延暦21年(802年)4月15日 蝦夷の首領アテルイとモレが投降

延暦21年4月15日(802年5月19日)将軍坂上田村麻呂率いる政府軍と東北の胆沢郡(岩手県南部)で戦っていた蝦夷の首領・阿弖流為(アテルイ)と母礼(モレ)ら500人を率いて投降する。
阿弖流為は大墓公、母礼は盤具公で、大墓や盤具の地名は不明。

田村麻呂は二人の助命を嘆願するが、8月に河内国の杜山 (もりやま)で処刑される。杜山は椙山 (すぎやま)の誤記と見て、大阪府枚方市に比定する考えもあり、平成19年(2007年)になって最期の地の石碑が建てられている。周囲にある首塚も、ごく最近になって首塚と言われるようになったもので、歴史的には新しい。これらの動きは、2000年に刊行された高橋克彦の歴史小説『火怨 北の燿星アテルイ』による影響が大きい。

  • コメント: 0

関連記事

  1. 憲法だけど憲法じゃない!推古12年(604年)4月3日 聖徳太子が十七条憲法を作る

  2. 2023年は太陽暦採用150周年 明治5年12月3日を明治6年1月1日とする

  3. 享保9年(1724年)1月13日 島流し画家、英一蝶死去

  4. 建永2年(1207年)4月5日 日記「玉葉」の九条兼実が死去 「盛者必衰」を40年書き続けた男

  5. 元亀4年(1573年)4月12日 武田信玄、出征中に病没

  6. 神護景雲3年(769年)2月17日 陸奥国の桃生城・伊治城に移住する百姓を坂東8国から募る

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。