定家は「ボカロP」で「なろう作家」だった?!「国宝熊野御幸記と藤原定家の書展」後に定家の和歌を詠むと意外なことが浮かぶ!

【日曜日の夕暮れ 三井記念美術館のある日本橋の街角】
(カフェを出て、少し肌寒くなった通りを歩く二人。エミが不意に足を止め、サキの方を振り返る)

エミ:(少し照れくさそうに、上目遣いで)「ねえ、サキちゃん。……このまま帰るの、ちょっと名残惜しくない?」

サキ:「えっ?」

エミ:「もしよかったら……うち、寄ってく? 展覧会の図録もゆっくり見れるし、美味しい紅茶、いれるから」

サキ:「!! 行く! 行くいく! エミちゃんのお家、久しぶりだぁ〜!」
国宝「熊野御幸記」は800年前のデスマーチの「旅ログ」だった 藤原定家の中間管理職の叫びを聞け!
【エミのリビングルーム】
(エミが紅茶の支度をしている間、サキはいつものように壁一面の本棚を眺めている)

サキ:「相変わらずすごい本棚だなぁ……。あ、さっき見た『定家ていか』さんの本、あるかな? ……ん? あった!」

(サキが抜き出したのは、村尾誠一著『藤原定家』(コレクション日本歌人選)(2011年)だった)

村尾誠一著『藤原定家』を読む

サキ:「『コレクション日本歌人選』……? ねえエミちゃん、この本はどんな内容なの? さっき買った図録とは違うの?」

エミ:(ティーカップを運びながら)
「ああ、それね。それは笠間書院から出ているシリーズ本で、定家の生涯を代表的な50首の歌でたどる、入門書よ。
さっきの展覧会は『書(文字)』と『日記(記録)』がメインだったけど、その本は彼の本職である『文学者』としての側面にフォーカスしてるの」

サキ:「へぇ〜! パラパラめくってみたけど、見開き2ページで一つの歌を解説してて、すごく読みやすそう!」

エミ:「そうなの。若い頃の尖ってた時期から、晩年の悟りきった時期まで、時系列で彼の歌風が変わっていくのがわかるわよ。……でもね、サキちゃん」

サキ:「ん?」

エミ:(ソファに座り、少し気まずそうに視線を逸らす)
「実は私……歴史的な事実は好きなんだけど、肝心の『和歌』の良さが、いまいちピンときてないのよね」

サキ:「ええっ!? エミちゃんが? なんでも知ってるのに?」

エミ:「言葉の意味はわかるのよ。でも、そこに込められた文学的な美意識が、感覚として掴めないというか……。
だから、その本も買ったはいいけど、実はまだちゃんと消化できてないの」

サキ:「ふーん……(ニヤニヤ)。完璧日本史超人のエミちゃんにも弱点があったんだ」

エミ:「うっ……。だ、だから! よかったら一緒に勉強しない? サキちゃんみたいな感性豊かな子と一緒なら、私も定家の『美』がわかるようになる気がするの」

サキ:「えー、しょうがないなぁ♡ いいよ、付き合ってあげる! その代わり、お茶菓子追加ね!」

ロックすぎて理解されない若き日の定家

エミ:「ありがとう、サキちゃん(デレ)。
じゃあ、まず若い頃の定家を見てみましょうか。この本によると、若い頃の彼の歌は『達磨歌だるまうた』って呼ばれて、世間からバカにされてたらしいわ」

サキ:「だるま? あの転がすやつ?」

エミ:「そっちじゃなくて、禅宗の達磨大師の教えみたいに『何を言ってるのかさっぱりわからない』って意味の悪口よ。
あまりに幻想的で、言葉が飛躍しすぎてて、当時の頭の固いおじさんたちには理解不能だったのね」

サキ:「へぇ〜! さっきの『悪筆』もそうだけど、定家さんって若い頃から『我が道を行く』タイプだったんだね。なんかロックだなぁ」

エミ:「でも、その『わけわからなさ』こそが、新しい美しさだったの。
この本の解説によると、定家はただ難しい言葉を使ったんじゃなくて、現実の風景を超えた『妖艶な美』を表現しようとしてたのよ」

サキ:「ふむふむ。さっきの日記でブーブー文句言ってた人が、頭の中ではそんな綺麗な世界を描いてたなんて、ギャップ萌えだね」

エミ:「本当よね。……ねえ、サキちゃんはこの本を読んでみて、定家のどんな歌が気になる? パラパラめくって、直感でいいから教えて」

サキ:「えっ、私? 和歌のことなんて全然詳しくないよ?」

エミ:「ううん、知識じゃなくていいの。サキちゃんは言葉の選び方とか、歌のセンスがあるから、変に理屈っぽい私よりずっと本質を掴んでる気がするの。だから、サキちゃんがどの歌にビビッとくるのか、聞いてみたいな」

サキ:「えへへ、そんなに褒められると照れるなぁ……。じゃあ、ちょっと見てみるね」

(サキは真剣な顔つきでページをめくり始める。しばらくして、あるページで手が止まる)

