2期!「国宝 東京国立博物館のすべて」2期目で見たすべての国宝の感想戦

東博国宝展の2期目(前期前半)に行ってきました。今週(11月1日から)3期目の予約が始まりましたが、即日完売でツイッターでは阿鼻叫喚です。自分はまだそこまで話題になる前に、1期、2期と抑えていましたが、89件コンプリートのために3期は不要ですけど、4期は必見なのです。

3期も空いてたら行こうかな、なんてのんきに構えておりましたが、スタンプカードで「東博国宝博士認定書」を狙っているので、4期目のチケットが取れないとショックが大きいです。

とにもかくにも、2期目の感想です。

1期目と2期目で代わった国宝は、

・長谷川等伯「松林図屏風」がout
・狩野永徳「檜図屏風」がin

・平治物語絵巻 六波羅行幸巻がout
・一遍上人 巻第七がin

と、国宝2件が入れ替わっただけなんですよね。

2週間でoutした2件はなぜ?かというと、

長谷川等伯「松林図屏風」は毎年1月に2週間かならず、本館の国宝室で展示されるのがお約束になってるからです。その展示ペースを崩さないために、今年1月に2週間、国宝展で2週間、来年1月に2週間と、年間の総展示時間を調整するためでしょう。

逆に言えば、あと2ヶ月待てば、トーハクで見ることができます。しかもゆっくりと目の前のソファーに座っていつまでも。

平治物語絵巻がなんで2週間だけなのかわからなかったのですが、いま世田谷の五島美術館でやってる「西行展」の後期に出ることが決定していたからのようです。

たった2つを見るためにまた訪れた(年パス3枚のうち2枚目)のですが、1回目は圧倒されて、なにを見ればいいのかわからず、特に刀剣は、まったく記憶にない状態でした。

1回目の国宝展の全国宝(記憶がないものもありますが)の感想↓

「国宝 東京国立博物館のすべて」に展示されているすべての国宝について感想【その1】

2回目は、刀剣も19振りすべてに短い感想をつけられるくらい見ました。

第2部の150年の歴史をちょっと真面目にゆとりをもって見る余裕もありました。

2回目の国宝も、1回目にはほとんどスルーしていた絵画文書系、刀剣を中心によく見てポイントを意識することができました。

つまり、1期と2期の両方行く価値は大いにありでした。

2回目に見た国宝についてすべて感想を書いていきます。最終的には89の国宝すべてに感想のコメントをつけていこうと思っています。

コンテンツ

前期後半(期間2 11/1~13)

 

絵画 9件

1 狩野永徳「檜図屏風」安土桃山時代 天正18年(1590) (11/1-27)

会場に入って目の前には、等伯の松林図屏風に代わって、狩野永徳「檜図屏風」が鎮座していました。同じ木がモチーフですが、静寂さが極まりない等伯の松林図屏風とは実に対照的で、まるでジャングルの熱帯で鳥や獣がぎゃーぎゃーと叫び、虫の羽音がぶんぶんと聞こえるような、豪壮で生命力に満ちあふれていました。「屏風」という名前ですけど、ふすま絵だったので、会場では、まっすぐに伸ばされて壁に沿って展開されていたのも、印象的でした。

夢で終わりましたが、この檜図屏風と松林図屏風が同じ空間で横に並んでいたら、どれほどすばらしい鑑賞になっただろうと夢想しました。

檜図屏風 Colbaseより

松林図屏風左隻 Colbaseより

 

2 狩野長信 花下遊楽図屏風 江戸時代 10/18ー11/13

左隻 Colbaseより

2回目の鑑賞。本館1Fの「未来の博物館」で後期に出る岩佐又兵衛「洛中洛外図屏風(舟木本)」を8Kで細かく見る体験がとても良かったのですが、この戦国末~江戸初期って、男と女の違いが分からない、というか、はっきりした男とはっきりした女の間に、女装や男装した「第三の性」的な人がかなりの数いるようでした。そうした視点で見ると、この花下遊楽図屏風でも踊っている人が男装の麗人なのか、女装の若衆なのか、区別することが難しいってことがわかりました。刀を持っているから男と勝手に思っていましたけど、そこら辺はあいまいです。

第2部「東京国立博物館150年」に展示されていた、No116の江戸時代・18世紀に宮川長春が描いた「風俗図巻」(重要文化財)では、これには、女性が男装して男性役も、もちろん女性役も演じる演目(いまの宝塚のよう)が描かれていましたが、これは全員が女性ということが明示されているから男装だとわかるけど、パーツパーツを、「これは若衆(男性)」と言われたら見分けがつかないでしょうね。

あとで紹介する鎌倉時代の国宝一遍聖絵では、完全に男性と女性は一目でわかります。しかし、桃山以降のジェンダーは、専門職としての女装や男装がある程度(そのほとんどは芸能ですが)存在したように思いました。

3 久隅守景 納涼図屏風 江戸時代 10/18ー11/13

前回は、「押し流されるように、このヘタウマな絵に後ろ髪をひかれながら、通過しました。ちゃんとゆっくり見たい作品です」と書きました。今回はゆっくり見ることができました。へたうまと書きましたが、よーく見ると、人物などの細かいところは大変に細かい筆さばきで技量が高く、「へた」にみえるところも、実はあえて「抜き」をしているという、絵画技術の高さを感じることができました。

