「国宝 東京国立博物館のすべて」に展示されているすべての国宝について感想【その1】

東京国立博物館創立150年特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」が2022年10月18日(火曜)に始まりました。ずっと楽しみにしており、この展覧会のためにトーハク友の会会員(年間パスポート)に入ったくらいです。

国宝東京国立博物館のすべての国宝の展示スケジュール

なお、友の会会員は年間7千円(いつでも入ることが可能)で、特別展の無料チケット3枚(1枚だいたい2000円相当)と東洋館の地下にあるミュージアムシアターチケット1枚(500円相当)、そして常設展(総合文化展)には入り放題(京博、奈良博、九博も)、中のレストラン・カフェは1割引、ショップは5%=ただポストカードとかは割引にならない)と非常にお得です。

今回の特別展では、東博が所蔵する89件の国宝すべてが公開されますが、1度に89件が並ぶのではなく、展示替えをしながら、常時だいたい60数件の国宝を展示。期間中に89件を見るには、最低3回、行く必要があります。そして、友の会会員特典の3枚の特別展無料チケットを、今回にすべて投入して、3回行く計画をたてているわけです。

国宝はすべて撮影不可。第2部最後に東博が最近購入した三㍍の仏像と見返り美人があり、そこだけは撮影可

見た国宝についてすべて感想を書いていきます。長くなるので、更新しながら、最終的には89の国宝すべてに感想のコメントをつけていこうと思っています。

2期!「国宝 東京国立博物館のすべて」2期目で見たすべての国宝の感想戦

コンテンツ

前期前半(期間1 10/18~30)

 

さっそく開幕直後に1回目を行ってきました。予約は午後の部にして、午前中に、これまた友の会特典のミュージアムシアターを見たところ、大正解でした。ミュージアムシアターは、雪舟でしたが、雪舟の絵に入るVRでした。
予約の時間を選べるなら、特別展は午後にして、その前にミュージアムシアターを見て、そのあと、常設展の本館2階に立ち寄って雪舟の重文の四季図屏風を見てから、特別展にいくのをオススメします。

さらに、特別展のあとは、また本館に戻って、本館1階の大階段近くでやっている「未来の博物館」のVR・AR展示(こちらは無料)を強くオススメします。

絵画 9件

1 長谷川等伯 松林図屏風 安土桃山時代 (10/18-31)

会場に入ってすぐ、目の前に展示されているのが等伯の松林図屏風です。東博の国宝の中で1、2位を争う、たぶん1番人気と知名度のある国宝でしょう。

左隻 Colbaseより

特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」は、昨年の東博の「鳥獣戯画のすべて展」以来の混雑ぶりで、立ち止まってゆっくり見ることは残念ながら不可能でした。いっそ、鳥獣戯画のすべて展のように動く歩道で会場中を自動でまわるくらいのほうがむしろありがたいです。

そうした鑑賞環境なので、今年のお正月に本館2Fの国宝室で展示されたとき(毎年、1月前半に展示される)は、ソファーに座ったり、近づいたりして、長時間鑑賞していて経験した、静寂さの中から松の枝葉を揺らす風を感じたことは難しかったです。あの感動を覚えているだけに、今回は「モノクロの絵だな」くらいの感想でした。初めて現物を見た人はそれなりに感動するのではないでしょうか。

本館1階「未来の博物館」での長谷川等伯の松林図屏風の高精細復元。こちらは、プロジェクションマッピングで実際に松が揺れます

2 狩野長信 花下遊楽図屏風 江戸時代 10/18ー11/13

左隻 Colbaseより

6曲1双の屏風、つまり12面あるのですが、このうち右から3、4番目が関東大震災のときに焼失してしまったのです。ただ、3、4番目についてはモノクロの写真があり、それを着色して復元したものをキヤノンがつくっていて、本館で展示されていたことがありました。
現品の国宝を見たのは初めてですが、6分の1が空白の絵を全体的に眺めてみると、正直、復元でもカラーで12面があるほうが綺麗でした。そして、この復元は、本館の「未来の博物館」展示でも再び展示されていて、さらにプロジェクションマッピングが施されて、こっちのほうがやっぱりきれいだなと…。ちなみに、未来の博物館では、「花下遊楽図屏風」のほか、「納涼図屏風」「観楓図屏風」「松林図屏風」の4つの高精細復元された国宝絵画が展示されていて、松林図屏風では、月が出たりして、とてもすばらしいかったです。空いてるし。

