【文化財ニュース11月7日】馬の呪符から卑弥呼時代かもしれない古墳「再発見」まで

【2026年11月7日(土) 神保町のカフェ 朝】

(エミが手帳を広げ、サキが湯気の立つカフェラテを両手で包んでいる)

エミ:「文化財ニュースは京都や奈良や東京が多いけど、きょうは、あえて地方のマイナーな自治体のニュースを四本集めたわ」

サキ:「了解! きょうと明日で終わっちゃうものもあるんだよね。急ぎのやつからお願い」

1 馬の平癒を願う「呪符木簡」、白石城歴史探訪ミュージアムで特別公開(11/8まで)

サキ:「馬の病気を治すための呪符木簡って、なかなかのパワーワードだね」

エミ:「宮城県白石市の飯詰館跡近くで出土した木簡7点の特別公開が、11月6日から白石城歴史探訪ミュージアムの2階展示室で始まったの。11月8日まで、13時から17時、入場無料よ」

サキ:「3日間だけ? 7点は全部、まじないの木簡なの?」

エミ:「うち6点が、まじないの言葉が記された『呪符木簡じゅふもっかん』なの。掘立柱建物の柱穴から見つかっていて、溝跡などからではなく建物跡から出るのは全国的にも珍しいそうよ。白石市にとっては、初の木簡の発見なんですって」

サキ:「何て書いてあるの?」

エミ:「『諸馬病気』などと記されていて、馬の病気平癒を願ったとみられる文言があるの。『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』という定型句も書かれているわ」

サキ:「年代は?」

エミ:「炭素年代測定で、遺構がおおよそ1520〜1660年頃、室町末期から江戸初期とされているの」

サキ:「140年も幅があるんだね。宮城南部のこの時代は伊達氏だから、伊達氏と馬との関係は気になるね」

エミ:「ちなみに北東の柱穴からは桃の種も出ていて、魔除けや疫病除けの信仰とあわせて解釈されているわ」

出典:河北新報/公式:白石市 木簡が出土しました/ミヤギドコイク 企画展「飯詰館跡出土木簡 特別公開」


2 三戸南部氏の聖寿寺館跡で南堀跡と館中心への通路 11/7に現地説明会

サキ:「宮城の次は青森か」

エミ:「ええ。伊達のライバルと言えば南部よ。国史跡の聖寿寺館跡(青森県南部町)は、室町から戦国期に北東北で勢力を誇った三戸南部氏さんのへなんぶしの中心城館よ。9月からの発掘調査で、南堀跡が新たに確認されたの。中世陶磁器、鉄製品、銅製品、銭貨、石製品などが出土しているわ」

サキ:「館の中心へ通じる通路も見つかったんだよね」

エミ:「町教委によると、当主の館跡の南側から館の中心へ通じる通路が見つかって、堀底に踏み固められた痕跡があるの。『奥州街道』につながる動線だった可能性が高いそうよ。南側から中心部への通路が確認されたのは、初めてなんですって」

サキ:「踏み固められた痕跡って、人がたくさん通った証拠なのかな」

エミ:「来年度は調査範囲を広げて、大手門の発見を目指すそうよ」

サキ:「現地説明会は?」

エミ:「11月7日、つまりきょうの午前10時30分から11時30分。参加無料、申し込み不要、雨天決行よ」

出典:青森放送/公式:南部町 史跡聖寿寺館跡発掘調査現地説明会について


3 特別史跡・斎尾廃寺跡で新たな溝を確認 11/8に現地説明会(鳥取・琴浦)

サキ:「特別史跡は遺跡の国宝だよね。鳥取の斎尾廃寺跡って何の遺跡?」

エミ:「斎尾廃寺跡は、白鳳はくほう期の寺院跡として知られる遺跡よ。琴浦町ことうらちょうが10月から実施している今年度の発掘調査で、新たに溝が見つかったのね」

サキ:「溝には『トレンチ42』って書いてあったけど、たくさん掘ってきたことが想像できるね」

エミ:「11月8日(日)の午後1時30分から2時30分まで現地説明会が行われるわ」

出典:公式:琴浦町 特別史跡斎尾廃寺跡の現地説明会を実施します


4 円墳2基が前方後方墳の可能性 兵庫・小野市立好古館で特別展「河合地区のあけぼの」

サキ:「最後は、兵庫の小野市の古墳の話だよね。円墳が前方後方墳かもしれないって」

エミ:「小野市立好古館おのしりつこうこかんの特別展『河合地区のあけぼの―原始古代から中世―』で、従来3基の円墳とされてきた粟生三ツ塚古墳群あおみつづかこふんぐんのうち、1号墳と2号墳が、じつは1基の前方後方墳ぜんぽうこうほうふんだった可能性があるという市の新しい見解が紹介されているの」

サキ:「『三ツ塚』なのに、3基のうち2基が1基になるなら、2基になっちゃうの?」

エミ:「そういうことになるわね。きっかけは今年4月、山本原也学芸員が、航空レーザー測量のCS立体図と等高線図を見て疑問を持ったことなの」

サキ:「CS立体図って、地面の凸凹を色で強調して見せる赤い地図ね。国土地理院地図で見られるんだよね。それで、現地も調べたんだ。さすが地元の学芸員!」

エミ:「ええ。南北に並ぶ両方の墳丘が途切れずにつながっていて、1号墳の一部が直線的で、南西の角が角張っていることが分かったの。過去の盗掘土で円墳に見えていた可能性もあるそうよ」

サキ:「一体だと考えると、大きさは?」

エミ:「全長約35メートルの前方後方墳になると推測されているわ。公式ページは、3世紀前半の可能性にも触れているの。3世紀前半、つまり200年代前半というと?」

サキ:「あっ、きのう公開したばかりのMVで出たけど、卑弥呼が魏に使節を送って(240年)、返礼で鏡100枚もらった頃じゃん!」

エミ:「発掘調査は来年度からみたいだけど、もしも卑弥呼の鏡とされる三角縁神獣鏡が出てきたら、想像するだけで胸が熱いは」

出典:朝日新聞/公式:小野市立好古館 特別展「河合地区のあけぼの-原始古代から中世-」

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