久隅守景 納涼図屏風 Colbaseより

4 渡辺崋山 鷲見泉石像 江戸時代 天保8年(1837) 10/18ー11/13

前回、こちらはわりとじっくり見たので、さらっと通過。

渡辺崋山 鷲見泉石像 Colbaseより

5 十六羅漢像 平安時代 8幅を4幅ずつ前期後期に展示

おっさんたちの絵。前回はわけもわからずさーっと通過しましたが、今回は、平安時代にはおっさんたちこそヒーローだったことを思い、時間をかけて見ました。第一尊者、第二尊者、第五尊者、第八尊者というナンバリングは、数えるために構成に番号付けたのかと思っていましたが、右上にそれぞれ「第一尊者」と書かれていますね。

威厳を出そうという趣旨の絵のはずだけど、どことなくユーモラスなところがこの平安仏画の不思議なところです。平安の仏像は洗練されて優美さを醸し出すことに成功しているのに、人物描写になると、なんかちょっとバランスがユーモラスになってしまうというところは、どうしてでしょうか。次ぎの孔雀明王のように、仏を描くとバッチリなのですが、人間になるととたんに。

Colbaseより

 

6 孔雀明王像 平安時代 10/18ー11/13

前回は「この絵は、本館で行われたキャノンの高精細複製でも、ガラスケース無しにじっくり間近で見たことがあるし、また孔雀明王のよい絵としては、本館2階の大正時台ごろに模写された京都・松尾寺蔵の「孔雀明王像」(原本は重文)も直前に見たばかりで、かなりなじみがある構図なので、さっと見ただけでした。あらためて考えると、この作品はもう少し時間をかけてじっくり見たかったです。」と書いたように、目玉でありながらさっと通ってしまったので、時間をかけてじっくり見ました。

上の羅漢図に比べると、神々しさ、荘厳さ、美しさ、がすべてにおいて素晴らしく、「ユーモラス」さを感じる隙さえありません。孔雀の模様から肌の質感まで、すべてが至高。ゆっくり見てよかったです。

Colbaseより

 

7 虚空蔵菩薩像 平安時代 10/18ー11/13

前回は、「上の孔雀明王像とごっちゃになっているのですが、こちらも肌色と切り金を見ることができました。いや、ごっちゃになっているかも」と書きましたが、孔雀明王と比較して見ました。こういったら見も蓋もないのですが、孔雀明王とくらべると、かすみます。引き立て役です。

Colbaseより

8 法眼円伊筆 一遍聖絵 巻第七 鎌倉時代 正安元年(1299) 11/1-13

ここは前回は、平治物語絵巻 六波羅行幸図がありました。一遍聖絵は、平治物語に比べると、サイズは同じくらいなのに、登場人物がめちゃくちゃ多い。つまり、1人1人がすごく小さいのです。しかし、単眼鏡で見るとちゃんと細かく描写されています。作者は異常(褒めている)です。この異常さを超えるのが、後期にでてくる岩佐又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」なわけなので、比較するのが楽しみです。ただ、一遍聖絵の展示は前期で終了なので、この細かさを頭にすりつけておこうと思います。

面白かったシーンは、空也上人の遺跡に、舞台を作って念仏踊りをしまくるというイベントです。かなりクレージーなイベントですが、見に来ているのが、牛車にのったセレブたちというのが特徴的です。戦国の洛中洛外図屏風だと、こうしたイベントに大挙して押し寄せるのは京の民衆です。鎌倉時代はまだ「民衆」のレベルが違っていたんだと想像しました。

Colobaseより

9 雪舟等揚 秋冬山水図 室町時代 10/18ー11/13

前回に続く雪舟。2回目なので、絵の中にいきなり没入することができました。左の秋のほうですけど。山水画への没入方法のこつがつかめてきました。没入するには、事前に、東洋館下のVRシアター(別料金)をおすすめします。

秋冬山水図の秋 Colbaseより

後期には、雪舟のもう一つの国宝「破墨山水図」が出ますので、こっちは文字ありですが、うまく没入できるといいな。

書跡 8件

10 賢愚経残巻(大聖武) 伝聖武天皇筆 奈良時代 10/18ー11/13

「書跡」のコーナーの展示品は、前期前半とすべて同じです。大聖武はやっぱりきれい(整理整頓という意味でのきれい)。

Colbaseより

 

11 円珍関係文書 充供奉治部省牒 平安時代 嘉祥3年(850)3月2日付 10/18ー11/13

Colbaseより

こちらは前回見たときは、円珍が書いたものと誤解して見ていたくらい、わかっていませんでしたが、その後、トーハク(1089)ブログで研究員の解説を読み、

行と行の間、字と字の間が広くとってあるのに、間が抜けて見えないのは、一文字一文字の存在感がすごいと言えるでしょう。

行間や字間の広さを見るのか、と思って見ると、なるほどなるほど、でした。

12 円珍贈法印大和尚位 並 智証大師諡号勅書 小野道風筆 平安時代 延長5年(927) 10/18ー11/13

これも上の1089ブログでの解説を読んで

天皇が円珍に対して諡号(おくりな)を下賜した勅書です。平安時代・中期の「三跡」の一人と称される小野道風(894~966)が、緊張感を持って腕を振るっています。

緊張感? なるほどなるほど、緊張感あるかもーって思えました。

Colbaseより

13 群書治要 巻第二十二 平安時代 10/18ー11/13

ここは前回同様、「色がきれいだな」でささっと通過。

Colbaseより

14 和歌体十種、和歌体十種断簡 平安時代  10/18ー11/13

ここは、「漢字」と「ひらかな」の併記ね、くらいでさらっと通過。ちょうど、この日は書好きな団体がいたようで、書跡コーナーは滞留していたので。

Colbaseより

 

