名古屋城天守閣木造は、エレベーターの設置の有無が焦点みたいに報道されてきました。
が、実際は手続きそのものが国民の財産である史跡(名古屋城の場合は特別史跡)を守っていくことを付託された名古屋市が、観光客を増やすという目先の利益のために、「数十年後、100年後の遺跡の価値なんて知らない」という姿勢でいることが最大の問題です。
ようやく、地元の中日新聞がその問題点をずばりと社説で指摘しました。(2018年7月4日)
名古屋城天守閣の木造再建で「忠実な復元」を訴える河村たかし市長はエレベーター設置を拒否している。だが、巨額な税を投入する公共施設だ。このままで本当に市のシンボルになり得るのか。
河村名古屋市長は二〇〇九年、耐震を理由に天守閣の木造再建を提起。一七年三月に市議会が基本設計費などの予算案を可決し、五百五億円の巨大事業がスタートした。市長は一七年四月の市長選でも木造化を争点の一つに掲げ、「天守閣には実測図があるから強烈な本物性がある」と、史実に忠実な復元にこだわる理由を訴えた。
確かに、一九三〇年の国宝指定直後の実測図や写真が戦災を免れ、「忠実に復元できる唯一の城」との専門家の意見もある。
選挙戦で市長は「百年で大抵、国宝になります」と述べたが、あくまで実測図に基づく「木造新築」である。築城時の天守が現存する姫路城などの国宝と同様に価値を論じるのは無理があろう。
旧天守は空襲で焼失。市民が費用の三分の一に当たる二億円を寄付し、「二度と燃えないように」との思いを込め、一九五九年に鉄筋コンクリートで再建した。
確かに、市長だけでなく議会も木造復元を認めた判断は重い。だが、有識者による「石垣部会」は「江戸時代から残る価値ある石垣を、復元で傷める恐れがある」と警告。復元の許可権限を持つ文化庁も、それを重くみている。
事業費は完成後の入場料収入などでカバーできると主張する市長は「百億円を寄付で」と呼びかけるが、まだ二・二億円余。焼失天守再建時のような熱き思いは市民に共有されているだろうか。
市長は五月末、はりや柱が忠実に復元できないとして、エレベーターを設置しない方針を表明。障害者団体は抗議のハンストを行い、「高齢者や障害者など誰もが登れる名古屋城に」と訴えた。市長提案の、搭乗可能なドローンなど十一の「新技術」は現実味に乏しく、むしろ反発を強めた。
現在の法律では火災対策のスプリンクラー設置なども必須であり、「忠実復元を理由にエレベーターだけ排除するのはおかしい」とする障害者らの訴えは、すこぶる合理的な問題提起である。
市民の不戦平和への思いが詰まった現在のコンクリート製天守には、文化庁も言うように「本物」の価値がある。あえて「本物」を壊して造る-。その意味をいま一度、十分かみしめるべきだ。
木造で再建した天守閣というと、岐阜県郡上市の郡上八幡城、静岡県掛川市の掛川城などがあります。それぞれ、訪れると木造の天守閣の中は、現代とは違うタイムスリップ感を味わえます。それはあると思います。
とはいえ、木造だから本物、コンクリートだから偽物というのは、まったく理論的に間違った考え方です。
ちまたにある住宅で、木造は本物、ヘーベルハウスは偽物といっているのと同じです。
名古屋城は精密な実測図がある!と主張する人もいますが、文化庁(の有識者委員会)は、名古屋市にはその実測図を精密に読み込んで、それを3D復元できるだけの研究をしていないと断じられています。つまり名古屋市の勉強不足、準備不足。
木の香がすると本物っぽいと感じるのは事実あると思いますので、それでしたら、現在の鉄筋コンクリートの内装にひのきを貼れば、十分に観光客がその気分になることはできるでしょう。
本来は、そんなの程度の雰囲気作りのために、本物の石垣や堀などの遺跡を毀損したり、地震への対策を怠って崩壊する、なんてことないように対策を事前に施して、後世に本物の遺跡や建物、文化を残すのが市長や公務員などの公の立場のしごとのはずです。
この社説については、もちろんいろいろな意見が出ています。
代表的な賛成意見は、名古屋城の文化財的な価値を守ることを重視するべきではないかと市の対応に問題提起している千田教授。
『中日新聞』社説つづき。そして現在の鉄筋天守にこそ「本物」の価値があり、それを壊して「木造新築」を造る意味を厳しく問うています。これまでの問題点を網羅し、考えるべき方向性を適確に示した明快な社説。『中日新聞』すごいです。執筆された方にお目にかかりたいと思いました。
