養老3年(719年)2月3日 衣服を右前にするよう定める

養老3年2月3日(719年2月26日) 百姓(ひゃくせい≒国民すべて)の衣服を右襟(いわゆる右前、自分から見て右の襟が手前に来る)として識事の主典以上に笏を持たせることを義務付ける(続日本紀)。
中国の唐ではそういうファッションマナーになっていたのでしょう。
写真は、「左前」だった古墳時代の服「埴輪 盛装女子」(重文、トーハク)。

関連記事

  1. 天武10年(681年)3月17日 天武天皇が皇子や臣下らに帝紀・上古の諸事を記定(のちの「日本書紀」)させる

  2. 嘉永2年(1849年)4月18日 浮世絵師葛飾北斎90歳で死す

  3. 寛永16年(1639年)2月1日 『三河物語』の大久保彦左衛門80歳で死去

  4. サッカーで生き延びた公家がいた!飛鳥井雅経と蹴鞠の800年 承久3年(1221年)3月11日 蹴鞠飛鳥井流の祖・飛鳥井雅経が52歳で死去

  5. 白隠さんのゆるい達磨と狩野派の金ピカの襖絵、どっちも”禅”でした——妙心寺展ルポ後編

  6. 大河が飲み込んだ「日本のアレクサンドリア=新潟」─古代都市「ぬたり」の謎と萬代橋が閉じたパンドラの箱

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。