嘉応元年(1169年)3月20日、後白河上皇が高野山への行幸の帰途、福原(神戸市)の平清盛邸を訪れる。
【とある喫茶店 窓際の席】
(エミがカバンから分厚いメモ帳を取り出しながら)
エミ:「ねえサキちゃん、平清盛って聞いてどんなイメージ?」
サキ:「う〜ん……『平家物語』の人! おごれる者は久しからず、みたいな? なんかどんどん悪役になっていくイメージだよぉ」
エミ:「そうそう、そのイメージ。でも今日はね、まだ清盛が”いい人”だった頃の話をしたいのよ。後白河上皇と蜜月だった時期の——」
サキ:「え、あの二人って仲良かったの!? ずっと対立してるイメージしかなかった!」
エミ:「1220年、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡する半世紀前。1169年——嘉応元年の春の話ね」
「血曼荼羅」との再会——高野山行幸の謎
エミ:「嘉応元年(1169年)の3月13日、後白河上皇が高野山に行幸するの。で、帰り道の3月20日に——」
サキ:「行幸って、天皇とか上皇がおでかけすること、だよね?」
エミ:「そう。で、帰り道に摂津の福原(いまの神戸市あたり)にある清盛の邸宅に立ち寄るのよ」
サキ:「へぇ〜! お偉い上皇様が清盛の家に!? それってかなり特別なことじゃん?」
エミ:「すごく特別よ。でもここに伏線があって——実はそこからさらに20年前に遡らないといけないの」
サキ:「20年前……!? どういうこと?」
エミ:「久安5年(1149年)、高野山の大塔が落雷で燃えちゃったの。で、朝廷が再建を決めて、平忠盛——清盛のお父さんね——が奉行に任命された。でも実際の実務は息子の清盛が担ったの」
サキ:「お父さんの代わりに働く清盛……なんか健気だね」
エミ:「そして保元元年(1156年)、大塔がついに完成する。その落慶——完成祝いのこと——のときに清盛が奉納した曼荼羅図が、いまも金剛峯寺に残っているのよ」
サキ:「それが残っているんだ?」
エミ:「そう! 『両界曼荼羅図』。別名を——」
サキ:「別名? なんか物々しい予感がするんだけど……」
エミ:「『血曼荼羅』って呼ばれてるの」
サキ:「ええっ!? 血!?」
エミ:「諸説あるけど、清盛が自分の血を使って描かせたという伝承があるから。ただ当時はそんな怖い名前じゃなかったと思うけどね(笑)」
サキ:「清盛、めちゃくちゃ信仰心が篤かったんだ…… いまのイメージと全然違う」
エミ:「そうなの。で、1169年に後白河が高野山を訪ねてから清盛の福原邸に行くわけだけど——奉納からほぼ13年後よ? まだ色鮮やかな曼荼羅を前に、二人でどんな会話をしたんだろうってワクワクしない?」
サキ:「わかる! 「これ清盛が奉納したんですよ」「すばらしいですね〜」みたいな感じかなぁ。でもそれだけじゃなさそうじゃん、エミちゃんの顔的に」
(エミ、にこりと笑う)
5歳の天皇を退位させた宮廷クーデター
エミ:「鋭い! この会談の本当のテーマは別にあったと思うの」
サキ:「本当のテーマ?」
エミ:「ここがポイントなんだけど——後白河と清盛には、少し前に共通の敵がいたのよ」
サキ:「共通の敵!?」
エミ:「六条天皇(1164〜76年)の側近たち。六条天皇って、なんと生後8か月、数え1歳で即位した天皇なの」
サキ:「うわぁ……赤ちゃんじゃん……」
エミ:「そしてその側近たちが、後白河に院政をさせまいとして対立してたの。個性が強い後白河を排除しようとしたわけ」
サキ:「赤ちゃん天皇の周りの大人たちが、後白河と権力争いしてたってこと?」
エミ:「そういうこと。で1168年、後白河は平家の武力を背景にクーデターに成功して——数え5歳の六条天皇を退位させちゃうの」
サキ:「5歳!? 退位!? かわいそう……」