「未来の博物館」の「花下遊楽図屏風」では写真右から2枚分が「失われた」部分をカラーで復元したところ

3 久隅守景 納涼図屏風 江戸時代 10/18ー11/13

久隅守景「納涼図屏風」は2019年に東博本館で開かれた「美を紡ぐ 日本美術の名品」で見て、なんともいえないとぼけた作風。そしてなんでこれが国宝なのか?と思った作品です。でも、忘れがたい印象を持ったのが久隅守景でした。美を紡ぐ展では、ゆっくりと見ることができて、月と家族たちの位置などの不思議さと絶妙さを感じ取ることができたのですが、今回は、そのときのことを思い出しただけで、押し流されるように、このヘタウマな絵に後ろ髪をひかれながら、通過しました。ちゃんとゆっくり見たい作品です。

久隅守景 納涼図屏風 Colbaseより

4 渡辺崋山 鷲見泉石像 江戸時代 天保8年(1837) 10/18ー11/13

こちらは、等伯の松林図屏風くらい有名(人気かどうかはさておき)で、THE教科書に出てくる絵です。初めて見るので、楽しみにしていました。見るにあたって、(鑑賞時間がないことは予想されたので)ここだけは見ておこうというポイントを決めていて、この絵については、線で輪郭を描くのでなく、西洋絵画的な色の濃淡で構成されていると言われている点でした。この事前情報をもって、この絵が西洋絵画的だ、とは思いませんし、実物を見ても西洋的には感じませんでしたが、肌色の濃淡についてはなるほどと思いつつ、次のコーナーの平安仏画に描かれた肌色の濃淡とどれほどの違いがあるかは、よくわかりませんでした。

ともかく、よく知っている絵の現物を初めて見たので、うれしかったです。

渡辺崋山 鷲見泉石像 Colbaseより

5 十六羅漢像 平安時代 8幅を4幅ずつ前期後期に展示

ここから、会場の1室目の反対側の壁面になります。時代としてはさかのぼって平安時代の仏画が並びます。まずは「十六羅漢像」。16人なのでもともとは16幅あり、そのうち8幅が東博の国宝で、これを4幅ずつ前期後期に展示しています。十六羅漢像というのは、ぶっちゃけいうと、おっさんたちがモデルです。(鷹見泉石像もそうですが)

十六羅漢像の第○(数字がはいる)尊者を、国宝室で見た記憶があるのですが、そのときは「1枚だけ見ても、この国宝の価値は分からないのだろう」(分からなかった)と思いましたが、複数並んでも、まあなんというかおっさんたちがずらりと並んでいるなという似たような感想でした。それぞれの尊者たちがどれだけすごい人たちなのかを知識としてわからないとなかなか、その価値がわかりにくい国宝です。

Colbaseより

昨年、東博の天台宗のすべて展で国宝の最澄像、聖徳太子像などがずらっと並んだときは、知っている人たちがたくさんいたので、かなり興奮し、感激したのとは対照的です。自分が無知なだけですけどね。

6 孔雀明王像 平安時代 10/18ー11/13

孔雀明王像は、仏教画とはいえ、絵柄的にはぱっと見で分かる孔雀明王!という感じでテンションがあがりました。肌色のグラデーションの柔らかさと切り金という金を細くして線として描く手法も、ちゃんと見ることができました。この絵は、本館で行われたキャノンの高精細複製でも、ガラスケース無しにじっくり間近で見たことがあるし、また孔雀明王のよい絵としては、本館2階の大正時台ごろに模写された京都・松尾寺蔵の「孔雀明王像」(原本は重文)も直前に見たばかりで、かなりなじみがある構図なので、さっと見ただけでした。あらためて考えると、この作品はもう少し時間をかけてじっくり見たかったです。

Colbaseより

 

7 虚空蔵菩薩像 平安時代 10/18ー11/13 

記憶では、上の孔雀明王像とごっちゃになっているのですが、こちらも肌色と切り金を見ることができました。いや、ごっちゃになっているかも。前期にもう一度行く予定なので、孔雀明王とこちらはもうちょっとちゃんと見ようと思います。

Colbaseより

8 平治物語絵巻 六波羅行幸図 鎌倉時代 10/18-30

これは、等伯「松林図屏風」と並び、前期前半にしか出ない目玉の一つですね。2室目で、長い(5メートル以上はありそう)展示ケースに、おそらく全場面を一挙に公開しています。これは楽しかったです。平治の乱で、源氏に幽閉されていた天皇が女装して脱出、それを迎えた平家が保護して、平家が勝利するという話ですが、脱走を知った源氏が最後にびっくり仰天、ひっくりかえる、という絵がこの巻の最後で、なかなかユーモラスでした。


平治物語絵巻は、アメリカのボストン美術館が「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」を持っていて、これは日本にあれば国宝と呼ばれ、なんと今月(10月)2日まで、隣の東京都美術館で行われた「ボストン美術館展 芸術と力」に出ていたのです。9月にこの展覧会を見ていたので、まだ記憶が薄まらないうちに、六波羅行幸図も見ることができたのは、本当にラッキーでした。おそらく、アメリカに渡って以降、この両巻をほぼ同時期に見たことがある人って、研究者とかでもほとんどいないじゃないのでしょうか。ボストン美術館展は2020年に開催予定がコロナで延期となったので、コロナも悪いことばかりでなく、いいこともあるんだなと。