一方、批判的な意見も。
この方はご自分で、納得いかない部分と納得のいく部分を整理していらっしゃると感じました。
単に「木造だから本物。コンクリは偽物」という市長らが主張するシンプルな二項対立ではなく、空襲で燃えた天守に変わるものとして「燃えない鉄筋コンクリート」を選んだ当時の考えも尊重しつつ、現代では「2度と燃えない」ではなく「2度と消えない」という考えで、木造天守再建を目指すべきではというご意見と読み取りました(間違っていましたらすみません)。
このように、築城以来の名古屋の歴史を見据えて、名古屋城全体をどのように伝えていくかという議論の末に、「木造再建」という結論が出れば、こんなことにはならなかったのではないでしょうか。
東京五輪に来る外国人を呼びたいと(さすがに2020年は無理として22年に今は修正しましたが)いう短絡的な考えで始まり、人の意見を聞かずに結論付けたことがすべての問題点です。
ほぼ同じ時期に、静岡県熱海市が古い公共施設に聴覚障害者が泊まろうとしたら、手話ができる人がいないからと宿泊を断ったことがありました。
これは「障害者差別解消法」の趣旨に反することとして、市が謝罪しました。
静岡県熱海市立の青少年宿泊施設「姫の沢自然の家」が今年1月、聴覚障害者の団体宿泊の申し込みを「安全が確保できない」として断っていたことが、同県聴覚障害者協会への取材でわかった。市教委は「障害者差別解消法の趣旨を理解していなかった」と同協会に謝罪した。
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宿泊を希望したのは全日本ろうあ連盟青年部。7月14、15日に聴覚障害者約100人が宿泊研修の予定だった。1月に手話通訳者を介して施設の空き状況を電話で問い合わせたところ、付き添いの有無などを聞かれ、「聴覚障害者のみ」と告げると、「他の専用の施設を利用してください」と断られたという。同協会から相談を受けた県は「障害を理由に断ったと受け止められた」として、市に対応を指導。市教委が2月、同協会に「対応した職員が障害者差別解消法を知らず、配慮が足りなかった」と謝罪した。
姫の沢自然の家の所長は取材に、「施設はバリアフリーでなく、職員は手話ができない。災害時などに十分な避難誘導ができないと考えた」と話した。
朝日新聞から引用
インターネットではいろいろな意見があるので、こうした障害者の主張に対して「ゴリ押しだ」などと主張する声があがります。意見を出すのは自由なのですが、法治国家である以上、法律ができているからには、とりわけ公の行政機関はそれを率先する必要があることは言うまでもありません。(民主主義ですから、この法律が本当にいやならばこれに反対する国会議員を増やして廃止なり改正する方法があります)
下の意見に共感しました。
聴覚障害者団体の宿泊や飲食の予約拒否問題、ネットでは「対応に自信がないなら断ったのに抗議されるなんて…」って意見をよく見ますが、聞こえない人は聞こえる人のなかで日々暮らしているので、聞こえなくてもどうにかする事には慣れてたりするんで、門前払ではなく対話して欲しいな、と思います。
一方、「ゴリ押し」などと主張するネット上の意見は、きちんとした論を展開しているふさわしいツイートが見当たらないので、引用しません。
名古屋市の場合のエレベーター設置についても、中日新聞が指摘するように、いくら見た目がかつての本物と似ていても(今のも、窓のサイズなど一部をのぞき、だいたい本物と同じデザインです)、「新築レプリカ建物」である以上、市が率先して、既存の法律である「障害者差別解消法」に違反した、新築建造物を建てることが許されるのか。ふつうは許されませんよね。
観光目的のためになら、なにをやっても許されるというのは。禁煙法案も、好き嫌いがはっきりしていますが、名古屋城新築天守閣にエレベーターなどバリアフリー化をしないことは、名古屋市が「市長が好きだから、市役所内は喫煙可能にします。昔はそうでしたし」と主張するようなものです。
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