21世紀の芥川賞すべて読む 青来有一「聖水」と堀江敏彦「熊の敷石」を令和になって初めて読んだところ

すでに「芥川賞ぜんぶ読む」という企画の本が出版されているので、私は「全部」の範囲を21世紀限定にして、ぜんぶ読みます。

コンテンツ

2作同時受賞

21世紀最初となる第124回芥川賞(2000年度下期、2001年1月発表)は、青来(せいらい)有一氏の「聖水」と堀江敏幸氏の「熊の敷石」の2作同時受賞となった。半年ごとの芥川賞で、この回はなんと3期連続2作品同時受賞(1年半で6作)。この回の選考では、さらに「三作同時受賞もOK」と主催者(財団法人日本文学振興会ほぼイコール文藝春秋)から選考委員に提示されたとのこと。同時に発表される直木賞も2作品同時受賞だった。ちなみに2001年には選抜甲子園で「21世紀枠」が始まっている。

世紀のはじまりで大盤振る舞い?とうがった見方をして、読んだ両作の感想だが、いずれもそれなりに満足な読書だった。「聖水」はストーリーが山あり谷ありで単純に面白い。長崎の潜伏キリシタンがテーマになっているので、2018年に世界遺産になったあとに、読んだ(2020年現在)ことで、テーマへの興味と関心が強かったという事情もあると思う。一方、「熊の敷石」は「単なるヨーロッパ旅行エッセー」との酷評もあったため、あまり期待していなかったが、これがなかなか面白い。ストーリーというよりも、背景の世界史(ヨーロッパ史)についての叙述で、「へぇ」が多かった。

長崎の潜伏キリシタンにまつわる話し

21世紀最初となる第124回芥川賞(2000年度下期、2001年1月発表)は、青来(せいらい)有一氏の「聖水」と堀江敏幸氏の「熊の敷石」の2作同時受賞となった。半年ごとの芥川賞で、この回はなんと3期連続2作品同時受賞(1年半で6作)。この回の選考では、さらに「三作同時受賞もOK」と主催者(財団法人日本文学振興会ほぼイコール文藝春秋)から選考委員に提示されたとのこと。同時に発表される直木賞も2作品同時受賞だった。ちなみに2001年には選抜甲子園で「21世紀枠」が始まっている。

世紀のはじまりで大盤振る舞い?とうがった見方をして、読んだ両作の感想だが、いずれもそれなりに満足な読書だった。「聖水」はストーリーが山あり谷ありで単純に面白い。長崎の潜伏キリシタンがテーマになっているので、2018年に世界遺産になったあとに、読んだ(2020年現在)ことで、テーマへの興味と関心が強かったという事情もあると思う。一方、「熊の敷石」は「単なるヨーロッパ旅行エッセー」との酷評もあったため、あまり期待していなかったが、これがなかなか面白い。ストーリーというよりも、背景の世界史(ヨーロッパ史)についての叙述で、発見が多かった。

潜伏キリシタンと奇跡の水「聖水」

まずは、青来有一氏の「聖水」。
ストーリーの概略はこんな感じだ。長崎市でスーパー「大羽ストア」を経営する55歳の父が末期がんになり、最後は子どものころに住んでいた浦上天主堂を見下ろす高台の廃屋に、夫婦と子どもの計4人が引っ越してくる。この高台は潜伏キリシタンの集落だった。
主人公「ぼく」秀信は25歳、父のあとを継ぐべく銀行を辞めて関連会社のリサイクルショップで働いている。
このリサイクルショップを経営し、最近、父からスーパーの経営陣に中継ぎの後継者として招かれたのが、父のいとこの「佐我里」という長髪の男性。佐我里は、
「聖水」というブランド名で天然水を販売している。カリスマ性のある佐我里の周囲は、新興宗教化しており、末期がんの父も「聖水」を奇跡の水として愛飲している。この宗教的グループは、潜伏キリシタンの信仰を取り入れ、唱えていた呪文「おらしょ」の復興をしようとしている。
宗教に全く関心のなかった猛烈スーパー経営者が死期を知り、宗教にはまっていく様子を、それほど批判的でなく、シンプルな死生観として描く。父の「生きていくには信心はいらないが、死んでいくには信心がいる」との台詞がそれに象徴される。
自分がつくった大羽ストアを信頼するいとこに任せ、ゆくゆくは息子につがせる――父はこうした死後を思い描き、この世に未練なく、命を燃やし尽くそうとした。ところが。。。鳴り響くオラショ。。。
振り返れば、とくにひねりもない気もするが、エンタメ映画のように、ちゃんと山と谷があるので、しっかり読み終えた感がよかった。