15 古今和歌集(元永本)上帖 平安時代 通期

こちらは等伯「松林図屏風」と同じように、お正月に2週間展示されるので、お正月に見ればいいやと、混んでいたのでチラ見でスルー。

Colbaseより

16 元暦校本万葉集 巻第一(高松宮本) 伝藤原行成筆 平安時代 10/18ー11/13

これは前回、「これも「見た」というだけ。なにが、どこか国宝なのかはわからなかった。万葉集として最古とか?藤原行成の字がすごいとか?料紙がすばらしいとか?ノーチェックスルーだったので、もう一度いくときまでに予習をしていこうと思います」と書きました。

1089ブログがちょうど予習にふさわしい内容でして、

和様の書が完成するとともに、仮名の美も最高潮に達します。これは、『万葉集』を冊子に書写したものですが、仮名の名品「高野切」の三人の筆者の一人が担当した巻です。
和歌一首を万葉仮名(漢字)と仮名で記していて、両方楽しめる作品です。とくに仮名は、現代のひらがなのお手本となる美しい形です。

と、解説そのままで鑑賞しました。前回の記事では、Colobaseから適当に選んだページをアップしましたが、今回はちゃんと「見られた」証拠に、展示されていたページをアップします。左の「やまと」というかながポイントです。(これでも違うページだったら笑うしかない)

Colbaseより

17 医心方 巻第二十六 延年部 丹波康頼撰 平安時代 10/18ー11/13

今年前半の特集企画で「医心方」を全巻ばっちり見ているので、ここはスルーでOKということで華麗にスルー。書跡はこの日はホントに混んでいました。

Colbaseより すみません、この画像が何巻のものかはわかりません。婦人部とあるので展示されている巻26ではないと思います

 

東洋書跡 5件

東洋書跡です。前回は、「日本書跡でもわからないのに、中国書跡なんてなおさらわからない。あきらめのムード(悟りの境地)の漂うコーナーです」と書きましたが、その後、京博の「茶の湯」展にいったことで、禅宗が少し理解できたので、あらためて再チャレンジです。

18 聖一国師あて尺牘 (板渡しの墨跡) 無準師範筆 中国・南宋時代 10/18ー11/13

Colbaseより

中国の南宋のスーパースター僧侶だった無準師範。日本人弟子も多く、鎌倉の円覚寺(えんかくじ)を開いた無学祖元(むがくそげん)、そして、もう1人が京都の東福寺を開いた円爾(えんに)です。あるとき、無準師範の寺院が焼失してしまいました。弟子の円爾はそれを知り、日本から復興のために1000枚の板を贈りました。そのことへのお礼の手紙がこれです。それで「板渡し」というキャッチコピーがついています。無準師範という人が禅宗にとってはお釈迦クラスのスーパースターだということです。そうおもって見ると、字はたいしてうまくありません。もちろんこれはお礼状なので、うまく書く必要もありませんけど。

このスーパースター無準師範の衣が第2部で展示されていました。それは意外でしたが、茶の湯展でうすうす頭に浮かんだことが確信になりました。中国南宋の禅宗は地味なんかではなく、スーパーキラキラパリピだったということです。

No141重文「九条袈裟」(元~明時代・14~15世紀)です。無準師範の使っていた法衣を弟子の無学祖元に譲ったというお坊さんの着物なのですが、600年も前の着物なのに、金(ゴールド)と緑が鮮やかで、当時はどれだけ金ぴか先生だったのかと。正倉院宝物で、聖武天皇の法衣なんかもありますが、それは(実はめちゃくちゃ高級素材を使っているのだけど)見た目は貧しい衣を縫い合わせた体(てい)をしています。パリピ禅僧はもはやそんな「体」すらしない。

自然あふれる森林にある静かな寺院で、気の合う仲間(僧侶たち)と茶(高級ドリンク)をのみながら、超高級サウナ(風呂)に一緒に入って、政治(モンゴルにやられっぱなしのだらしない明朝政府)にたいしてぶつくさと高所からあれこれ言う。けど、自分たちは高見の見物。って感じだったのではないでしょうか。

19 無相居士あて尺牘 大慧宗杲筆 南宋時代 10/18ー11/13

板渡しの墨跡の右にあったお手紙。こちらは中国国内のパリピ間で完結したお手紙なので、なおさらよくわかりません。前回と同じ感想(読めません)。

Colbaseより

 

20 的蔵主あて進道語 中国・元時代 10/18ー11/13

こちらは、板渡しの左にあったもの。これも前回と同様、よく理解ができませんでした。読めません。

了庵清欲が嘉興の本覚寺に住していた元の至元7年(1341)1月17日、日本からの渡来僧である的蔵主(てきぞうず)に書き与えたものである。的蔵主の伝記は詳らかでないが、文中から、修行を終え、帰国に際した的蔵主の求めに応じて書写したものであることが分かる。

Colbaseより

 

21 古文尚書 巻第六 中国・唐時代 10/18ー11/13

これも前回同様、古い書だな、貴重だな、でほぼスルー。

Colbaseより

22 王勃集 巻第二十九・三十 中国・唐時代 10/18ー11/13

コーナーの最後。前回同様、読めませんでした。

詩賦に秀で、初唐の四傑の一人に数えられる唐時代の文人、王勃(おうぼつ)(649~677)の文集です。王勃の文集は、『旧唐書(くとうじょ)』などに記載がありますが、本文は早くから散逸し、後世の輯本(しゅうほん)によって知られるのみでした。わが国に伝存する本巻によって、流布本の欠が補えます。

