平治2年1月4日(1160年2月12日)源義朝、尾張国内海荘で長田忠致に殺される。38歳。
清和源氏重代の刀が2本(髭切と膝丸)が義朝から息子の頼朝と義経に伝えられたとされています。髭切や膝丸(薄緑)に比定される刀はそれぞれ複数あります。ここは、三種の神器が3つでなく、それぞれ複数あるとされていることと同じと考えられるでしょう。神器というのはそういう性質もあるものです。
さて髭切は、北野天満宮の「太刀銘安綱」(鬼切)が、膝丸は大覚寺の「薄緑」が、国指定重要文化財です。
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