【日本史365日 4月21日】石を投げる中世 ── 印地打ちが映す「1086年以後」の日本
エミ:ねぇサキちゃん、4月21日に起きた日本史の事件って聞くと、何を思い浮かべる?
サキ:4月21日に限定されても全く想像つかないよ。またお寺か仏像?
エミ:今日はちょっと違うの。石。
サキ:石?ストーンの石?
エミ:そう、その石よ。石を投げ合うの。中世の京都や鎌倉で大ブームとなった子どもの遊びが「印地打ち」、石合戦とも呼ぶわ。
サキ:……子どもの遊び?
エミ:そこが怖いところでね。遊びの顔をしてるのに、死者が出るのよ。
サキ:えっ。
エミ:この間の4月7日の記事では、応徳3年、つまり1086年が院政の始まりで、日本の仕組みそのものが大きく入れ替わった年だって話をしたでしょう?
サキ:うん。「日本中がアンインストールされた年」ってやつ。高野山の国宝の仏画「涅槃図」が完成した日だったよね。
国宝「仏涅槃図」が生まれた1086年は日本中が「アンインストール」された年だった ── 高野山(金剛峯寺)の国宝仏涅槃図と時代の大転換
エミ:そう。その続きとして今日は、その新しい日本の中世の空気が、町の路上でどんなふうに現れたのかを見たいの。
サキ:美術や政治の話の続きが、路上の投石戦になるの、だいぶ変化球だね。
エミ:でも、つながってるのよ。むしろ地面の高さまで降りてきた「1086年以後の日本」が、そこに見えるの。
印地打ちは「遊び」なのか
エミ:『国史大辞典』の「印地打」の項目では、印地打ちは「多人数が二手に分かれ、つぶてを投げ合って争う一種の石合戦」と説明されているの。
サキ:説明だけ読むと、集団雪合戦みたい。
エミ:ところが全然かわいくないのよ。「因地」とも書いて、『嬉遊笑覧』には「いんぢは石うちなるべし」とある。つまり語源としては「石打ち」がなまったものらしいって。
サキ:最初から石をぶつける競技なんだ。
エミ:しかも古くは、村どうしの綱引きみたいな年占の行事だった可能性が高いっていうの。吉凶を占う、年中行事としての側面があったらしい。
サキ:じゃあ最初は完全な暴力じゃなかったんだ。
エミ:うん。ところが後になると正月だけじゃなく、時期を問わず行われるようになって、ときには本格的な争闘になる。つまり儀礼と遊戯と暴力が、だんだん分かれなくなっていくのよ。
サキ:行事と喧嘩の距離が近い。なんか、いかにも乱世の中世って感じがする。
文永3年(1266年)4月21日 ── 鎌倉で石が飛ぶ
エミ:まず一つ目の4月21日。文永3年(1266年)4月21日、『吾妻鏡』によると、数十人が鎌倉の比企谷の山麓に集まって石を投げ合ったの。
サキ:鎌倉で?当時の「首都」だよね。
エミ:しかも、それだけで終わらないのよ。ついには武具をつけて争闘するありさまになって、禁圧の指令が出た。
サキ:石合戦が、そのまま「合戦」になっちゃってる。
エミ:そう。ここが大事で、印地打ちは単なる子どもの遊びではなく、群集が二手に分かれて対立を可視化する場だったの。石を投げ合っているうちに、武装にまで進んでしまうの。
応安2年(1369年)4月21日 ── 京都で45人が死んだ
サキ:鎌倉は東の首都とはいえ、言ったら田舎だし、武士たちが造った都市だよね。血の気が多いのも仕方がない、ってことは?(エミの顔をみる)なさそうだね。
エミ:そう、もう一つの4月21日。応安2年(1369年)4月21日、『後愚昧記』によると、京の一条大路で雑人などが合戦し、死者45人に及んだとあるの。
サキ:死者45人!?