Colbaseより

この2室目は、興奮が続きます。雪舟です。

9 雪舟等揚 秋冬山水図 室町時代 10/18ー11/13

何度目かの「教科書で見た絵」です。雪舟の最高傑作と言ってもいいでしょう。秋冬山水図(最高傑作はそのうち左側の冬図でしょうね)。こちら2019年の東博の「美を紡ぐ」展で見て、「おーすごい。あれだ、あの絵だ」となったものでした。ただ、2つ前の記事で書きましたが、雪舟の重文の巨大な四季図屏風が本館で展示されていて、そのときに「国宝より良いと思ったり」という予想を書きました。

本館2階で展示されている雪舟の重文「四季山水図」

実際、国宝は単純にサイズが小さいこともありましたが、でも、やっぱりこの左側の縦にスパンと切る構図(冬のほう)は作家の個性をびしびし感じて、国宝のほうもすごく良かったです。右側にある秋のほうは、冬の引き立て役かなと笑。

秋冬山水図の秋 Colbaseより

後期には、雪舟のもう一つの国宝「破墨山水図」が出ます。こちらは文字ありで、ドラマチックなので、ちゃんと調べて、見るポイントを調べてから行こうと思っています。

書跡 8件

10 賢愚経残巻(大聖武) 伝聖武天皇筆 奈良時代 10/18ー11/13

ここからは「書跡」のコーナー。奈良時代のお経、通称「大聖武」です。大きな字を聖武天皇が書いたという意味です。実際には聖武天皇の字ではないことが確定しています。大聖武は、古い名筆を集めたアルバムである「手鑑」で、冒頭に入れるのがお約束となっています。ちゃんとした「手鑑」であるには大聖武が必要ということになり、大聖武は分断されまくって、いろいろなところに点在していて、いろいろな美術展でもさりげなく現れます。なんといっても、当の東博の本館2階で別の大聖武を同時に展示しているくらいですから。

これがなぜ国宝かというと、ほかの分断されているものに比べて、長いということです。長いといってもまぁまぁ短いです。

Colbaseより

ただ、書跡のコーナーに並んでいて、少し離れてみると、この「大聖武」は字が大きくてはっきりしているんですよね。フォントとしても非常に見やすい、読みやすい字です。

11 円珍関係文書 充供奉治部省牒 平安時代 嘉祥3年(850)3月2日付 10/18ー11/13

円珍というお坊さんが書いたものかと思ったら、円珍の人事発令書でした。字がうまいとは思わないし、円珍って誰?空海か最澄、せめて円仁もってこい!って感じです。天台展でも国宝として恭しくでていた、この円珍関係文書、誰やねん(自分で勉強せい)
*円珍が書いたのではなく、当時の名筆といわれた右大臣藤原良房が書いたそうです。すみません、下手とか言って。

後期は中国にいたころに書いたものがでるようです。

12 円珍贈法印大和尚位 並 智証大師諡号勅書 小野道風筆 平安時代 延長5年(927) 10/18ー11/13

この二つが並んでいるので、じつにややこしい。また円珍かい!えっ?でも、なんかこの字うまくない?円珍じゃないの、筆者はだれ? 小野道風筆じゃないか! うーんダイナミックないい字(小野道風としったとたんに評価を高める権威主義者)。右においてある円珍の字(※違う人の字でした)よりはとても上手です。

Colbaseより

13 群書治要 巻第二十二 平安時代 10/18ー11/13

書跡といいながらここからは料紙の美しさで勝負する世界。文字がどうのよりも紙の模様の美しさを堪能してください。色紙のように、いろいろな色に変わっていきます。なにが書いてあるかは読めません。

Colbaseより

14 和歌体十種、和歌体十種断簡 平安時代  10/18ー11/13

え?こんなのあった?覚えていない?文字?料紙?なにか印象ないの?少しも記憶になーい!