Colbaseより

東洋書跡の国宝は10件あり、前期5、後期5と総替えになります。前回は前期5件のうち理解したり思考に至ったのはゼロ件。それが、今回は1件「板渡しの墨跡」について、第二部の展示内容と合わせて、作品を媒介に考えをめぐらせることができました。(中国禅僧はパリピという身も蓋もない想像ながら)0から1への進化はすごいと思いますと自画自賛。

後期には、「流れ圜悟」と「破れ虚堂」の、ストーリー性とネーミング性の高い国宝が2点出ますので、ちょっと期待しています。

東洋絵画 2件

東洋書跡に比べて、東洋絵画では前回とても感動しましたが、今回、二度目でもよかったです。

23 李迪 紅白芙蓉図 中国・南宋時代 10/18ー11/13

南宋時代の宮廷画家李迪(りてき)の代表作。本当に美しくて、2回目なのにまたびっくりしました。展示ケースの左側(中国絵画コーナーを示す)に、壁の高さに拡大した画像があるので、そちらで細部を見た上で、実物を見ると、より繊細な絵のすごさがわかると思います。

Colbaseより

24 梁楷 出山釈迦・雪景山水図 中国・南宋時代 10/18ー11/13

2回目のスタンプラリーのおまけの国宝カードは、これでした。

梁楷(りょかい)も、南宋の宮廷画家。細長いけど、足が異様に大きいお釈迦さまを描いた出山釈迦図を中心に、雪景色が描かれた2枚が両脇にあります。3枚はバラバラに描かれたもので、このうち一番右の絵は、梁楷でなく、弟子がのちの時代に描いたものだそうです。日本では、3枚セットで、足利将軍家が所持して、いわゆる東山御物として珍重されてきました。バラバラになったのが、近年、また3枚セットに戻ったそうです。

Colbaseより

 

法隆寺献納宝物 10件

東博の法隆寺献納宝物は国宝11件。その半分の5件は法隆寺宝物館に行けば、だいたいいつも見られます。しかし、絵画、文書、工芸は、なかなか見る機会が少ないので、本展では、とくにそれらに注目して見るといいと思います。

25 秦致貞筆 聖徳太子絵伝 平安時代 2面 通期(前期、後期で展示替え)

迫力のある大きさです。聖徳太子絵伝の最古級で、10面すべてがそろっています。本展では、前期に7・8面、後期に9・10面を展示。

大きさはすごいのですが、かなりボロボロ。聖徳太子絵伝は、信徒への説明という形で頻繁に使われた教科書のようなものなので、使う頻度が高いので、こうして劣化も激しくなっているのでしょう。絵画の美しさという点では、ボロボロのために鑑賞には向かないかもしれませんが、長年の太子信仰を目の当たりにするという点で、貴重な体験です。

2回目はせめて誰か1人でも人間を現認しようと、単眼鏡で探しまくり、ひとり十二単の女性を見つけました。飛鳥時代(聖徳太子)は十二単じゃないだろうから、描かれた平安時代の衣装なのですね。

Colbaseより

26 法隆寺献物帳 奈良時代 10/18ー11/13

Colbaseより

こちらは文字史料。「見た」だけでスルーしがちですが、見どころが結構多くあります。Colbaseの紹介からポイントを見ると、末尾に藤原仲麻呂がサインをしているところ。藤原仲麻呂ら5人がサインしていて、それぞれの個性のある筆致が見られるところ。天皇御璽が全面に押されているところは、とくに要チェックです。

二回目は御璽が押されているのをばっちりと見ました。この印を押すのもプロフェッショナルがいたのかしらと想像。あと、仲麻呂のサイン、うまくないなと。奈良時代は大聖武のように写経生がめちゃくちゃうまいので、ふつうの公家のサインだとうまさの差がでますね。

天平勝宝8年(756)5月2日、奈良・東大寺の大仏を建立した聖武天皇がお亡くなりになりました。位を継いだ娘の孝謙天皇は、同じ年の7月8日、東大寺をはじめ、奈良の地にあった18の寺に遺品の数々を奉納し、亡き天皇の冥福を祈りました。「法隆寺献物帳」はその際に法隆寺に奉納された品々の目録です。 縹(はなだ)色に染められた紙に薄墨で罫線を引き、中国・唐時代の流行にならった堂々たる楷書が全22行にわたって記されています。末尾には朝廷の有力者であった藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)、藤原永手(ながて)、巨萬福信(こまのふくしん)、賀茂角足(かものつのたり)、葛木戸主(かずらぎのへぬし)の5人の署名があり、それぞれ個性あふれる筆致を見せています。後世の改ざんを防ぐため、紙の全面に「天皇御璽(てんのうぎょじ)」と記された印が18か所押されています。 なお、東大寺に納められた聖武天皇の数多くの遺愛品は、正倉院宝物として今に伝えられていますが、その目録も『東大寺献物帳』として、正倉院に残されています。

法隆寺献物宝物では、これだけが前期展示で、後期には細字法華経と入れ替わります。

28 木画経箱 奈良時代

すぐ背面にある江戸時代の本阿弥光悦の漆工の国宝と比較できて面白いと思ったのが、奈良時代の木工「木画経箱」です。紫檀(したん)、黒檀(こくたん)、沈香(じんこう)、象牙などの板をモザイク状に組み合わせたものです。だいぶパーツが取れてしまっていますが、新品の頃の美しさを想像すると、楽しかったです。