著者の青来氏は本名中村明俊。両親は被爆者で、芥川賞受賞当時も長崎市役所の職員で、その後も市職員を務め、平和室長や長崎原爆資料館長を経て、2019年に定年退職して、長崎大の客員教授となっている。

オラショはこんな感じのお経とキリスト教のREMIX。

2000年に発表されたこの作品は、1995年のオウム真理教地下鉄サリン事件で、新興宗教への恐れが社会的に広がっていた時期。また、バブル崩壊後の経済で、エコショップやリサイクルショップが興隆したこと。2000年に書籍化された「エンデの遺言」の地域通貨などの要素も入っている。エンデは、「モモ」や「果てしない物語」の小説家ミヒャエル・エンデのこと。

まとめると

テーマ 死について
世界遺産 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(ただし2018年指定)
評価は星3

堀江敏幸氏の「熊の敷石」

主人公「私」は日本人男性でフランス語翻訳家。筆者がモデルであろう。
ストーリーの概略は、私がフランス留学中に友人となったユダヤ系の写真家ヤンに数年ぶりに会うために、海沿いのノルマンディー地方を訪れた数日のことをとりとめも無く、風景描写とともに描く。
ヤンは数か月労働して残りを各地で写真を撮って歩く「無職」の男。戦後生まれのユダヤ人の彼は、強制収容所を生き延びた祖母を持つが、そのことについて祖母はずっと話さないまま最近死んだ。直接肉親から悲劇の歴史を伝えられなかったヤンは、その後、さまざまな形(収容所体験者による小説など)で知ったことを、主人公への何気ない会話のなかで明かしていく。
アンネフランクになぜ逃げなかったのかと、批判的な意見をヤンに言わせるなど、フィクションでないとできない表現がある。これはその後の東日本大震災後の被災地に「なぜ残るのか。なぜ戻るのか」と、現実では言ってはいけないことにもつながると感じた。こうした「不謹慎警察」への風刺があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
また、がっちり書かれている「フランス語辞典」を書いた人物の評伝も普通に面白い。フランスはカトリック、ドイツはプロテスタントとするのが、おおまかな考えだが、フランスのプロテスタント・ユグノーが出てきて、「ユグノー戦争」という用語もあったなと懐かしく思い、Wikipediaの項目を見ると、ぶっちゃけこっちのほうが面白い。ユグノーは蔑称らしい。

引用的に紹介されるホロコーストなどの事件とは違い、物語上の「現実世界」(変な言い方だが)の最大のショッキングな出来事が「虫歯」という、ストーリーとしてはとくに山もオチもないので、つまらないと感じたら、たしかにつまらないだろう。芥川賞でなければ、果たして読んだだろうか、とも思う。そもそも山がないのでオチもないとも言えるが、終わり方は「夢オチ」に近い。ただ2020年前半の受賞作「背高泡立草」を読み終えたがっかり感はなく、全体的にあぁ面白かったとは思った。
著者の堀江氏はフランス文学者で、受賞当時明治大学助教授。その後、教授、出身の早稲田大に移り、文化構想学部の教授。芥川賞の選考委員も務めている。ゼミの教え子には2013年に直木賞受賞の作家の朝井リョウ氏がいるという。

まとめると

テーマ 旅
歴史的テーマ ホロコースト フランス史 プロテスタント
世界遺産 モン・サン・ミッシェル
評価は星3


 

 

次は、第125回芥川賞受賞 玄侑宗久「中陰の花」です。

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