Colbaseより

Colbaseの画像をみて思い出したのは、これまでの国宝は「漢字」だったけど、かなが書かれていることだったような。

15 古今和歌集(元永本)上帖 平安時代 通期(場面替え)

こちらも等伯「松林図屏風」と同じお正月に2週間展示される国宝。上帖と下帖があるから、それぞれ国宝展と常設展に、ということみたいです。これは、料紙の模様の美しさを見るもので、絵画や工芸に近いジャンルでしょうね、本当は。料紙の模様に注目すると、この国宝をみた満足感がアップします。

Colbaseより

16 元暦校本万葉集 巻第一(高松宮本) 伝藤原行成筆 平安時代 10/18ー11/13

これも「見た」というだけ。なにが、どこか国宝なのかはわからなかった。万葉集として最古とか?藤原行成の字がすごいとか?料紙がすばらしいとか?ノーチェックスルーだったので、もう一度いくときまでに予習をしていこうと思います。

 

Colbaseより

Colbaseの画像を見て思い出しました。万葉仮名(漢字)と仮名が一緒に書かれているので、どんな漢字をあてた(話は逆ですが)のかがわかるというものでした。

17 医心方 巻第二十六 延年部 丹波康頼撰 平安時代 10/18ー11/13

これ「医心方」は最古の医学書で、内容がとても面白い。30巻くらいあるけど、今回は、キャッチーな内容ということでアンチエイジングをとりあげている巻を持ってきていました。今年前半に、個の国宝「医心方」が修復記念で本館で特集展示をしていて、全巻がお披露目されていて、とても見応えがありました。図録もあって、購入しました。30巻+1冊ある中で、どれをセレクトするのかは、私も興味があったのですが、アンチエイジングの延年部をもってきたのは、まぁ、予想通りというか、ぴったりかんかん。

Colbaseより すみません、この画像が何巻のものかはわかりません。婦人部とあるので展示されている巻26ではないと思います

日本書跡についてトーハク研究員の公式ブログが、漢字からかなに変化していく流れもつかめて良かったです。見る前にはぜひ一読をオススメ。

 

 

ここまで17の国宝を紹介してきました。8分野(絵画、書跡、東洋絵画、東洋書跡、法隆寺献納宝物、考古、漆工、刀剣)のうち、まだ絵画と書跡の2分野だけです。

東洋書跡 5件

東洋書跡にいきましょうか。日本書籍でもわからないのに、中国書跡なんてなおさらわからない。あきらめのムード(悟りの境地)の漂うコーナーです。ここは、見たかどうかの記憶も定かでないものがあります。(日本)書跡コーナーの対面の壁です。

18 聖一国師あて尺牘 (板渡しの墨跡) 無準師範筆 中国・南宋時代 10/18ー11/13

Colbaseより

尺牘は手紙の意味。無準師範は中国・南宋の禅宗の偉いお坊さんで、日本からも多数の僧侶が留学して、弟子となりました。その中で最も有名なのは、鎌倉の円覚寺(えんかくじ)を開いた無学祖元(むがくそげん)でしょう。こうした日本人の弟子の1人が円爾(えんに)です。あるとき、無準師範の寺院が焼失してしまいました。弟子の円爾はそれを知り、日本から復興のために1000枚の板を贈りました。そのことへのお礼の手紙がこれです。それで「板渡し」というキャッチコピーがついています。これはエピソードが面白いので、印象と記憶に残っています。

19 無相居士あて尺牘 大慧宗杲筆 南宋時代 10/18ー11/13

これはほとんど記憶にないです。完全に中国内だけで完結したお手紙です。僧侶の大慧宗杲が弟子の僧侶の無相居士にあてたという、興味がないと、どうでもいい内容です。大慧宗杲は、後期に出てくる「流れ圜悟」の圜悟克勤(えんごこくごん)の弟子で、役人にうとまれて地方に飛ばされたという人物で、その切ない人生が日本で禅宗ブームのなかで人気になったようです。

Colbaseより

Colbaseの画像を見ても記憶がよみがえってきません。

20 的蔵主あて進道語 中国・元時代 10/18ー11/13

こちらも全く記憶にありません。Colbaseの説明は以下の通り。

了庵清欲が嘉興の本覚寺に住していた元の至元7年(1341)1月17日、日本からの渡来僧である的蔵主(てきぞうず)に書き与えたものである。的蔵主の伝記は詳らかでないが、文中から、修行を終え、帰国に際した的蔵主の求めに応じて書写したものであることが分かる。

説明を読んでもピンときません。

Colbaseより

 

21 古文尚書 巻第六 中国・唐時代 10/18ー11/13

これも記憶にほとんどありません。唐時代の書が残っているのは貴重だとはわかりますが。

Colbaseより

22 王勃集 巻第二十九・三十 中国・唐時代 10/18ー11/13

王勃(おうぼつ)という名前は聞いたことがあるので、少しだけ記憶にあります。たしかコーナーの一番右側の端っこだったかと思います。 Colbaseの説明は以下の通り

詩賦に秀で、初唐の四傑の一人に数えられる唐時代の文人、王勃(おうぼつ)(649~677)の文集です。王勃の文集は、『旧唐書(くとうじょ)』などに記載がありますが、本文は早くから散逸し、後世の輯本(しゅうほん)によって知られるのみでした。わが国に伝存する本巻によって、流布本の欠が補えます。

