天正12年(1584年)3月6日 織田信長の息子信雄、家老3人を斬殺 小牧長久手の戦いへ

天正12年3月6日(1584年4月16日) 織田信長の息子、織田信雄のぶかつ、秀吉への軍門を下ることを求めた見られる岡田助三郎重孝ら家老3人を斬殺。秀吉との対決姿勢をあらわにし、小牧・長久手の戦いにつながる。
このとき、岡田らを斬り捨てた刀は、東京国立博物館蔵の国宝となっている福岡一文字吉房 「太刀 銘吉房」(号岡田切)。号の「岡田切(おかだぎり)」は岡田を切ったから。

国宝 福岡一文字吉房 太刀 銘 吉房(号 岡田切)東京国立博物館蔵 ColBaseより

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