安政7年(1860年)3月3日 井伊直弼が桜田門外で暗殺 『一期一会』を作った男の皮肉な末路

安政7年3月3日(1860年3月24日) 江戸幕府の大老井伊直弼が江戸城桜田門外で水戸藩士らによって暗殺される。

桜田門(出光美術館から)

エミ

外桜田門が重要文化財。桜田門は宮内庁管轄外のため指定されていますが、宮内庁所蔵の絵画などが国宝や重要文化財に近年、指定されているので、いずれ皇居内の建物も指定される日がくるかもしれません


3月3日 血のひな祭り!

(会社帰りに和風喫茶で茶碗で抹茶を飲む二人)
サキ:「ねえエミちゃん。3月3日ってひな祭りの日だよね?こんな渋い雰囲気のところでお茶って、なんかわけがあるんでしょ?」

エミ:「そうきょうは茶道と関係が大ありよ。実はね、かなり血なまぐさい事件が起きた日でもあるの。安政7年3月3日――江戸幕府の大老、井伊直弼なおすけが暗殺された日よ」

サキ:「えっ……あの有名な『桜田門外の変』ってひな祭りの日だったの!?」

エミ:「そう。江戸城のすぐ前、桜田門の外でね。今だと3月下旬、桜が咲き始める頃なのに、この日、江戸では雪が降っていたの」

そもそも「大老」って何?

サキ:「わー、エミちゃんがなんか見てきたようなこと言っている!いつものことだけど。で、“大老”って、どれくらい偉い人なの?」

エミ:「今の感覚で言うと、短期間限定の全権委任総理大臣かな。普段はいないけど、国がやばいときだけ置かれる役職」

サキ:「めちゃくちゃ恨まれそう……」

エミ:「実際そうだったの。井伊直弼は、外国と条約を結んだり、反対派を厳しく取り締まったりしてたからね」

サキ:「そうそう。歴史の授業で暗記した『日米修好通商条約』」

実は「文化人」だった井伊直弼

サキ:「でもさ、そんな強権な政治家が、なんで“茶道”とかと結びつくの?」

エミ:「そこが面白いところ。井伊直弼って、もともと殿様になる予定じゃなかったの。
彦根藩主の十四男だった。たったの300俵を与えられるだけの、部屋住み扱いだったの」

サキ:「十四男で一部屋だけ!?それが殿様どころか幕府の事実上のトップに君臨するんだよね?完全に“人生別ルート”だね」

エミ:「うん。でも逆に、若い頃は、茶道、和歌、禅、武芸と部活動にどっぷりつかれたの。
しかも本気で、茶道では一派を立てるほど。居合道では実際に一派立てちゃったほど」

サキ:「部活って(笑)政治家になる前は、ガチ文化人&スポーツマンだったんだ」

エミ:「そう。そしてね――の有名な茶の湯の言葉『一期一会』を生み出したのが、実は井伊直弼なの」

サキ:「えーっ。茶会では『一期一会』っていうのは有名だけど。てっきり千利休の言葉と思ってた」

エミ:「そうなのよ。だから今日は抹茶で彼を偲ぶの」

桜田門外の変って、どうして防げなかったの?

サキ:「なるほど、きょうのシチュエーションは理解した。でもさ、そんな偉い人がどうしてあっさり暗殺されちゃったの?警備だってたくさんいたんでしょ」

エミ:「そこが、この事件の一番のポイントなの。実は、セキュリティがすごく弱かったの」

サキ:「えっ?大老なのに?」

エミ:「行列の多くが一季奉公人いっきほうこうにんっていう一年契約の使用人だったの」

サキ:「一年バイトみたいな……?」

エミ:「行列の人数は多いけど、それが警視庁の警察官でなく、タイミーで集まった警備会社のバイトだったっていうのが、かなり近い感覚ね。
だから襲撃された瞬間、その人たちはさっさと逃げてしまって、本気で戦って主君を守る武士がほとんどいなかった、って証言が残ってるの」

サキ:「それって……まさか、大老と警備の人間たちの関係が『一期一会』だったってこと?」

エミ:「そう!サキちゃんうまいこと言う。なんとも皮肉なんだけど――そういうことね」

 悪役って決めつけていいの?

サキ:「でも一般的には井伊直弼って“怖い独裁者”みたいに出てくるよね」

エミ:「確かに、やったことは強引だった。ただね、“国を開くか、それとも外国と戦うか”ーー誰もがやりたがらない選択と責任を全部を一人で引き受けた人でもあったの」

サキ:「なるほど……まさに『一期一会』、一瞬一瞬を自分が選んで来た人だったのね」

エミ:「46歳で亡くなったの。まだ全然、若いよね。でももしかしたら、井伊直弼は雪の舞う桜田門外で死の瞬間、後悔はしていなかった気もするの」

サキ:「うん……3月3日って、女の子の日だと思ってたけど、めっちゃ男前の花が咲いて、そして散った日だったんだね」

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