Colbaseより

まぁ、中身は読め(理解でき)ません。 中国書跡コーナーは、「板渡しの墨跡」以外は、エピソードが頭に入ってこず、(もちろん視覚的には漢字がひたすら並んでいる)、ほとんどスルーしましたが、ほかのお客さんもここはスルー気味で(笑)このコーナーは今回の展覧会会場で唯一、じっくりと鑑賞時間をとることが可能な場所かもしれません。

東洋書跡の国宝は10件あり、前期5、後期5と総替えになります。後期に行く人は、前期のようにスルーしないほうがいいでしょう。後期は、「流れ圜悟」と「破れ虚堂」の、ストーリー性の高い国宝が2点出ますので。

東洋絵画 2件

東洋書跡は、正直、拍子抜けだったのですが(自分の漢文知識の無さが露呈しただけですが)、次の東洋絵画はヤバイです。最高です。これぞ国宝。2件しかないので(後期に総替え)、比較的じっくりと鑑賞することもできました。

23 李迪 紅白芙蓉図 中国・南宋時代 10/18ー11/13

南宋時代の宮廷画家李迪(りてき)の代表作。本当に美しくてびっくりしました。大きさは、雪舟の秋冬図と同じくらいコンパクト。展示ケースの左側(中国絵画コーナーを示す)に、壁の高さに拡大した画像があるので、そちらで細部を見た上で、実物を見ると、より繊細な絵のすごさがわかると思います。

Colbaseより

24 梁楷 出山釈迦・雪景山水図 中国・南宋時代 10/18ー11/13

梁楷(りょかい)も、南宋の宮廷画家。細長いけど、足が異様に大きいお釈迦さまを描いた出山釈迦図を中心に、雪景色が描かれた2枚が両脇にあります。3枚はバラバラに描かれたもので、このうち一番右の絵は、梁楷でなく、弟子がのちの時代に描いたものだそうです。日本では、3枚セットで、足利将軍家が所持して、いわゆる東山御物として珍重されてきました。バラバラになったのが、近年、また3枚セットに戻ったそうです。

Colbaseより

ここまでが、第一部の半分になります。8分野のうち絵画、書跡、東洋絵画、東洋書跡の4分野が終わりました。次の部屋では、刀剣をのぞく、残りの法隆寺献納宝物、考古、漆工の3分野が、ぎゅうぎゅうに展示されています。

法隆寺献納宝物 10件

東博の法隆寺献納宝物は国宝11件。その半分の5件は法隆寺宝物館に行けば、だいたいいつも見られます。しかし、絵画、文書、工芸は、なかなか見る機会が少ないので、本展では、とくにそれらに注目して見るといいと思います。

25 秦致貞筆 聖徳太子絵伝 平安時代 2面 通期(前期、後期で展示替え)

迫力のある大きさです。聖徳太子絵伝の最古級で、10面すべてがそろっています。本展では、前期に7・8面、後期に9・10面を展示。

大きさはすごいのですが、かなりボロボロ。聖徳太子絵伝は、信徒への説明という形で頻繁に使われた教科書のようなものなので、使う頻度が高いので、こうして劣化も激しくなっているのでしょう。絵画の美しさという点では、ボロボロのために鑑賞には向かないかもしれませんが、長年の太子信仰を目の当たりにするという点で、貴重な体験です。

Colbaseより

26 法隆寺献物帳 奈良時代 10/18ー11/13

Colbaseより

こちらは文字史料。「見た」だけでスルーしがちですが、見どころが結構多くあります。Colbaseの紹介からポイントを見ると、末尾に藤原仲麻呂がサインをしているところ。藤原仲麻呂ら5人がサインしていて、それぞれの個性のある筆致が見られるところ。天皇御璽が全面に押されているところは、とくに要チェックです。

天平勝宝8年(756)5月2日、奈良・東大寺の大仏を建立した聖武天皇がお亡くなりになりました。位を継いだ娘の孝謙天皇は、同じ年の7月8日、東大寺をはじめ、奈良の地にあった18の寺に遺品の数々を奉納し、亡き天皇の冥福を祈りました。「法隆寺献物帳」はその際に法隆寺に奉納された品々の目録です。 縹(はなだ)色に染められた紙に薄墨で罫線を引き、中国・唐時代の流行にならった堂々たる楷書が全22行にわたって記されています。末尾には朝廷の有力者であった藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)、藤原永手(ながて)、巨萬福信(こまのふくしん)、賀茂角足(かものつのたり)、葛木戸主(かずらぎのへぬし)の5人の署名があり、それぞれ個性あふれる筆致を見せています。後世の改ざんを防ぐため、紙の全面に「天皇御璽(てんのうぎょじ)」と記された印が18か所押されています。 なお、東大寺に納められた聖武天皇の数多くの遺愛品は、正倉院宝物として今に伝えられていますが、その目録も『東大寺献物帳』として、正倉院に残されています。

