平治2年1月4日(1160年2月12日)源義朝、尾張で暗殺。38歳

平治2年1月4日(1160年2月12日)源義朝、尾張国内海荘で長田忠致に殺される。38歳。
清和源氏重代の刀が2本(髭切と膝丸)が義朝から息子の頼朝と義経に伝えられたとされています。髭切や膝丸(薄緑)に比定される刀はそれぞれ複数あります。ここは、三種の神器が3つでなく、それぞれ複数あるとされていることと同じと考えられるでしょう。神器というのはそういう性質もあるものです。
さて髭切は、北野天満宮の「太刀銘安綱」(鬼切)が、膝丸は大覚寺の「薄緑」が、国指定重要文化財です。

関連記事

  1. 文明13年(1481年)3月9日 足利将軍の御用絵師(兼経理部長)・宗湛 69歳で死す

  2. 杉原千畝は「ナチスのホロコーストから」ユダヤ人を救ったのではなかった

  3. 和銅5年1月28日(712年)太安麻侶が古事記を撰上

  4. 大覚寺に戻った薄緑(膝丸)の帰宅した絵が美しすぎる件について 10月17日から里帰り公開

  5. 建保2年(1214年)2月4日 栄西が源実朝に茶を進め「喫茶養生記」を献上

  6. 永禄12年(1569年)1月10日 織田信長、上洛

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。