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幕間:エミ、妙心寺を語る
ここで後編に入る前に、ちょっとだけ妙心寺というお寺の話をさせてね。
妙心寺は京都・花園にある禅寺——なんだけど、むしろ塔頭寺院のひとつである龍安寺のほうが一般的には有名かもしれない。あの白砂の石庭で大人気のお寺ね。龍安寺って、実は妙心寺の塔頭なの。
妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山。できたのは建武の新政の頃——鎌倉時代が終わって南北朝時代に差しかかる、あのあたり。花園天皇(のちに法皇)が自分の隠居の離宮を「ここをお寺にしていいよ」と寄進したのが始まり。
禅宗は鎌倉時代以降、特に武家の間で大ブームになっていて、幕府公認の禅寺ランキング——五山制度が整えられていったわ。ビッグファイブは出入りがあるんだけど、天皇家の南禅寺を別格として、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺が京都五山に選ばれているの。
でも、妙心寺はこの”ビッグファイブ”に入らなかった。いや、入れてもらえなかったというほうが正しいかな。
理由はね、妙心寺の出自にある、と私は思う。花園天皇(持明院統)は、後醍醐天皇(大覚寺統)の前の天皇なんだけど、実は鎌倉時代に皇統は持明院統と大覚寺統の二つに分裂していたの。そこで鎌倉幕府は「10年ごとに天皇交代」という先送りの極みのような策をとった。
花園天皇(1297〜1348年、在位1308〜18年)は真面目な人だったみたい。在位10年で約束通り、大覚寺統の後醍醐天皇に譲位。でも、ご存じの通り、後醍醐天皇(1288〜1339年、在位1318〜39年)は10年交代の約束は守るつもりはなく、1321年に天皇親政を実行。まぁ、ほとんど宮廷革命よね。さらに”改革実現”のために鎌倉幕府が障害になっているとして討幕をしようとして一度は失敗して隠岐に島流しにされるけど、島を脱出して、賛同する新田義貞や足利尊氏らによって1333年、鎌倉幕府は滅亡。「元弘の乱」ね。
後醍醐天皇はいわゆる建武の新政を始めるんだけど、意外なことに持明院統をつぶすどころか、花園天皇の上皇領を安堵したの。「メイク朝廷グレートアゲイン」「公家ファースト」だったってわけ。
とはいえ、政治的には持明院統の目は消えたからかな、花園天皇は1335年に出家して、その後、後の妙心寺になる「洛西花園」の萩原殿に移って宗峯妙超と関山慧玄を師として禅宗信仰に没頭した。1337年に花園天皇の発願でこの離宮を禅寺として創設したというのが妙心寺の歴史の始まり。
まもなく足利尊氏と後醍醐天皇は対立して、南北朝時代になるけど、「公家ファースト」の象徴ともいえる妙心寺は、室町幕府にとっては、ある意味で目の上のたんこぶ。
それどころか、1339年に後醍醐天皇が亡くなると、敵のはずの室町幕府は後醍醐天皇を弔うために、京都の嵯峨に天竜寺を建立して、こっちをなんと「五山」に認定するの。
そんなこんなで妙心寺は幕府公認のエリート禅寺グループには入れられることはなかった。
じゃあ妙心寺はどうしたか。在野精神を発揮してめちゃくちゃ厳しい修行を売りにしていくの。
このころのお寺って、延暦寺とかはもちろん、鎌倉時代に入ってきた新しめの禅宗でも、ぶっちゃけ、えらい人の息子がトップになることがほとんどだった。
ところが、公的な認定がないゆえに、妙心寺はとがっていったわけ。
もともと開山の関山慧玄(無相大師)から二代目の授翁宗弼(微妙大師)への継承も、血縁とか世襲じゃなくて、多くの弟子の中からたった一人だけ真に禅を極めた弟子だけに法を伝える方式。北斗の拳の「一子相伝」みたいなものね。前編で紹介した国宝の印可状こそが、まさにその継承の証なのよね。
そんなストイックな路線を突き進んでいたから、当然、室町幕府に「いきってる」と目をつけられた。1399年、南北朝を終わらせた室町幕府第三代将軍の足利義満は妙心寺を没収してしまう。この時、中絶——法の継承が途絶えてしまったの。