法隆寺献物宝物では、これだけが前期展示で、後期には細字法華経と入れ替わります。

28 木画経箱 奈良時代

すぐ背面にある江戸時代の本阿弥光悦の漆工の国宝と比較できて面白いと思ったのが、奈良時代の木工「木画経箱」です。紫檀(したん)、黒檀(こくたん)、沈香(じんこう)、象牙などの板をモザイク状に組み合わせたものです。だいぶパーツが取れてしまっていますが、新品の頃の美しさを想像すると、楽しかったです。

Colbaseより

29 竹厨子 奈良時代

竹で作った箱です。1000年以上前の竹製品が残っていることに驚き、感動します。いわゆる「民藝」的な素朴さはまったくなく、洗練された技術とデザインです。

Colbaseより

30 七弦琴 中国・唐時代

Colbaseより

正倉院宝物もですが、奈良って世界史的に見ても、本当にすごいものを伝えてきていますね。そうした感動を味わいました。展示ケースの端っこに押しやられていましたが。 Colbaseの説明より

中国・唐時代、玄宗皇帝が在位していた開元12年(724)に、四川省成都市に近い九隴県(きゅうろうけん)という場所で作られたことが墨で書かれています。製作された年と場所が明らかな琴としては世界最古の作例であり、東アジアの音楽史上においても極めて貴重な作品です。

31 灌頂幡 飛鳥時代

金属製の旗「灌頂幡」。下のColbaseの画像のように、つなぐと5メートル以上の長さになるものです。その1パーツしか本展では展示されていません。ですので、つないだ状態でぶらさがっている復元とパーツの本物がある、法隆寺宝物館であらためて見たほうが良いでしょう。

Colbaseより

32 竜首水瓶 飛鳥時代

Colbaseより

ペルシャ系の遊牧民が持つ水瓶。中国を含む東アジアでは、この水瓶が「シルクロード的なエキゾチック」なデザインとしてある種共通認識があり、これもペルシャからの輸入品ではなく、日本で作られたとされています。法隆寺宝物館よりもライトが明るく設定されていて、模様の線刻をよく見ることができました。

33 海磯鏡 奈良時代

海磯鏡2面のうち1面が展示。残りの1面は法隆寺宝物館で展示継続。

Colbaseより

34 墨台、水滴、匙 中国・唐時代または奈良時代

聖徳太子愛蔵の文房具として伝わってきた3点セット。ふだんは、法隆寺宝物館でもほぼ常設。

水滴 Colbaseより

35 鵲尾形柄香炉 朝鮮・三国時代または飛鳥時代

真鍮製の香炉。これもふだんは法隆寺宝物館でほぼ常設。

Colbaseより

以上10件が法隆寺献納宝物です。法隆寺献納宝物は、ふだん法隆寺宝物館で見ることができるものも多いので、見るものが多い、今展では、メリハリをつけて、鑑賞するのがよろしいかと。

漆工 2件

トーハクの漆工の国宝は4件。2件ずつ前期・後期で展示されます。じつは、後期に出る2件の国宝は、同じ都内の三井記念美術館で開催されている「大蒔絵展」で10月23日まで展示されています。

36 片輪車螺鈿手箱 鎌倉時代 10/18ー11/13

金粉を全面に蒔いた贅沢な「沃懸地(いかけじ)」に、これも高級な螺鈿が施されています。螺鈿はだいぶ剥がれてしまっているのか、あまりはっきりとは見えない状態でした。

Colbaseより

37 本阿弥光悦 舟橋蒔絵硯箱 江戸時代 10/18ー11/13

見る前からとても楽しみにしていた一つがこれです。奇抜なデザインは、現物を見ても、想像以上で、とても良かったです。

Colbaseより

考古 6件

考古コーナーです。6件すべてが通期展示です。こちらの目玉は、復元修理中で長くお目見しなかった埴輪でしょう。

38 扁平鈕式銅鐸 弥生時代

東博の国宝の中では最古の国宝。讃岐の国(香川県)で出土したと伝わる銅鐸で、狩りをする「棒人間」や高床式住居などが描かれています。こちらの国宝、かなりの人気を集めていましたが、直前まで同じ平成館の「日本の考古」で、単独のケースに入ってずっと展示されていました。本展後も、定位置に戻ると思います。じっくり見るのはその時でも良いかもしれませんね。考古はみんなそうですが。

