今週、根津美術館の北宋書画精華を見に行くので、予習メモ。
まず、五馬図巻
2019年の東京国立博物館の特別展「顔真卿」の図録での解説文の引用
白い画面に引いた墨線のみによって、描写対象の質量感、そして生気を豊かに表わそうというのが、北宋時代に知識人たちに愛された「白描」という表現技法の美意識である。李公麟(一〇四九?〜一一〇六)はその第一人者として知られ、人物や馬などをよく描いたという。李公藤筆と伝えられる作品は多いが、本図はその中でも、真筆かつ代表作と認められてきた名品である。巻頭から、西域諸国より北宋に献じられた名馬と馬丁が各紙に 一組ずつ、 計五組並べられる。墨線に
は抑場があり、あるいはなめらかに、あるいはややかすれながら、思いきりよく一本で、もしくは複数本引き重ねられて、対象の真に迫っていく。一紙ごとに見られるられる領質や彩色の程度の違いを、対象に合わせた描き分けとするか、手がけた人物あるいは時期の違いとするかについては検討を要するだろう。
本図の後ろには、黄庭堅が李公麟の馬図を評した跋があり、顔真卿を学んで自己の創意を加えたという堂々たる書風を見せる。 さらに、曾●(糸へんに于)(一〇七三〜一一三五)の跋が合装され、黄底堅が張●(言偏に旬) (字・仲●言偏に莫))蔵の李公麟の馬図に題記したことと、その後、黄庭堅と李公麟の画技について語り合ったこと、そして黄庭堅没後、劉延仲の手に渡っていたその馬図に再会したことを記す。
本図は、南宋時代には宮廷の収蔵にあったと考えられ、それ以降も、元の著名な書画家である趙孟●(兆へんに頁)(一二五四〜一三二二)や柯九思(一二九〇〜一三四三)が鑑賞するなど、画馬の古典として伝えられ、明代には多く模本もつくられたようである。清代に入り、宋犖(一六三四〜一七一四)の収蔵を経て乾隆帝(一七一一〜九九)のコレクションに入った。歴代の皇帝、名だたる文人に愛された稀代の名品といえる。
引用終わり
同図録の「宋の四大家と顔真卿」から引用
唐時代の前半に完成された楷書は理知的で、完璧な出来ばえでした。宋時代になると、社会の変化にともない新しい息吹が芽生えます。科挙に及第して国政に与り、文化を権引する知識人たちは、束縛を嫌い、精神の解放を求めました。宋時代の知識人たちにとって、唐時代の完璧な楷書は近づきがたい存在でしたが、安史の乱の前後に興った情感を発露する書風は、彼らに受け継がれ、さらに発展しました。
宋時代に顔真卿を高く評価した人物としては、欧陽脩(一〇〇七〜七二)があげられます。唐時代に書法を習得することは、禄を干めるための手段でもありました。そのため、唐人は、一点一画の微細な配置にも心を砕きました。一方、欧陽脩は明窓浄机のもとで精良な筆墨を用い、書を心から薬しみました。書は目らの心情を吐露する場であり、書の善し悪しは人格や人間性によって価値づけられると考え、顔真卿の書を理想としました。
(略)
蘇●(車へんに式)の考えは黄庭堅 (一〇四五〜一一〇五)に受け継がれます。黄庭堅はあたかも求道者のように書法の要諦を求め続け、悟りによって新たな境地を見いだしました。書における風韻を重視し、自らの書風を創出して別幟を立て、顔真卿を絶賛しました。
引用終わり
続いて特別展「書聖 王羲之」図録から引用します。
コラム 宋 米芾(べいふつ)
魏晋から唐時代までの貴族文化に代わって、宋時代には主として科挙の試験に及第した知識階級である士大夫が学問芸術を担うようになり、書の表現においても質的な変化がもたらされた。宋時代には、伝統的な書法にとらわれることなく、個人の精神性を重視し行書や草書に自由で個性的な意趣を監り込み、生命惑
あふれる書風が興った。宋人は書というものを、人間の理念を吐露しうる場として認識するようになったということができる。
宋時代の書は 北宋に活躍した蔡襄・蘇軾・黄庭堅・米芾の四大家に代表される。蔡襄は晋人の風韻を尚び、何気ない書きぶりの中にも、精神の躍動する書を標榜した。蘇軾の書は、古法にとらわれることなく、新意を出すことを重視し、自由に筆をふるい自ら「我が書は造意、本より法無し」という書境を目指した。黄庭堅は、唐時代の張旭・懐素の狂草の流れを承ける草書を善くし、晩年には禅学への修養を積んで、求道者のような
厳しさを以って書に取り組み、超脱の書境を目指した。
古今の法書名画を収蔵した米芾は、極めて精到な方法で研究に取り組んだ。米芾の著書には、現在もなお書の研究に益する内容を持つものが少なくない。書に
おいては魏晋を宗とし、王義之・王献之の名前にとらわれることなく、魏晋時代の書の本質を捉えようとして、自ら「平淡天真」という高い精神性を盛り込んだ。米芾の提唱した平淡天真の境地は、 明時代の董其昌らに大きな影響を与えている。
伝統的な書法を継承した蔡襄や米芾はもちろん、蘇軾や黄庭堅も、その理想とするところは王義之の書に代表される、晋人の響きの高い瀟洒な表現にあった。
引用終わり
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