でも、約30年後の1432年に妙心寺は中興を果たす。なまぬるい世襲制じゃなくて本気で禅をやりたい人には、やっぱり妙心寺の厳格さが魅力的だったんでしょうね。
そして江戸時代。妙心寺は「日本に禅が伝わって以来、本物の禅を300年にわたって正しく継承してきたのはうちだけだ」と堂々と主張する。そこに登場するのが——この後編で出てくる禅宗きってのスーパースター「白隠慧鶴」(1685〜1768年)。
妙心寺だけじゃなくて、臨済宗全体の中興の祖と称えられている人。白隠さんの影響力はすさまじくて、現在の臨済宗の法系はすべて白隠系に連なるの。つまり、今の臨済宗のオリジンが白隠さん。
面白いのはここからよ。
「厳しい修行こそ禅だ」と言い続けてきた妙心寺の系譜にいながら、白隠さんは一周回って「みんなの中に仏がいるんですよ」と説いた。そして、あのゆるゆるの禅画を山ほど描いて禅の世界を広めたの。もちろん「ちゃんと修行してからそこに至るんだよ」という前提はあるんだけど、入り口として「面白い」「魅力的」をバーンと打ち出した。
ここに禅の二面性がある、と私は思っていて。
ひとつは、白砂にシンプルな石庭、墨でサッと描いた禅画——スティーブ・ジョブズが愛した「禅のシンプルさ」。ゆるいけど、すごく深い世界。
もうひとつは、厳しい修行の果てに見えてくるキラキラのオープンワールド。金碧の障壁画に囲まれて「悟り」の世界へダイブイン。
最初に見た開山忌の金ピカの襖絵と、白隠さんのゆるゆる禅画。この対比と共存こそが、まさに禅の両面性であり真実なんじゃないかなって。この展覧会は、その両方を一度に見せてくれる。だからこそ「禅の継承」というタイトルなんだと思う。
——と、ちょっと一人語りが長くなっちゃった。サキちゃん、起きてる?
後編スタート!
【大阪市立美術館 ロビーのベンチ】
(前編の続き。展示の途中でベンチに座って一息ついている二人。エミが上の解説を喋り終えたところ)
サキ:「…………」
エミ:「サキちゃん? 寝てない?」
サキ:「寝てないよ。聞いてた。……ていうか、エミちゃんが一人でこれだけ喋り倒すのは久しぶりだね」
エミ:「あ、ごめん、つい……」
サキ:「いや、いいよ。むしろ面白かった。整理すると——」
エミ:「うん、うん。私、自分で話していて混乱し気味だから、サキちゃんまとめて」
サキ:「つまりこういうことかな? 妙心寺は室町幕府のエリート枠には入れなかったけど、”修行ガチ勢”路線でブランドを確立した。弾圧されて一回潰れたけど、ガチ勢には需要があるから復活した。で、江戸時代に白隠さんが”ガチの先にあるゆるさ”っていう新しいフェーズを開いて、それが禅宗のスタンダードになった」
エミ:「……完璧なんだけど」
サキ:「前編で見た展示の話とつなげるとさ、第1章の金ピカ屏風が”修行の果てのキラキラワールド”で、白隠さんの禅画が”シンプルの深さ”ってことでしょ。で、その両方があるのが妙心寺の禅」
エミ:「サキちゃん天才じゃない?」
サキ:「……別に。エミちゃんの説明がわかりやすかっただけ」
エミ:「サキたん♡」
サキ:「ちょっと……公共の場でその呼び方はやめて。立って、続き見に行くよ」
(サキがすっと立ち上がり、ごく自然にエミに手を差し出す)
白隠さんと仙厓さん——禅のゆるキャラ爆誕
サキ:「この達磨さん、味がありすぎる。いわゆる『ヘタウマ』?」
エミ:「白隠(はくいん)さんの禅画よ。江戸時代のお坊さんで、禅を広めるためにわかりやすい絵をたくさん描いたの。残ってる作品が1万点もあるんですって」
サキ:「1万!? お坊さんなのに画家より多いじゃん!」
エミ:「日本の画家の中でも比較にならないほどの量よ。しかも、ただ多いだけじゃなくて、見た人がパッと”あ、そういうことか”って腑に落ちるような力があるの」
サキ:「あ、こっち閻魔(えんま)さま見て見て! 怖いはずなのに、なんか……大阪のおっちゃんみたい」
エミ:「ここに来るまでに見た顔かもしれないわね」
サキ:「こっちにもゆるい絵があるよ」
エミ:「仙厓(僊厓)さんっていう、白隠さんより少し後の時代のお坊さん。同じく絵で禅を説いたんだけど、最近は「ゆるい」絵として人気が高いわ」