Colbaseより

39 東大寺山古墳出土品

東大寺山古墳出土品(一括指定)のうち「環頭大刀」など2点が展示されています。

Colbaseより

Colbaseの説明

日本最古の出土銘文刀剣としてよく知られ、刀身部は中国製で環頭部は日本製です。一部を欠失しますが、刀身背部に金象嵌(きんぞうがん)で24文字が刻まれていたとみられます。「中平(ちゅうへい)」(184~189)は後漢・霊帝時代の年号で、後漢書東夷伝に倭国大乱があったとされる時期です。

40 江田船山古墳出土品 古墳時代

熊本県の江田船山古墳からの出土品が一括指定されています。そのうち3点が展示。ただ、江田船山古墳出土品の一番の目玉は、平成館の「日本の考古」で常設展示(コーナー化)されている魚や鳥、文字が金の象嵌で描かれた刀ですので、ぜひ、特別展の前後に日本の考古で見てみてください。

Colbaseより

41 文祢麻呂墓出土品 飛鳥時代

文祢麻呂は、飛鳥時代の壬申の乱で、大海人皇子について活躍した渡来系の氏族。その墓から出土したものが一括指定、そのうち4点が展示。これも、「日本の考古」の骨壺コーナーで、年間を通じて、休み休み時々、出展されています。

瑠璃骨壺 Colbaseより

42 興福寺鎮壇具 奈良時代および中国・唐時代

奈良の興福寺の中金堂をたてるときに須弥壇の下に儀式として埋納されたものを一括国宝指定。いろいろなものがあるのですが、砂金は「最小サイズの国宝」とされています。興福寺鎮壇具は、本館2階の国宝室の手前で、ときどき常設展示されています。 砂金は見るのが初めてだったので、うれしかったです。砂金の粒ってけっこう大きいのだなぁという感想。

Colbaseより

43 埴輪 挂甲の武人 古墳時代

「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」は、歴史教科書で見たTHE埴輪。ここ数年、修理のために展示されておらず、今展が修理後初のお目見えです。埴輪は、それこそ「日本の考古」コーナーで、大きくて立派なものから、おもしろいデザインのものから、大量に展示されています。数ある埴輪の中で、なぜこれが国宝なのか。それは現物を見ても、その差はわかりませんでしたが、群馬県太田市の古墳からの出土品を選んだというのは、面白いなと思いました。(畿内から選んじゃいそうなものなのに、関東からというのがなかなか乙)

Colbaseより

ここまでが西側の2つの部屋です。次は1回会場を出て、グッズショップを通り、第二会場になります。第二会場は、国宝の残りで刀剣です。「国宝刀剣の間」と名付けられたエリアには、国宝刀剣19振が展示替えなしで展示されています。

刀剣 19件

東博の国宝89件を、8つに分類した中で、最も数が多いのが19件の刀剣です。「国宝刀剣の間」として19振りを展示替えなしで一挙に見せています。19振りもの刀剣の差異がわかるほど、刀剣通ではないので、1回目の今回は、とりあえず有名な刀剣乱舞の6振+入り口にあった童子切安綱を中心に、見ました。正直、あまり覚えていないです。このコーナーはとにかく人気で、人の滞留が半端ないです。

なお、刀剣乱舞に登場するのは、「トーハク組」と呼ばれる9振りです。「三日月宗近」、「厚藤四郎」、「亀甲貞宗」、「大包平」、「小竜景光」、「大般若長光」、「獅子王」、「鳴狐」、「毛利藤四郎」。このうち、「三日月宗近」、「厚藤四郎」、「亀甲貞宗」、「大包平」、「小竜景光」、「大般若長光」の6振が国宝です。

44 太刀 名物 童子切安綱 平安時代

入り口に単独で展示されているのが、太刀 名物 童子切安綱です。単独のケースに入っているのは、この刀と太刀 名物 三日月宗近だけでした。

どちらも「天下五剣」で、平安時代の太刀でサイズはほとんど同じですが、三日月宗近が細身なのに対して、童子切安綱は太かったです。さすが酒呑童子を切ったとの逸話のある刀。平安時代は公家たちが使ったので細身だったとされていますが、平安時代後半には武士も台頭してくるので、こうして、2種類のタイプの刀がでていたのかなと思いました。

Colbaseより

 

45 太刀 名物 三日月宗近 平安時代

人気ゲーム刀剣乱舞の主役といってもいい三日月宗近。天下五剣のひとつです。三日月の名前の由来は刃文に三日月のような浮いた模様がいくつもあるからです。去年、トーハク本館1階の刀剣コーナーで展示された際にも見たのですが、そのときは肉眼ではそこまではっきりと見えませんでした(単眼鏡ではもちろん見える)。ところが、今回の展示では、肉眼でも三日月が楽々に見えました。室内の照明自体は本館1階のほうがだんぜん明るいのに、ほかのもですが、ガラスの映り込みとかも少なく、とても見やすかったです。かなり照明に工夫されているのが国宝刀剣の間です。(あえていうと、会場入ってすぐの長谷川等伯「松林図屏風」などの1室目の照明は必ずしも作品に合っていたかというと、国宝刀剣の間に比べると適当な感じがしました)