2回目はチラ見でした。

Colbaseより

29 竹厨子 奈良時代

竹で作った箱です。1000年以上前の竹製品が残っていることに驚き、感動します。いわゆる「民藝」的な素朴さはまったくなく、洗練された技術とデザインです。

こちらも2回目なのでチラ見。

Colbaseより

30 七弦琴 中国・唐時代

Colbaseより

正倉院宝物もですが、奈良って世界史的に見ても、本当にすごいものを伝えてきていますね。そうした感動を味わいました。展示ケースの端っこに押しやられていましたが。こちらも2回目はチラ見。

Colbaseの説明より

中国・唐時代、玄宗皇帝が在位していた開元12年(724)に、四川省成都市に近い九隴県(きゅうろうけん)という場所で作られたことが墨で書かれています。製作された年と場所が明らかな琴としては世界最古の作例であり、東アジアの音楽史上においても極めて貴重な作品です。

31 灌頂幡 飛鳥時代

金属製の旗「灌頂幡」。下のColbaseの画像のように、つなぐと5メートル以上の長さになるものです。その1パーツしか本展では展示されていません。ですので、つないだ状態でぶらさがっている復元とパーツの本物がある、法隆寺宝物館であらためて見たほうが良いでしょう。

これも2回目かつ法隆寺宝物館で何度か見ているのでチラ見。

Colbaseより

32 竜首水瓶 飛鳥時代

Colbaseより

ペルシャ系の遊牧民が持つ水瓶。中国を含む東アジアでは、この水瓶が「シルクロード的なエキゾチック」なデザインとしてある種共通認識があり、これもペルシャからの輸入品ではなく、日本で作られたとされています。法隆寺宝物館よりもライトが明るく設定されていて、模様の線刻をよく見ることができました。

2回目なのでチラ見。

33 海磯鏡 奈良時代

海磯鏡2面のうち1面が展示。残りの1面は法隆寺宝物館で展示継続中。2回目はチラ見。

Colbaseより

34 墨台、水滴、匙 中国・唐時代または奈良時代

聖徳太子愛蔵の文房具として伝わってきた3点セット。ふだんは、法隆寺宝物館でもほぼ常設。

2回目ですが、このうち水滴だけはあまりに超絶技巧で美しすぎるので、法隆寺宝物コーナーで唯一字間をかけて単眼鏡でじっくり見ました。法隆寺宝物館はかなり光量を下げているので。これは本当にすごい。梅干し入れに使いたいと唐突に思いました。

水滴 Colbaseより

35 鵲尾形柄香炉 朝鮮・三国時代または飛鳥時代

真鍮製の香炉。これもふだんは法隆寺宝物館でほぼ常設。同じ形の香炉もたくさんあるので、まぎれてしまいます。記述を読まないと、宝物館では国宝とは気づかない人も多いでしょうね。

Colbaseより

以上10件が法隆寺献納宝物です。法隆寺献納宝物は、ふだん法隆寺宝物館で見ることができるものも多いので、今展では、メリハリをつけて、鑑賞するのがよろしいかと。

漆工 2件

トーハクの漆工の国宝は4件。2件ずつ前期・後期で展示されます。後期の2件は、10月23日まで都内の三井記念美術館で開催されている「大蒔絵展」で展示されていましたね。

大蒔絵展(三井記念美術館)の国宝7件すべてを見た感想

 

36 片輪車螺鈿手箱 鎌倉時代 10/18ー11/13

金粉を全面に蒔いた贅沢な「沃懸地(いかけじ)」に、これも高級な螺鈿が施されています。螺鈿はだいぶ剥がれてしまっているのか、あまりはっきりとは見えない状態でした。

2回目では、はっきり見えないどころかはげた部分が目立ちました。

大蒔絵展で見た、後期にでる国宝「片輪車蒔絵螺鈿手箱」(平安時代)を見たあとで、2回目にこれを見ましたが、どうして国宝?という思いが浮かびました。鎌倉時代の蒔絵では、正直、もっとよいと感じたものが大蒔絵展で重要文化財などで並んでいました。来歴などがすごいのかしら?

Colbaseより

37 本阿弥光悦 舟橋蒔絵硯箱 江戸時代 10/18ー11/13

前回は、「見る前からとても楽しみにしていた一つがこれです。奇抜なデザインは、現物を見ても、想像以上で、とても良かったです」と書いたように、これは何度見ても楽しい。本阿弥光悦のドヤ顔が目に浮かびます。

Colbaseより

考古 6件

考古コーナーです。6件すべてが通期展示です。2回目は、復元修理中で長くお目見しなかった埴輪以外はチラ見でスルー。

38 扁平鈕式銅鐸 弥生時代

東博の国宝の中では最古の国宝。讃岐の国(香川県)で出土したと伝わる銅鐸で、狩りをする「棒人間」や高床式住居などが描かれています。こちらの国宝、かなりの人気を集めていましたが、直前まで同じ平成館の「日本の考古」で、単独のケースに入ってずっと展示されていました。本展後も、定位置に戻ると思います。じっくり見るのはその時でも良いかもしれませんね。考古はみんなそうですが。

Colbaseより

39 東大寺山古墳出土品

東大寺山古墳出土品(一括指定)のうち「環頭大刀」など2点が展示されています。

Colbaseより

Colbaseの説明

日本最古の出土銘文刀剣としてよく知られ、刀身部は中国製で環頭部は日本製です。一部を欠失しますが、刀身背部に金象嵌(きんぞうがん)で24文字が刻まれていたとみられます。「中平(ちゅうへい)」(184~189)は後漢・霊帝時代の年号で、後漢書東夷伝に倭国大乱があったとされる時期です。