エミ:「そして後白河の息子(六条の叔父にあたる)、まだ8歳の高倉天皇を即位させて、院政を敷く。で翌1169年、後白河自身も出家して『後白河法皇』になるの」
サキ:「なるほど……だから1169年の高野山行幸は、出家直後のタイミングなんだ。それで清盛の家に訪ねていった本当の理由って——」
エミ:「そう、六条天皇を退位させることに協力してくれた清盛へのお礼と、密約よ」
サキ:「密約……! どきどきする。何を約束したの?」
エミ:「3年後の1172年にわかるの。高倉天皇が、清盛の娘・徳子(とくこ)——のちの建礼門院——を中宮、つまり正妻に迎えるのよ」
サキ:「あ——!! それって清盛が天皇の義理のお父さんになるってこと!?」
エミ:「そういうこと。後白河は平家の武力を使いたい、清盛は娘を天皇の妃にしたい——利害が一致してたのよ。高野山の曼荼羅の前で、二人は笑顔で話しながら、着々と未来を決めてたんだと思うとゾクゾクしない?」
サキ:「ゾクゾクするぅ〜……! でもそれが後の平家の驕りにつながるんだよね」
エミ:「そう。義理の父として権力を握った清盛ら平家一門が驕っていって……最終的には清盛による福原への遷都強行、そして平家打倒の機運へ。『平家物語』のクライマックスに向かっていくの」
サキ:「1169年の密談が、全部の始まりだったんだ。なんか、あの曼荼羅図、ただの美術品じゃなくて歴史の証人って感じがする……」
エミ:「そうなのよ! 金剛峯寺の『両界曼荼羅図』、今度機会があったら見に行きたいよね」
サキ:「行きたい!絶対行こ!」
おまけ:プレイリスト会議
(二人、アイスコーヒーとミックスジュースを飲みながら)
サキ:「じゃあ今回のプレイリスト、私から。YOASOBIの『怪物』かなぁ」
エミ:「あっ、それ私も推したかった」
サキ:「なんか、後白河も清盛も、この頃はまだ”普通の人間”として正当な目的があって動いてたじゃん。でもそれが積み重なって、いつの間にか”怪物”になっていく感じが……歌詞の世界観とリンクした気がして」
エミ:「あ〜……わかる。善意と利益が絡み合って、気がついたら手遅れになってる感じよね」
サキ:「エミちゃんは?」
エミ:「私はAimerの『蝶々結び』。蝶々結びって、引っ張れば解けてしまう結び方でしょう。後白河と清盛の関係って、まさにそれじゃない? 蜜月に見えて、ちょっとしたきっかけで一気にほつれていく……」
サキ:「うわぁ……詩的〜! エミちゃんらしい選曲だ」
エミ:「あとはね、藍井エイルの『IGNITE』も入れたい。高野山の大塔が燃えた話から始まったじゃない? 炎から再建して、そこから新しい歴史が動き出す感じで」
サキ:「いいね! テンションが合ってる!」
🎵 **今回のプレイリスト**
1. YOASOBI「怪物」——善意と野望が絡み合い、怪物へと変わっていく者たちに
2. Aimer「蝶々結び」——蜜月の関係に潜む、解けやすい結び目
3. 藍井エイル「IGNITE」——炎と再建、そして歴史を動かす野心の点火
エミ:「というわけで! 今日は1169年の高野山行幸と福原での密談のお話でした」
サキ:「なんか後白河と清盛のマブダチ感が……その後の展開を知っているとじわじわくる」
エミ:「歴史の人物って、最初から悪役でも敵でもないからね。人間関係の変化を追うのが、歴史の面白いさよ」
サキ:「次は厳島神社の話も聞きたい! 1169年頃に完成してたんでしょ?」
エミ:「もちろん! 清盛と厳島の関係も、ドラマチックなのよ〜。それはまた今度ね」
サキ:「絶対だよ! 約束!」
(二人、ミックスジュースとアイスコーヒーでカチン)


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