからは妙心寺の歴史についてね。ここまで出てきた人の名前だけでももうすでにややこしいけど、さらに他にも名前が出てくるね。でもこの微妙大師ってなんか見た気がするんだけど」

エミ:「そうよ。まさにこの展覧会の冠となっているタイトルが、興祖微妙大師650年遠忌記念特別展なの。つまり、実は微妙大使がこの展覧会の主役でもあるのよね。」

サキ:「微妙じゃなくて、みみょうって読むのね」

エミ:「妙心寺の二代目、授翁宗弼(じゅおうそうひつ)こと、微妙大師……っ。うん、私も言っていて、かなり混乱しているわ(笑)」

(二人は妙心寺の歴史を伝える史料や作品を見て歩き、エミが立ち止まる)

サキ:「あ、エミちゃん泣きそうな顔している、どうしたの」

エミ:「こ、これよ……。私が一番見たかったの」

(小さな鎧と兜が展示されている)

サキ:「わ、ちっちゃい鎧! かわいい! 子ども用? いやもっと小さい」

エミ:「これがSNSでも話題になっている豊臣棄丸 (すてまる)の甲冑よ。秀吉の子どもで、数えわずか3歳で亡くなってしまった男の子のために秀吉が作った特注品」

サキ:「いまだと2歳児……」

エミ:「秀吉は亡くなったこの子のために盛大なお葬式を妙心寺でやったのよ。妙心寺との深い絆を感じるわね。こっちの木像は、棄丸の菩提を弔うために今の京都国立博物館の近くに秀吉が建立した祥雲寺(しょううんじ)にあったの。でも、徳川時代になるとこのお寺は壊されて、現在の智積院ができた。祥雲寺の建物はそのまま智積院に譲られて、長谷川等伯久蔵親子が棄丸の鎮魂のために描いた障壁画が今国宝になっているよね」

サキ:「あ、あれか。障壁画は属人性がないけど、もろに豊臣家の個人のお像は残せなかったんだね……」

エミ:「そう。そこでお葬式を行った妙心寺がこのお像を、おそらくこっそり、引き取ったというわけ」

サキ:「うわー。なんかドラマチック」
(続く)

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