【書評】輝ける、そして迷惑な老人列伝『くそじじいとくそばばあの日本史』(大塚ひかり著)

大塚ひかり『くそじじいとくそばばあの日本史』(ポプラ新書)を読了。
大塚ひかりさんは、『エロスでよみとく万葉集』など、日本の古典をエロを切り口にした見方で新たな魅力を与える古典エッセイスト。

エクストリーム老人列伝

2020年10月刊行のこの新著は、「くそじじい」と「くそばばあ」という斬新な切り口で話題になっている。なにも老人をディスるのではなく、「くそ面白い」「くそうまい」など、<くそ>は「すごい」や「エクストリーム」というポジティブな形容詞である。

1961年生まれで「私自身、数えで還暦となって思うに、超高齢社会となった今、こういうくそ爺婆のパワフルさこそが求められているんじゃなかろうか、と。」(前書き)言うように、現代の高齢日本人への讃歌でもある。

忖度なしの情報伝達には老人の語りが必要

<歴史物語はなぜ老人による語り形式なのか>(36ページ)の問いに対して、『「高齢者の昔語り」という設定によって「歴史の真実」を暴露できる』との答えを示す。

正統な歴史研究では、同時代史料と後年の史料だったら前者の記述を信頼してしまうもの。だが、同時代に書くには、やばすぎることは後世になって、老人の口を使って語らせることで、かえって「リアルタイムでは権力者に憚って筆にできなかった話題や世間の思いを伝えることが可能になった」(39ページ)。

また、柴田勝家の死に際の描写が伝わっていることについて、イエズス会の史料などをあげ、年老いた女が「記録係」として選ばれていたことを示し、「戦記物などに、滅びた人たちの会話がまるで見てきたように描かれているのがかねがね疑問だったのですが、彼らはこの老女のような語り部を用意していたのか、と目から鱗でした」とする。面白い指摘だ。

<平安・鎌倉時代のアンチエイジングばばあ>の章も、著者ならではの日本史の見方が示されて非常に興味深く読んだ。ほかにも鬼婆は認知症の可能性や、老人の孤独死とからめる話も、視点が面白い。

この手の新書は、日本史の偉人で知るビジネスの秘訣的なものが定番であるが、現代の老人たちにも役立つ歴史の知恵としては、「お金があればこそ、女が抑圧されていた時代にも、人に隠れながらこうした暮らしができたともいえる。世間の常識に迎合せず、自分の稼ぎで自分の生き方を貫いた”かみさま”、本当にかっこいいです。」(147ページ)となる。

要は資金力があってこそ、老人は好き勝手にわがままに生きられるのである。身も蓋もないが。

LGBTについてのジェンダー史研究上に重要な指摘も

著者が「エロス」の視点から日本の古典を読みあさったことにより、日本のジェンダー研究にも、大きな助けになるのではと思わせる記載がある。
「日本の古典文学には男性同性愛者は山ほど描かれていますが、女性同性愛がはっきり描かれるのはこの作品と、鎌倉時代の『我が身にたどる姫君』があるくらいです」(147ページ)との指摘だ。<この作品>とは、井原西鶴『好色一代女』巻四「栄耀願男」のこと。

なにごとも、あるものをリスト化することは比較的簡単だが、ないことを証明するのは難しい。女性同性愛者の日本古典作品が2作しかないと言い切れるのは、著者の渉猟歴の自信ゆえだろう。
なかなかこのレベルに達するのは、研究者であっても難しいはずだ。

筆者から感想をいただいた、ありがとうございます。

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