エミ:しかもその記録には、「俗是ヲ伊牟地ト称ス」と注がついている。つまり、世間ではこれを印地と呼んでいた、と。
サキ:ちょっと待って。印地打ちって、そんな規模になるの?
エミ:なるのよ。石合戦って言葉だけ聞くと、まだ遊戯の匂いが残るでしょう。でも史料の中身は、完全に都市の路上で起きた集団殺傷事件なの。
サキ:もう祭りでも遊びでもないね……。
エミ:ただ、そこが難しいところで、もともとは祭礼や年中行事に根ざした風習だから、完全に切り離せないの。遊びの形式のまま、人が死ぬところまで行ってしまう。
サキ:形式だけは行事、実態は内戦みたいなものかも。
エミ:まさに。中世の「風俗」って、今の私たちが思うよりずっと荒っぽいのよ。
絵巻に描かれた「石を投げる町」
エミ:中世の文化や風俗は、この頃、絵巻に描かれることがあるんだけど、『年中行事絵巻』には印地打ちの場面も2つ描かれていて、一つは正月、もう一つは五月の印地らしいって。
サキ:年に2回もしているんだ…
エミ:縄に石をくくって振り回して投げる者、防御の身ごしらえをした者、木刀みたいなものを持つ者。通行人が荷物に石をぶつけられていたり、築地塀ごしに見物人がのぞいていたりもする。
サキ:完全に「町のお祭りイベント」だ。危険すぎるけど。
エミ:そうなの。つまり印地打ちは、どこかの戦場の話じゃない。都市空間そのものが、半ば観客つきの戦場になる風景だったのよ。
サキ:見物人がいるっていうのが、生々しいね……。
エミ:暴力が日常の外に隔離されていないってことでもある。見る人も、巻き込まれる人も、通りすがりの人も同じ町にいるの。
アンインストール1086年の続きとして見る
サキ:でも、ここでやっぱり気になる。これがなんで1086年の続きになるの?
エミ:そこなのよ。前回の記事で見たように、1086年は白河上皇の院政が始まった年だった。『国史大辞典』では、古代と中世の線引きとして、「院政の時代が終わって鎌倉時代へ」じゃなく、院政・鎌倉時代として一続きに捉えるべきだと書いているの。
サキ:そうなんだ。なんとなく平安時代までが古代、鎌倉時代からが中世と思ってた。
エミ:うん、まぁその当時の人が「きょうから中世」なんて言っていたわけでなく、あくまで学問上のジャンルなんだけど。中世は、天皇、治天の君(上皇)、摂関、将軍、執権、得宗、寺社。権力が一本にまとまらず、重なり合いながら動く。その多元的で分裂した秩序の時代に、民衆の風俗もまた独特のかたちを取る…。
サキ:その「かたち」が印地打ち…。
エミ:『国史大辞典』の中世の「風俗」の項目でも、中世民衆の年中行事として印地打ちが挙げられているわ。つまりこれは、決して珍風俗や珍しい事件じゃないの。
サキ:1086年のアンインストールは、あらゆるところで「乗っ取り」が起きていたってエミちゃん説明したよね。
エミ:うん。中世社会の「乗っ取れる」という空気が、そのまま民衆の年中行事の中に現れて…。
サキ:アッパークラスでは院政や幕府が現れて、民衆は路上で石を投げ合う。なんか一気につながった。
エミ:1086年に「アンインストール」されたのは、政治システムだけじゃなかったの。秩序の感じ方そのものが変わって、遊びと喧嘩、祭礼と戦いの境目まで揺れたんじゃないかって思うの。
サキ:石を投げる年中行事が、そのまま時代の手触りなんだね。
禁じても消えなかった
エミ:当然、印地打ちは、危険だから何度も禁じられているの。『百錬抄』には、嘉承2年(1107年)5月23日に京で石つぶての投げ合いが止められたことが出てくるし、さっき紹介した1266年の武士の本場・鎌倉でも禁圧の命令が出ている。
サキ:それでもなくならないよね。「乗っ取り」こそが「秩序」なんだから。
