世界の警察官の悩み『イラク・アフガン戦争の真実ーゲーツ元国防長官回顧録』

アメリカの「イラク戦争」と「アフガニスタン戦争」は今も続いているのだろうか?
どちらも万単位のアメリカ軍が駐留し、戦死者も出ている泥沼状態が続いている。完全に終わったと考えている人は世界中でいないだろう。

このアメリカの2つの大規模戦争に取り組んだ国防長官ロバート・ゲイツの回顧録『イラク・アフガン戦争の真実』(朝日新聞出版、2015年刊)が面白い。
ブッシュ(子)政権とオバマ政権という共和党政権から民主党政権へ政権交代をまたがって国防長官についたのはアメリカ史上初めてという。

これでもかというほどの官僚主義や政治家(政治任用者含む)の軋轢が描かれている。アラブの春をはじめ「民主化」がいかにアメリカの足を引っ張ったか。
それでも、これほど詳細な外交と戦争の記録が、当事者の生の記録として、退任からわずか3年(アメリカでは2014年刊行)で出される民主主義の自由さは、やはり素晴らしいとしか言いようがない。

ゲイツ氏は2006年から2011年まで国務長官つまり防衛省大臣を務めた。
元CIA長官のインテリジェンスオフィサーだ。

驚かされたと同時に納得したのが、対ソ連の情報を担当したゲイツ氏ですら、イラクやアフガンの民族・宗教対立などの各国の状況をよく知らなかったということだ。
開戦したブッシュ、政権交代でチェンジを掛け声にしたオバマたち政治家が、中東の国々のことを知るはずがないと思い知らされた。もちろん日本人もほとんど海外のこと、それどころかアメリカのことすら輪にかけて知らないのだが。

管理ミスから誤って核ミサイルをつんだ爆撃機が警備体制なくアメリカを飛んでいたり、ICBMの弾頭(核ミサイルは入っていなかった)が誤って台湾に輸出されたりと、信じられない不祥事(240ページ)も驚かされるが、各国の首脳評もあけすけである。

ロシアのプーチン大統領については
「一部の親しい仲間には話したことがあるが、プーチンの目をのぞき込んだとき私に見えたのは、予想どおり、冷酷非情の殺し屋である」(169ページ)。
と、親しくもない様々な読者にオープンにしていいのかと心配してしまったが、この程度の「暴露」は数ページ繰るごとにでてくる。

韓国の李明博大統領について、「私は李大統領にとても好感を持っている」として、続ける言葉がすごい。「彼は意志が強く、現実的で、かなりの親米派だ(すべてにおいて、前任者の盧武鉉大統領とは正反対だ。盧大統領には2007年11月にソウルで会ったことがあるが、反米派で、少し頭がおかしいと思った。彼には、アジアにおける安全保障の最大の脅威は米国と日本だと言われた)」(433ページ)

現役の同盟国の国防長官にそんなことを言ってしまう大統領も大統領である。言わずもがなだが、現在の韓国大統領文在寅(ムン・ジェイン)は盧武鉉の側近中の側近である。近い未来の北朝鮮を巡るアメリカと韓国の関係も、想像ができる。

李大統領と会ったのは、2010年のシンガポールで、このときの日本は、どちらかというと反米、親中の民主党政権である。日本と韓国は少しずれて「政権交代」となったのは、アメリカにとっては幸いだっただろう。ヒラリー・クリントン国務大臣(外務大臣)は、「ジャパンパッシング」で親中的と思われているが、ゲイツ氏の回顧を読むと、ゲイツ氏とヒラリー氏の関係は非常に良好で、両者とも対中国の封じ込めにやっきになっていたことがわかる。
日本がパッシング(無視)されているのは事実だが、これもイラクとアフガニスタンで両面の戦争、アラブの春がもたらしたエジプトやリビアの危機、中国の海洋進出、イランと北朝鮮の核開発、ウィキリークスによるスパイの名前の公開など、とてもではないが一筋縄ではいかないことが盛りだくさんで、比較的平穏な日本のことはほっておいていいという判断だったことがうかがえる。

オバマやトランプ大統領が、アメリカの軍備拡大への歯止めをかけたように思っていたが、「国防費が連邦支出の全体に占める割合は15%で(アイゼンハワー大統領が軍産複合体について演説されたときには50%を超えていた)、第2次世界大戦前から今日までで最も低いことから、国防予算が米国の財政問題に占める割合は高くないと確信した」(571ページ)とのことだ。もちろん支出そのものが大きく増えているのだろうが。

戦争そのものについては、戦争の当事者だけに、卓見、名言が多い。

「戦争はいかに予想がつかないものかということだ。最初の爆弾が落とされてしまうと、チャーチルが述べたように、政治指導者は自制心を失ってしまう。そして、出来事が事態を支配するようになる。戦争はどれも、すぐに終わるという想定のもとで始められるようだ。しかし歴史をさかのぼってみると、ほぼすべての戦争で、その想定が間違っていたことがわかる。イラクとアフガニスタンでも、やはりそうなった」
「我々が軍事的な関与ー戦争ーを始める時点で、敵や現場の状況について恐ろしく無知な場合がほとんどであることにも気付かされた。我々は、イラクに侵攻してイラクを制したとき、イラクがどれほど崩壊しているのか知らなかった。(略)アフガニスタンでも、部族、民族、陰の実力者、村や地方の対抗意識といった複雑な様相について、我々の無知ははなはだしかった」(614ページ)
「戦争は、手を引くよりも手を出すほうがはるかに容易である。(略)国防長官として過ごしたことで、以前から抱いていたある考えが確信になった。それは、ここで指摘してきた幾多の現実とは裏腹に、過去数十年間、米国の大統領は海外のやっかいな問題に対してすぐ銃に手を伸ばすー軍事力を行使するーことが多すぎるということだ。近年の大統領は、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領を見習っていない可能性がある。(略)アイゼンハワーの大統領在任中には、ひとりの米兵も戦闘中に殺されなかった」(615、616ページ)

この回顧を読むと、これから起こると懸念されている米中の「冷戦」は、実は悲しくも理想的な世界なのかもしれない。ただ、そんな大国のパワーバランスゲームを許さない動きが、皮肉にも「民主化」や「資本主義」で世界各地で産まれ、テロや民族主義、宗教主義という形で炎となっている。

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