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良寛の書簡展(東京黎明アートルーム)
(展示室を出て、地階のカフェコーナーの椅子に腰掛ける二人。手には入口でもらった手毬)
サキ:「……なんかさ、派手な展示じゃないのに、情報量はすごかったね」
エミ:「うん。しかも、“すごいもの見た!”って興奮じゃなくて、むしろ心拍数が下がる感じ」
サキ:「わかる。ずっと私信を覗いてたからかな」
書簡=日常のログ
サキ:「良寛って、掛け軸の人だと思ってたけど……あんなに“普通の手紙”を書いてたんだね」
エミ:「むしろ話は逆で普通の手紙が掛け軸にされちゃった感じかな。礼状とか、贈り物のお返しとか。“昨日はありがとう”レベルの内容が、軸装されちゃうくらい良寛の書が人気だったってことね」
サキ:「うん。特別な言葉じゃないからこそ、良寛が書いた瞬間の感情がそのまま残ってる」
エミ:「サキちゃん的に言うと?」
サキ:「……未編集のログ……未送信のメール」
エミ:「あー、それだ」
書がうまい、よりも「人が見える」
エミ:「書もさ、“うまい”って言葉で片付けられないよね。思っていたよりもうまかったけど(笑)」
サキ:「線が……ゆっくり。急いでない」
エミ:「人生のスピードが出てる感じ」
サキ:「晩年の手紙とか、線が弱いのに、消えない」
エミ:「削ぎ落とされてるのに、残る」
人間関係が、字に出る
サキ:「キャプションもよかった。字体が違う理由とか」
エミ:「研究者が見ても“資料として貴重”、一般の人が見ても“感情で分かる”」
サキ:「抽象度の高い作品展示の理想形だね」
エミ:「“すごさを説明しない”勇気」
なぜ癒されるのか
サキ:「不思議なんだけどさ。これ、別にポジティブなことばかり書いてあるわけじゃないよね」
エミ:「うん。弱ってる時の字もあるし、体調悪そうなのもある」
サキ:「なのに、見ててつらくならない」
エミ:「たぶんね、取り繕ってないからかな」
サキ:「人生の下書きのまま出してる感じがするね」
書で嘘をつけない良寛
(また会場に戻り、2階の貞心尼宛の書簡を見終えて、少し間を置いたあと)
エミ:「……ねえ、これさ」
サキ:「うん?」
エミ:「どう見ても、恋してるよね」
サキ:(ほんの一拍おいて)
「……あー」
エミ:「線の運びがなんか違う。師匠と弟子って距離間じゃない」
サキ:「いちおう、仏教的には“師弟関係”ってことになってるみたいだけど……」
エミ:「これを生で見ると無理あるわよね(笑)」
サキ:「うん。これだけ書に心がだだ漏れする人だとね」
エミ:「文章は建前でごまかせても、良寛は決まった書体が無くて変幻自在なだけに、書に本心を隠せない」
サキ:「感情が拡張されてしまう書だけにね。普通の人はこんなに書体変えられないから、業務メールがラブレターにはならない」
エミ:「むしろ、恋してることを抑えようとしてることすら滲みでちゃってる」
禁欲と感情の同居
サキ:「面白いのはさ、これが破戒っぽくは全然見えないところ」
エミ:「ああ、わかる。生々しくない」
サキ:「たぶん、打算や目論見も見返りも答えも求めていない、ただシンプルに『好き』って感じてるだけだからかな」
エミ:「恋してるけど、それを認めも、否定もしないし、卑屈でもない」
サキ:「ただ、感情かある。すごいね、こんな書ってあるんだね」
手毬と、静かな余韻
(中野の古いカフェで入場者にもらえる手毬を見ながら)
サキ:「これ、SNSでバスらないけど、そこそこ話題になってたのも、ジワジワしていいね」
エミ:「映えないけど、満足感は高いよね」
サキ:「展示の“余白”が心に染み渡る感じ」
エミ:「この展覧会ってさ、良寛を“偉人”として見せてないよね」
サキ:「一緒に生きてた人だね。今も一緒に生きている人」
エミ:「だからSNSでも心があらわれたって言葉があったんだと思う」
プレイリスト
サキ:「ねえエミちゃん。これ、派手にバズらなくて正解だった気がする」
エミ:「うん。静かに見た人の中にだけ、残るやつ」
サキ:「ログに残らないけど、記憶に残る」
エミ:「それ、最高の展覧会の条件よ。じゃあ、プレイリスト作ろうっか」


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