40 江田船山古墳出土品 古墳時代

熊本県の江田船山古墳からの出土品が一括指定されています。そのうち3点が展示。ただ、江田船山古墳出土品の一番の目玉は、平成館の「日本の考古」で常設展示(コーナー化)されている魚や鳥、文字が金の象嵌で描かれた刀ですので、ぜひ、特別展の前後に日本の考古で見てみてください。

Colbaseより

41 文祢麻呂墓出土品 飛鳥時代

文祢麻呂は、飛鳥時代の壬申の乱で、大海人皇子について活躍した渡来系の氏族。その墓から出土したものが一括指定、そのうち4点が展示。これも、「日本の考古」の骨壺コーナーで、年間を通じて、休み休み時々、出展されています。

瑠璃骨壺 Colbaseより

42 興福寺鎮壇具 奈良時代および中国・唐時代

奈良の興福寺の中金堂をたてるときに須弥壇の下に儀式として埋納されたものを一括国宝指定。いろいろなものがあるのですが、砂金は「最小サイズの国宝」とされています。興福寺鎮壇具は、本館2階の国宝室の手前で、ときどき常設展示されています。 砂金は見るのが初めてだったので、うれしかったです。砂金の粒ってけっこう大きいのだなぁという感想。

Colbaseより

43 埴輪 挂甲の武人 古墳時代

「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」は、歴史教科書で見たTHE埴輪。ここ数年、修理のために展示されておらず、今展が修理後初のお目見えです。埴輪は、それこそ「日本の考古」コーナーで、大きくて立派なものから、おもしろいデザインのものから、大量に展示されています。数ある埴輪の中で、なぜこれが国宝なのか。それは現物を見ても、その差はわかりませんでしたが、群馬県太田市の古墳からの出土品を選んだというのは、面白いなと思いました。(畿内から選んじゃいそうなものなのに、関東からというのがなかなか乙)

2回目は、なぜこれが国宝?という意識でよく見ました。技術的にはほかの埴輪と違いはありませんが、造形として、顔とかぶり物の立体感や動きのある躍動感などが、たしかに平成館考古コーナーの埴輪に比べると、頭ひとつ(その程度)抜けているところもあるかなと感じました。

現代の感覚でのアート的なセンスで秀でいるかというと、むしろ第二部に展示のNo.139の重要文化財「遮光器土偶」のほうが圧倒的な(岡本太郎的)造形美とアイデアに満ちあふれていると感じました。

Colbaseより

ここまでが西側の第一会場です。次は1回、会場を出て、グッズショップを通り、第二会場になります。第二会場には、国宝の残り、「国宝刀剣の間」と名付けられたエリアに、国宝刀剣19振が展示替えなしで展示されています。

前回は、刀剣の間のあまりの刀剣の数の多さに、ほとんど覚えていない状態だったので、二回目の今回は書跡と法隆寺宝物、考古をチラ見ですっとばして、刀剣鑑賞に時間を割きました。

刀剣 19件

東博の国宝89件を、8つに分類した中で、最も数が多いのが19件の刀剣です。「国宝刀剣の間」として19振りを展示替えなしで一挙に見せています。

1回目の前回は、「とりあえず有名な刀剣乱舞の6振+入り口にあった童子切安綱を中心に、見ました。正直、あまり覚えていないです」と書きましたが、今回は19振をすべて簡単な感想をつけていきます。

なお、刀剣乱舞に登場するのは、「トーハク組」と呼ばれる9振りです。「三日月宗近」、「厚藤四郎」、「亀甲貞宗」、「大包平」、「小竜景光」、「大般若長光」、「獅子王」、「鳴狐」、「毛利藤四郎」。このうち、「三日月宗近」、「厚藤四郎」、「亀甲貞宗」、「大包平」、「小竜景光」、「大般若長光」の6振が国宝です。さらに、本館では、「鳴狐」と「毛利藤四郎」が展示されています。つまり「獅子王」以外はぜんぶ出ているわけです。

44 太刀 名物 童子切安綱 平安時代

入り口に単独で展示されているのが、太刀 名物 童子切安綱です。単独のケースに入っているのは、この刀と太刀 名物 三日月宗近だけです。

どちらも「天下五剣」で、平安時代の太刀でサイズはほとんど同じですが、三日月宗近が細身なのに対して、童子切安綱は太かったです。さすが酒呑童子を切ったとの逸話のある刀。平安時代は公家たちが使ったので細身だったとされていますが、平安時代後半には武士も台頭してくるので、こうして、2種類のタイプの刀がでていたのかなと思いました。

Colbaseより

2回目も同じ感想で、武士の世の到来を想像させる力強い迫力がありました。

45 太刀 名物 三日月宗近 平安時代

人気ゲーム刀剣乱舞の主役といってもいい三日月宗近。天下五剣のひとつです。三日月の名前の由来は刃文に三日月のような浮いた模様がいくつもあるからです。去年、トーハク本館1階の刀剣コーナーで展示された際にも見たのですが、そのときは肉眼ではそこまではっきりと見えませんでした(単眼鏡ではもちろん見える)。ところが、今回の展示では、肉眼でも三日月が楽々に見えました。室内の照明自体は本館1階のほうがだんぜん明るいのに、ほかのもですが、ガラスの映り込みとかも少なく、とても見やすかったです。かなり照明に工夫されているのが国宝刀剣の間です。

2回目も、「三日月」も見ることができましたし、裏からもじっくり見ました。もちろん圧倒的な洗練と美しさでしたが、今回は国宝19振をわりと時間をかけて、それぞれの印象を持てるように鑑賞したので、前回のたくさんの刀剣が並ぶ中で、ちゃんと見た三日月宗近だけを、圧倒的な存在感との印象を持ちましたが、その思いは薄れました。単にほかの刀剣をちゃんと見ていなかっただけで、やはり国宝刀剣はそれぞれにすばらしかったからです。