Colbaseより

46 短刀 名物 厚藤四郎 鎌倉時代

厚藤四郎 Colbaseより

47 短刀 銘 行光 相州行光 鎌倉時代

短刀 銘 行光 Colbaseより

国宝19のうち短刀はこの厚藤四郎と相州行光だけなので、かえって判別しやすくて目立っていました。とくに厚藤四郎は高い位置に置かれていました。おそらく厚みを鑑賞するためだと思います。

48 刀 名物 亀甲貞宗 鎌倉~南北朝時代

持ち手(なかご)に「亀甲」マークが彫られている。それを見ることができました。亀甲マークは4分の3くらいしかないのですが、これは短くしたときに削ったのかと思っていましたが、ポッドキャストかたらじでは、二つ刀があってならべてばしんと割り印のようにしたので、残りのマークが刻まれたセットの刀があったという説もあるとの話をしていて、へぇと思いました。どうなんでしょうね?

Colbaseより

49 刀 名物 観世正宗 鎌倉時代

能楽の観世流が所持していて、家康に献上したことから観世の名前がついている正宗。見た目ではなぜ観世か分かりません。

Colbaseより

50 刀 金象嵌名 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押) 鎌倉時代

Colbaseより

これは、上と同じ作者は正宗ですが、持っていた人(家康に仕えた旧武田家臣の城和泉守)と鑑定した人(本阿弥家)の名前が持ち手に刻んでいます。現在、所有者の名前をこんなふうにやったらダメです。

51 太刀 小龍景光 鎌倉時代

小龍景光という号は、龍が刻印されているから。ドラゴンですね。ヤンキーみたいな感じ。太刀でしたが、のちの時代に、便利なようなにと短くされたときに、半分しか見えなくなったので、「小」龍となりました。これがたしか、「国宝刀剣の間」の最後の展示だったと思います。もしかしたら、次ぎの大般若だったかも。多すぎて覚えてないです。

Colbaseより

52 太刀 大般若長光 鎌倉時代

こちらの号は、般若が刻印されているのではなく、この太刀の価値を金銭で換算すると600貫目(もちろん高いという意味)。600カンは、大般若経が全600巻なので、同じだ!じゃあ大般若という、こじつけです。

太刀 銘 長光(号 大般若長光)Colbaseより

53 太刀 名物 大包平 平安時代

刀剣乱舞のトーハク組の6振目、正直覚えてないです。次回はもっと見ようと思います。

Colbaseより

54 梨地螺鈿金装飾剣 平安時代

55 群鳥文兵庫鎖太刀 刀身銘 一(上杉太刀) 鎌倉時代

19振りのうち17は刀身だけで、柄などのこしらえは後の時代に用意されたもので、国宝ではありません。その中で、この2振りだけはこしらえも平安時代と鎌倉時代の制作時のものが残っているのです。これも次回、ちゃんと見たい逸品です。

梨地螺鈿金装飾剣 Colbaseより

群鳥文兵庫鎖太刀 刀身銘 一(上杉太刀) Colbaseより

ここからは、残念ながらColbaseの画像を見ても、まったく記憶にないです。通りかかった、視野に入れた程度です。次以降にもうちょっと時間をかけて見たいです。

56 太刀 銘備前国友成造 平安時代

57 太刀 銘 定利 鎌倉時代

58 太刀 銘 来国光 嘉暦二年二月 鎌倉時代

59 太刀 銘 助真 鎌倉時代

60 太刀 銘 吉房 鎌倉時代

61 太刀 銘 吉房(岡田切) 鎌倉時代

62 太刀 銘 長光 鎌倉時代 (大般若とは別)

 

1期目では国宝62件 2期目の要チェック作品は?

1期目の国宝は、おそらく数え間違いなどがなければ、62件でした。2期目(11月1日~13日)もすでに予約を取りました。2期のみ、2期・3期だけの展示の以下の2件です。

一遍聖絵 巻第七 法眼円伊筆 鎌倉時代 2期のみ
狩野永徳 檜図屏風 安土桃山時代 2期・3期のみ

あとは、1期によく見ていなかった、中国書跡と刀剣について、時間をとって鑑賞したいと思っています。「国宝 東京国立博物館のすべて」は日時指定予約制です。1期も2期も、週末はもちろんのこと、平日も午前はほとんど売り切れです。計画はお早めに。

東京国立博物館150年特設サイト

2期!「国宝 東京国立博物館のすべて」2期目で見たすべての国宝の感想戦

 

 

 

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