サキ:「Xで『白隠と仙厓のゆるキャラに和まされた』ってポストあったけど、ほんとにゆるキャラだぁ。禅ってもっといかつい感じかと思ってた」
エミ:「禅って”考える”より”感じる”ものなのかもね」
サキ:「理屈じゃなくて感覚。理系の私にはちょっと新鮮かも」
2階:キリシタンの南蛮寺の鐘
(階段を上がって2階の会場へ)
サキ:「あ、この鐘なんか不思議……真ん中にローマ字で”IHS”って書いてある!」
エミ:「よく気づいたわね! これはイエズス会の紋章なの。南蛮寺(なんばんじ)——つまりキリスト教の教会にあった鐘よ」
サキ:「え、なんでそれが禅寺に?」
エミ:「秀吉がバテレン追放令を出して、京都でキリスト教の教会が追われた時に、この鐘が仁和寺に移されて、そのまま幕末を越えて明治まで伝わったの。明治以降に仁和寺から妙心寺の塔頭に移されたみたい」
サキ:「すごい旅してきたんだ……。あ、横に”1577″って彫ってある!」
エミ:「製造年よ。形はヨーロッパの鐘のスタイルだけど、銅の成分分析で日本の素材で日本産だとわかってるわ」
サキ:「材料分析してるんだ。理系心くすぐられるなぁ」
(さらに進むと、精緻な工芸品のケースの前で二人が立ち止まる)
エミ:「朝鮮の高麗時代の螺鈿(らでん)漆器の合子(ごうす)。つまり用途としては化粧箱かな。高麗螺鈿は、貝殻を切り取って漆に嵌め込んで……ものすごい技術で、北宋から高麗に派遣された皇帝の使節が『高麗の螺鈿の技は極めて緻密で尊いものである』と高く評価したんだって」
サキ:「美では傑出していた北宋が認めるくらいだから、当時でも相当な技術だったんだね」
エミ:「それに、高麗時代の螺鈿漆器の完形って、いま、世界に20点くらいしか残ってないんだって」
サキ:「20点!? え、それが京都の禅寺に?」
エミ:「真上から覗くとね、信じられないくらい細かいのよ」
(単眼鏡を手渡す)
サキ:「うわぁ……ほんとだ、キラキラしてて綺麗……。これ朝鮮半島から来たんだよね。化粧箱としたらどんな女の人が使ったのかな」
エミ:「女の人の香りがする、それが妙心寺の特徴かも。たくさんの塔頭のいくつかに、水野忠清夫人が創建した福壽院、松平忠昌夫人である花姫の菩提所として建立された慧照院、真田信之の孫で千種有能夫人の長姫が建立した大法院、毛利秀就夫人喜佐姫が開基の龍華院、そしてこの展覧会で大注目の天球院は池田光政の伯母の天球院殿が開基よ」
サキ:「本当だ。女の人が建てた寺院がかなりの数あるね」
エミ:「極めつけは春日局が開基した麟祥院ね」
サキ:「春日局って大河ドラマにもなった女性だよね」
エミ:「そうなのよ。三代将軍徳川家光の乳母で、明智光秀の重臣の斎藤利三の娘でもあるわ」
サキ:「大河ドラマと言えば、最近は明智光秀が主役の大河ドラマ『麒麟がくる』もあったよね。麒麟が来る吉祥の院って、なんか意味ありそう。この塔頭の名前から誕生したドラマの名前だったりして」
エミ:「その想像力、面白い!」
天球院の障壁画——本物の迫力
(一度部屋を出て別の2階の会場に入ると、金色の世界が広がっている)
サキ:「…………」
エミ:「…………」
サキ:「……やばくない?」
エミ:「……やばいわ」
(天球院の重要文化財の障壁画が再現した位置で展示されている。三方を金碧画が囲む)
エミ:「妙心寺の塔頭天球院の障壁画よ。通常非公開のものを、ここで実物を”再現”しながら展示してるの。江戸時代前期の京狩野派の狩野山楽と山雪による金碧画よ」
サキ:「あ、尻尾で遊ぶ子虎がいる! かわいい!」
エミ:「竹と虎の部屋ね。金色の背景にすっとまっすぐ立つ竹が右側、左側には虎がなんだか親子でじゃれあっている。三方を障壁画に囲まいて、……本当に贅沢な空間ね」
サキ:「でもさ、さっきの冒頭の龍虎図の虎と比べると、なんか雰囲気が違うよね?同じ狩野山楽だけど。さっきの龍虎は、龍と虎が睨みあう緊張感がバチバチだったけど、こっちはなんかユニークだったり柔らかさがある気がする」
エミ:「さすが! 最初の龍虎図は妙心寺の公式な一番格の高い法要で使われる威厳のある絵よね。こっちの天球院は、さっきも言ったけど、創設したのが女性なのよね。なんかそこらへんの背景も、山楽は描き分けていたのかしら?」