Colbaseより

童子切と三日月以外は3方向の壁のケースに並んでいます。手前から展示順に紹介していきます。

46 太刀 銘 備前国友成造 平安時代

「国宝刀剣の間」の入り口に童子切が単独ケースにあり「強そう」を浴びたあとに、次にあらわれる刀剣です。「強そう」に比べると、細くて綺麗に感じました。

太刀 銘 備前国友成造 Colbaseより

47 太刀 名物 大包平 平安時代

前回は、「刀剣乱舞のトーハク組の6振目、正直覚えてないです。次回はもっと見ようと思います」と書きました。この「大包平」はその後、マッカーサーから譲られるよう求められた所有者が「ニューヨークの自由の女神と交換するなら良い」と言ったとか、嘘か誠か、バキ級の逸話を知りました。その上で見ると、たしかに迫力が半端なかったです。前回スルーしていたかと思うと、やっぱり事前の学習は大事ですね。

Colbaseより

48 太刀 銘 定利 鎌倉時代

これは反り方や太すぎず細すぎずTHE日本刀。「スタンダード日本刀」という言葉が浮かんだのですが、それは作者の名前が綾小路定利といって、「定規」という単語がふと浮かび結びついたからかもしれません。

太刀 銘 定利 Colbaseより

49 短刀 名物 厚藤四郎 鎌倉時代

国宝の短刀は2振だけなので視覚的に目立ちますから前回もその存在は認知していましたが、2回目は名前の由来である「厚さ」をじっくり腰をかがんで確かめました。もともと厚藤四郎は高い位置に置かれています。おそらく厚みを鑑賞するためだと思います。それにしても短刀はずぶりと刺すんですよね。その切っ先の鋭さと厚みにはぞぞっとしました。

厚藤四郎 Colbaseより

50 太刀 銘 来国光 嘉暦二年二月 鎌倉時代

2つ前の太刀 銘 定利は、定規との連想からスタンダードという感想を持ちましたが、こちらの来国光は見たまんまの印象でスタンダードだなと感じました。解説読むと「健全」と書いてあるので、そこらへんがスタンダードに感じたことなのだろうかと思いました。健全の意味がよくわかりませんが。

太刀 銘 来国光 嘉暦二年二月 Colbaseより

51 短刀 銘 行光 相州行光 鎌倉時代

もう1振りの短刀です。とても綺麗でした。短刀は刃文とかよりも全体のフォルムの美しさをど直球で攻めている気がします。厚藤四郎よりは薄かったです。

短刀 銘 行光 Colbaseより

52 刀 金象嵌名 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押) 鎌倉時代

Colbaseより

なんともまがまがしい印象。これまでスタンダードな美しさをもつ日本刀が並んできたので、「にえ」という刃文が大きくて波打って、まがまがしさを強調していました。作者は正宗ですが、持っていた人(家康に仕えた旧武田家臣の城和泉守)と鑑定した人(本阿弥家)の名前が持ち手に刻んでいます。

53 刀 名物 観世正宗 鎌倉時代

作者は同じく正宗。たまたまだったのでしょうか、ライティングのために、刀身が赤く黒く輝いていたのです。私だけでなく、まわりの観客も「なにこれ?赤くない?」とザワザワしていました。普通の光のあてかただと白く光る部分が赤と黒がうごめくようだったのです。端的に言うと「不気味」でした。ライトの故障かもしれません。1回目のときにはそんな印象がなかったので、3回目にいったときは代わっているかもしれません。
能楽の観世流が所持していて、家康に献上したことから観世の名前がついている正宗。見た目ではなぜ観世か分かりません。

Colbaseより

54 刀 名物 亀甲貞宗 鎌倉~南北朝時代

隣の観世正宗が赤く光ってまがまがしすぎたためか、次ぎの亀甲貞宗は刃文の流れもすごく清純な美しさを感じました。

Colbaseより

55 梨地螺鈿金装飾剣 平安時代

Colbaseより

ここから2つ目の壁面になります。前回は、「19振りのうち17は刀身だけで、柄などのこしらえは後の時代に用意されたもので、国宝ではありません。その中で、この2振りだけはこしらえも平安時代と鎌倉時代の制作時のものが残っているのです。これも次回、ちゃんと見たい逸品です」と、全く記憶なし。ちゃんと見たらすばらしい品々でした。

まずは梨地螺鈿金装飾剣。ほかの日本刀とは違う剣です。刀身も出されていなく、外側(こしらえ)を鑑賞するものです。まぁ、なんたる豪華。正倉院宝物っぽいデザインは、奈良時代から伝わるもので、平安王朝の公家がはいた剣だそうです。蒔絵で全面に金色に螺鈿で鳥を装飾するなど、とにかくステキです。刀剣の分野になっていますが、どちらかというとむしろ法隆寺宝物に近いジャンルかもしれないですね。

56 群鳥文兵庫鎖太刀 刀身銘 一(上杉太刀) 鎌倉時代

上杉家が三嶋大社に奉納したいわれから上杉太刀と名前がついています。鎌倉時代の刀身だけでなくこしらえがあるのは奇跡的(だいたいは江戸時代にこしらえだけ新造している)です。全体を金の蒔絵にしています。豪華さとシンプルさが兼ね備わっているという点で、さきの平安時代の王朝の剣の豪華一点突破とは対照的な武士の美といえるかもしれません。

