養老3年(719年)2月3日 衣服を右前にするよう定める

養老3年2月3日(719年2月26日) 百姓(ひゃくせい≒国民すべて)の衣服を右襟(いわゆる右前、自分から見て右の襟が手前に来る)として識事の主典以上に笏を持たせることを義務付ける(続日本紀)。
中国の唐ではそういうファッションマナーになっていたのでしょう。
写真は、「左前」だった古墳時代の服「埴輪 盛装女子」(重文、トーハク)。

関連記事

  1. 平安京直結の河口部を移管させた謎の半年 天長2年(825年)3月30日 摂津国の江南4郡を和泉国に属させる

  2. 平安時代の「まさかの外敵襲来」を撃退したのは、あの中関白家のワルだった!?寛仁3年(1019年)4月13日 女真族「刀伊」(とい)が肥前国松浦郡に襲来

  3. 慶応4年(1868年)3月28日 「神仏判然令」で神仏混淆を禁止 廃仏毀釈運動が起きる

  4. 「古美術逍遙~東洋へのまなざし」(泉屋博古館東京)感想

  5. 大覚寺に戻った薄緑(膝丸)の帰宅した絵が美しすぎる件について 10月17日から里帰り公開

  6. ただならぬ巨大な千手観音!恵隆寺・立木千手観音【福島県会津坂下町】

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。