サキ:「あぁ、言われてみると……天球院の襖絵の花や鳥の色を見ると、どこか華やかな気分にさせる。それに見て見て、花びらがぷっくりしてる!」
エミ:「ほんとだ!これは胡粉で立体的に塗る盛上彩色ね。写真と本物でぜんぜん違うわけよね」
サキ:「これは来ないとわかんないやつだ……智積院で見た長谷川久蔵の国宝『桜図』を思い出す」
エミ:「そうだね。あれも父親の長谷川等伯の『楓図』と並んで、次世代の若者久蔵が挑戦した『桜図』の胡粉の立体表現。まさに桃山から江戸って時代が変わった画期だったんだね」
大阪の仏像と90年のご縁
(最後の展示エリアへ)
エミ:「実はね、この展覧会には”なんで大阪でやるの?”っていう声もあるらしいの。東京だと全国の有名なお寺の展覧会をよくやるから、京都のお寺を大阪で開くことってそんなに違和感なかったけど」
サキ:「あ、それ私もちょっと思ってた。妙心寺って京都でしょ?」
エミ:「大阪市立美術館と妙心寺って、90年のご縁があるんですって。大阪市立美術館が90年前に開館した時、コレクションが全然なくて、お寺や個人から宝物を預かって開館の展示をしたの。その時、妙心寺から27件も寺宝を出展してくれたんですって」
サキ:「へぇ〜! 90年前からの付き合い!」
エミ:「しかも今回、大阪にある妙心寺派のお寺さんを調査したら、白隠さんのお軸が出てきたり、初めてお寺の外で紹介されるものも複数できるんだって。90年のご縁の成果よ」
サキ:「なんかいいね、そういうの。ちゃんと調べて、ちゃんと見せてくれるって」
(最後の部屋、巨大な千手観音菩薩坐像の前で)
サキ:「わ……わわわ……大きい……! 座ってるのに1メートル半以上あるよ!?」
エミ:「すごい迫力。ほんとに動いて見える……! すごい…… ここも撮影OKだ」
サキ:「はぁ、お腹空いた!音声ガイドよかったね。私たちが共通して好きな声優の坂本真綾さんの声はほんとに自然にすっとささやいてくれてよかった」
エミ:「あとで、坂本真綾さんの『トライアングラー』をカラオケで歌おうね」
【美術館の中にあるレトロライクなカフェ】
(飲み物とケーキを頼む窓際のベンチに横に並んで座る二人。エミがサキの肩にもたれかかる)
エミ:「はぁ〜〜、すごかった……すっごい歩いた……。サキちゃん、今日一緒に歩いてくれてありがとう」
サキ:「………別にお礼言われるようなことしてないけど。でもまあ……正直、禅寺だから地味だと思ってたの、ごめんなさい妙心寺さん」
エミ:「ふふ。Xでも『地味かと思ったけど、すごかった』って人がいたわよ。みんな同じこと思うよね」
サキ:「だってさぁ、虎はギラギラ、閻魔さんは大阪のおっちゃんだし、キリシタン南蛮鐘はあるし、金ピカの襖絵に三方囲まれて、巨大千手観音でフィニッシュでしょ。禅ってなに!?やばい!ってなるじゃん!」
エミ:「そのギャップこそが禅の懐の深さなのかもしれないわ。創建時には教えはたった一人にしか受け継がない厳格さがあって、でも白隠さんはゆるい絵で禅を広めた。”一子相伝”の厳しさと、誰にでも開かれた優しさが同居してるのよ」
サキ:「……あ、なんか”禅”っぽいこと浮かんだ」
エミ:「え、ほんと?どんな感じ?」
サキ:「うん。ととのった。矛盾してるのに成り立ってるのが禅でしょ? 頭じゃなくて感じるやつ」
エミ:「……サキちゃんが鋭い切り口でサウナ用語を言うとこが、好き」
サキ:「サウナ用語使うところが?……まぁいいや。ていうか、エミちゃん、私の肩で寝ようとしてない? ……ここカフェなんだけど」
エミ:「私も、整った。もうちょっとダイブする……」
サキ:「……周りの人に見られてるんだけど。…………しょうがないなぁ。このあとプレイリスト作るからね!」

展覧会情報
「妙心寺 禅の継承」
2026/2/7~4/5
大阪市立美術館
写真撮影OKの作品あり(最初の龍虎図など、最後の千手観音など)
坂本真綾さんと中村隼人さんの音声ガイドもおすすめです。


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