エミ:そう。根が深い風習だったのよ。江戸時代初期の『月次風俗図』にも五月の行事として描かれていて、子供が小石を投げ合ったり、切り合いのまねをしたりする「憧れの武士」的な遊びになっていたらしいの。あくまで逸話だけど、徳川家康が子どものころ、印地打ちをする両陣営で、当初不利に見えた陣営が勝つと予想したとして、神君・家康神話の一つになっているわ。
サキ:子どもの遊びになったのは、かえって危ない気がする。
エミ:だからこれもまた禁止されて、江戸時代の延享(1744~48年)のころからは端午の菖蒲刀をもてあそぶ「菖蒲切」へと変わっていったというの。
サキ:「勝負」のダジャレを無理やりつかって、18世紀になってようやく石は取り上げられて、菖蒲になった。「子供の日」にお風呂に菖蒲を入れるのって、印地打ちから始まってるんだ。
エミ:うん。今だと寒く感じるダジャレも、数百年の暴力性を置き換えるための渾身のコピーライティングと考えると、相当ハイレベルなアイデアよ。
サキ:エミちゃん、マーケターの顔になってる(笑)
石は中世のOSだったのかもしれない
サキ:なんか今日の話はこわいけど面白かった。4月21日って「石を投げた日」じゃなくて、「中世という時代が路上に投げられた日」なんだ。
エミ:いい言い方するわね。4月7日の1086年の話が、上空から見た列島規模の大規模更新の話だとすると、きょうの4月21日の印地打ちは、その変化を地面の高さで見た風景なのよ。
サキ:空の上では院政が始まり、幕府が誕生し、地上では石が飛ぶ。1086年に古いシステムがアンインストールされたあと、新しいOSとして立ち上がった「中世」は、「多元的でチャンスもあるけど、ざらざらした」社会だったのかも。
エミ:私もそう思う。印地打ちはただの奇習じゃない。院政・鎌倉時代から南北朝・室町へ続く中世の手触りを、そのまま石の重さで伝えてくる風俗なのよ。
サキ:……石、痛いもんね。理念じゃなくて現実だ。
エミ:そう。中世は、「涅槃図」みたいに観念やコンセプトもかなりバージョンアップされたけど、当たれば痛い「石の時代」でもあったの。
サキ:ピカソの「青の時代」みたいに言うね(笑)
プレイリスト会議
エミ:さて、今日のプレイリストのテーマは「群衆」「衝突」「中世の路上」よ。
サキ:今日はだいぶ荒れそう(笑)
エミ:じゃあ私から、東京事変「群青日和」。
サキ:来た。群青って、空の色でもあるけど、群れがざわつく感じもある。町の熱気に合いそう。じゃあ2曲目は、米津玄師「KICK BACK」。
エミ:物騒で、秩序がきれいに整ってない感じがすごくマッチしているわ。3曲目は、King Gnu「飛行艇」。
サキ:上空から騒然とした中世の町を見てる感じがするね。じゃあ、私は欅坂46「サイレントマジョリティー」。
エミ:うわぁ。民衆たちの声なき意志が「石」に乗って飛んでくる感じがする。5曲目はAdo「唱」。
サキ:祝祭と騒乱の境目がなくなる感じ、分かる。今日の話にかなり近い曲かも。じゃあ、次で最後にしようか。
エミ:最後は、ヨルシカ「アポリア」にしたいの。
サキ:えっ、そこ少し静かに締めるんだ。
エミ:石そのものじゃなくて、石が飛ぶ空気を残したいのよ。私たちが忘れた行事であり、空気だけど、でも私たちのどこかにつながっている感じが、「チ。」のEDが浮かんだの。
サキ:うん、私もきょうは気球に乗って日本の歴史を俯瞰している感じがした。
1. 東京事変「群青日和」
2. 米津玄師「KICK BACK」
3. King Gnu「飛行艇」
4. 欅坂46「サイレントマジョリティー」
5. Ado「唱」
6. ヨルシカ「アポリア」


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