サキ:「……あ、これ。なんか、すごく情景が浮かぶかも」

エミ: 「どれどれ?」

サキ: 「『わすれぬや さはわすれける我が心 夢になせとぞいひてわかれし』(拾遺愚草)」

エミ: 「おお……。『あなたは忘れてしまったのだろうか。いや、忘れてしまったのは僕の心の方だった。あなたから別れを切り出されると辛すぎるから、いっそ夢だったことにしてくれと言って別れたのは僕のほうだったのだから』って感じね……。 いきなり激熱な歌を選んだわね。確かに、今のボカロ曲の歌詞みたいにドラマチックだわ」

サキ: 「でしょ? さっきエミちゃん、『定家ボカロP説』をあげてたけど、本当にそうかも(笑)。あとはね、これもどうかな? 『問はばやな それかとにほふ梅が香に ふたたび見えぬ夢のただ路を』」

エミ: 「ふむふむ。『教えてくれ、二度と逢えないあなたと会える夢につながるただ一本の道筋を』って感じかな……。 定家って20代後半に物語(ファンタジー)を創作していた時期があるんだけど、その世界観が詠まれた、壮大で中二病的な歌ね。やっぱり定家はボカロPであると同時に、『なろう作家』の元祖だったのかも」

サキ: 「なろう作家(笑)。あと、これも面白いかも! 『旅人の袖ふきかへす秋風に 夕日さびしき山のかけはし』(新古今和歌集)」

エミ: 「あっ。これ、有名な歌よ。でも……」

サキ: 「うん。今日もしも『熊野御幸記』を見てなかったら、この歌って旅の歌だから、『ああ、熊野を旅した時の寂しい気持ちかなぁ』ってくらいに思ってたかも。でも実際は……」

サキ・エミ: 「こんな風情のある旅じゃなかった!!(笑)」

エミ: 「えーと、本の説明を読むと、これは実際の旅じゃなくて、中国の古い絵画や物語世界をテーマに詠んだものみたいね。年代も熊野への旅(1201年)より早い、建久七年(1196年)に詠まれたもの。実際の『山の旅(デスマーチ)』を知らないで、雰囲気だけでカッコよく詠んだと考えると……その後のリアルを知ってる私たちは、思わず笑っちゃうわね」

サキ: 「だよねぇ。過酷な熊野の旅の実態を知ったあとに詠んだこの歌と合わせるとじわじわくるよ。 『袖に吹け さぞな旅寝の夢も見じ 思ふ方よりかよふ浦風』(新古今和歌集)」

エミ: 「すごい! これ、熊野の旅の翌年、建仁二年(1202年)の歌なのね。 同じく『袖に風が吹く』歌なんだけど、『旅の最中は辛すぎて夢すら見られないから、せめて懐かしい京都の方から風よ吹いてくれ』って……。切実さが全然違うわ」

サキ: 「こうやって背景を知ると、和歌ってけっこう面白いねぇ」

エミ: 「この本の後ろにある定家の年表を見ると、驚くべきことに熊野の旅のことが載っていないのよ。和歌の世界では歴史的に重要な熊野詣が軽視されていたのかもしれないわね。日本史と日本文学って、那智の滝より高い断絶があるってのは有名だけど(笑)」

サキ:「そんな絶壁があるの?知らなかった」

エミ:「ま、まぁ、それは置いといて。あの日記の『愚痴』と、この歌集の『美』。この二面性を知ると、定家という人間がもっと立体的に見えてきたわ。それにしても、サキちゃんの歌のセレクトが良いのよ。まるで『令和の新古今和歌集』の撰者、つまり令和の定家ね」

サキ: 「えへへ、そんなにおだてても、エミちゃんへの素敵な恋歌なんて作れないよ?」

エミ: 「ッ……!?(サキの恋歌発言に動揺して)」

サキ: 「あれ、エミちゃん顔赤くない?」

エミ: 「あ、あ、あとっ! この本の後ろに載ってる、昭和48年の唐木順三さんのエッセイが収録されているのもすごいのよ!」

サキ: 「昭和のエッセイ?(急に話変わった?)」

エミ: 「『古京はすでにあれて新都はいまだならず』っていうタイトルなんだけど。 定家が生きたのは、貴族の世が終わって武士の世になる、まさに乱世。そんな『無常』の中で、彼がなぜあんなに頑固に、芸術至上主義を貫いたのか……その魂の叫びが書かれているわ」

サキ: 「うわぁ、なんか深そう……。ねえエミちゃん、それ朗読してよ」

エミ: 「ええっ、私が?」

サキ: 「うん。さっき私が歌を選んだでしょ? 今度はエミちゃんの声で聞きたいなぁ。そしたら私、きっと定家さんのこと、もっともーと好きになれると思う」

エミ: 「……もう、サキちゃんには敵わないなぁ。 わかったわ。今夜は朝まで『定家漬け』よ。覚悟してね?」

サキ: 「望むところです! お姉様!」

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