群鳥文兵庫鎖太刀 刀身銘 一(上杉太刀) Colbaseより

57 太刀 銘 助真 鎌倉時代

太刀 銘 助真

ここからは3つ目の壁です。福岡一文字という流派のものが続きます。激しい作風で、ぶっとくて「やばそう」。さらに波打つ刃文がなんとも荒々しい。こういうとあれですがほとんど「野蛮」な空気すら漂っています。

58 太刀 銘 吉房 鎌倉時代

太刀 銘 吉房

こちらも福岡一文字。やっぱり一文字はぶっとくてごつい。とてもマッチョな感じです。

59 太刀 銘 吉房(岡田切) 鎌倉時代

さらに福岡一文字。一文字はやばいな、怖いなと思っていたら、最後の福岡一文字はさらに逸話も強烈。やっぱり一文字やばいとなりました。ちなみに福岡は、備前の福岡(岡山県)です。
この岡田切の刃文は、まるで血を求めてうごめく生きた波のような激しさとまがまがしさです。
そのうえ、こんなエピソードがあるというではありませんか!恐ろしい。実際に血を吸っていてもおかしくないくらいの妖しい刃は、実際に血を吸っていたという。

15世紀に大きな勢力をもった織田信長という武将の次男、織田信雄(おだのぶかつ)が1582年の合戦の際、家臣の岡田重孝をこの太刀によって切ったということから「岡田切」と呼ばれています。(Colbaseより)

太刀 銘 吉房(号 岡田切)Colbaseより

60 太刀 銘 長光 鎌倉時代

ここから3振は長船派です。一文字の素でやばい兇刃さと比べると、激しい刃文もデザインして意識的に激しくしているという印象を抱きました。

太刀 銘 長光 Colbaseより

61 太刀 大般若長光 鎌倉時代

大般若の意味は、般若が刻印されているのではありません。この太刀の価値を金銭で換算すると600貫目(もちろん高いという意味)。600カンは、大般若経が全600巻なので、同じだ!じゃあ大般若という、こじつけです。
値段の高さとは関係ないでしょうけど、刃文を意識的に大きく見せるということをしているように思いました。

太刀 銘 長光(号 大般若長光)Colbaseより

62 太刀 小龍景光 鎌倉時代

国宝の最後です。2期目は全62件でした。
トリを飾る小龍景光という号は、こちらは実際に龍が刻印されているからです。のちの時代に、便利なようなにと短くされたときに、半分しか見えなくなったので、「小」龍となりました。
急に刃文がおとなしくなったように感じました。しかし、利器としての刀としては究極的に利便性を追求してさらにずしりとした重みを感じました(持ったわけではありませんが)。
そんなこともあるからなのか、江戸時代には人切り役人が所持していた刀だそうです。

Colbaseより

今回の国宝カードは?

1期目に行くともらえたスタンプラリーに参加するともらえる国宝カード。1期目は後期に出る片輪車蒔絵螺鈿手箱でした。

今回は?

中国絵画(4件しかない)!しかも前期の、見たばかりの!

なお、国宝カードは、上野駅のアトレのレストランの一部で、コラボメニューをやっていて、それを頼むと2枚もらえます。

さて、ショップのことも書いておくと、埴輪などのぬいぐるみ類は売り切れ、19種の国宝刀剣缶バッジカプセルトイも売り切れ。ただ、刀剣乱舞グッズは転売防止のためなのか、絶対に売れ切れさせない強い意思があるようで、なくなるとドカドカと追加補充されていました。

カプセルトイは、400円のアクリルスタンド全7種をしました。やってみたら、観楓図屏風があたりました。後期展示だけどめっちゃ好きな絵です。カプセルに入るくらい縮小されてるので、ほとんど絵柄が視認できないくらいでしたけど。

混み具合も、混んではいるちゃいるけど、去年の鳥獣戯画展に比べれば、待っていればちゃんとガラスの目の前まで行けるくらいでした。

ただ、単眼鏡をそろそろ買い換えようかなと。今は4倍(一番安い)のを使ってますが、8倍(1万円後半)にしたいと。列の後ろの方からもアップで見れそうなので。

1・2期目は国宝62件 3期目の要チェック作品は?

1期目と2期目は、それぞれ62件です。入れ替えは、「一遍聖絵 巻第七」(2期のみ)と、狩野永徳「檜図屏風」(2期・3期のみ)の2件です。

3期目は後期になるので、大幅に展示替えがされます。

絵画については、2・3期にまたがる狩野永徳の「檜図屏風」以外はすべて替わります。
書跡については、ページが替わる「古今和歌集(元永本)」以外はすべて替わります。
東洋書跡と東洋絵画も、すべて替わります。
法隆寺献納宝物は、法隆寺献物帳が細字法華経に替わり、聖徳太子絵伝は別の面になります。
漆工は、2件すべてが交替します。
考古と刀剣は通期展示です。

第2部でも後期にだいぶ展示替えがあります。

後期で注目されるのは、重要文化財「直刀 無銘(水龍剣)」(奈良時代)。
また、前期は尾形光琳の「風神雷神図屏風」(重文)が展示されていますが、後期はその裏側に描かれた(現在は分離されている)酒井抱一の「夏秋草図屏風」(重文)が展示されます。

「国宝 東京国立博物館のすべて」は日時指定予約制です。週末はもちろんのこと、平日も午前はほとんど売り切れです。売り切れていても前日に予約キャンセルが出るので買えることもあるみたいです。

東京国立博物館150年特設サイト

 

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