【国宝】「絵因果経」奈良時代に描かれたブッダのマンガ版伝記 所蔵先の東京藝大で公開

国宝「絵因果経えいんがきょう」 (奈良時代 8世紀、東京藝術大学蔵)
国宝「絵因果経 巻4下」(東京藝術大学蔵)が、東京藝術大学大学美術館(上野)で開催されている特別展「日本美術をひも解く 皇室、美の玉手箱」で展示されています。先日、見に行きました。
お目当ては、宮内庁の国宝(5件、前期後期で入れ替えがあるので、このときは3件)「蒙古襲来図」、狩野永徳「唐獅子図屏風」、「春日権現験記絵」でしたが、東京藝大が誇る国宝(2件のうち1件)の「絵因果経」も見るのを、楽しみにしてきました。というのも、今年、ほかの巻をいくつかほかの美術館で見てきたからです。

絵因果経とは?

絵因果経は、挿絵付きのお経。お経の内容はなかなかビジュアル化するには難しい抽象度の高さから、絵付きというのは少ないものです。しかし、この「絵因果経」は、お経の部分(過去現在因果経)がお釈迦様(ブッダ)の人生を説明する言わば伝記。そのため、絵をつけることの必然性と容易性があったため、作られたのでしょう。

劉宋求那跋陀羅りゅうそうくなばつだらが中国語に訳した漢字のみのお経「過去現在因果経」全4巻がまずありました。「過去現在因果経」は釈迦の前世と入滅後の弟子たちの活躍を含めた仏教興隆の物語からなり、「絵因果経」では、この「過去現在因果経」を8巻として、テキストの部分を下部に、上部にその内容をカラーで描きました。中国でも作られましたが、奈良時代に日本で作られたのが、この国宝「絵因果経」です。

1巻が上下巻で、4巻計8巻

絵因果経は「1巻上」「1巻下」~「4巻上」「4巻下」の計8巻ありました。東京藝大の国宝はそのうちの4巻下です。つまり8分の1。また、奈良時代の8巻を「古因果経」と呼び、鎌倉時代に写された8巻を「新因果経」と呼びます。

「古因果経」は断簡になったものも含めて4巻分計5巻(3巻上が重複)が現存しています。ただ、奈良時代に1セットだけ作られた、というわけではなく、ほかのお経と同じく、写経生たちによって、いくつか作られたとみられます。ただ、文字のスペシャリスト集団の写経生とは異なり、絵については当時、写経生ほど多くプロの画家がいたとは思えないので、奈良時代においてもそれほど多く作られたのではないでしょう。

どんなストーリー?各巻ごとに紹介

1巻上(1巻目)と1巻下(2巻目)は、釈迦が天宮から降臨して、お母さんである摩耶夫人の右腋から出産するという有名なエピソードで、釈迦の生誕を描きます。しかし、奈良時代の「絵因果経」としては、1巻上と下の2巻は伝わっていません。

東京国立博物館の法隆寺宝物館でほぼ常設で展示されている摩耶夫人が釈迦を腋から出産するところを描写した「摩耶夫人と天人像」(重要文化財、飛鳥時代 7世紀)

2巻上(3巻目)は、子どものころから優れた王子だった釈迦が城の4つ門で、世の無常を知り、世界を救おうと決心する巻です。京都の上品蓮台寺にこの巻の大半が伝わり、国宝となっています。この巻の後半は、奈良国立博物館などが断簡を所有しています。これらをあわせると完存しています。

2巻下(4巻目)は、釈迦が王子の身分を棄てて城を馬で出て、山中で修行をする場面です。奈良時代の巻は残っておらず、鎌倉時代の建長6年(1254)に写された新因果経を、根津美術館(東京)が所蔵しています。

新因果経2巻下 根津美術館のHPより

3巻上(5巻目)は、釈迦が菩提樹の下で悟りを開き、魔王・娘魔軍との戦いが繰り広げられるクライマックスの巻です。京都の醍醐寺の中心の塔頭報恩院に伝わる巻があり、これには「□月七日写書生従八位」と記されている奥書までついている、歴史史料的にもクライマックスな価値の極めて高いものです。もちろんこちらは国宝。

そして、この巻については、東京の出光博物館が所蔵する重要文化財の巻があります。つまり、奈良時代に作られたお経がこの巻は2つ残っているということです。出光美術館蔵についてはやや新しいとの説もあるそうで、やはりこの巻のシーンこそが仏教徒にとっても、一番激アツな名場面なので、この巻だけ多く作られたというのも自然なのではないでしょうか。(文化遺産ネットワークHP)

3巻下(6巻目)は、釈迦が鹿野苑で説法して従者5人を弟子とするシーンです。奈良時代のものはなく、鎌倉時代の新因果経が東京の大東急記念文庫に所蔵されています。(根津美術館HP

4巻上(7巻目)は、ここからは釈迦の弟子たちの物語。この巻では、長者の耶舎(やしゃ)が出家して弟子となり、拝火教(つまりゾロアスター教)のバラモン(僧侶)を調伏して、仏教徒にさせるお話です。この巻は、益田鈍翁(益田家)旧蔵本として、その後、分割されて売られており、その一部が熱海のMOA美術館で所蔵されており、重要文化財となっています。この巻は断簡として、MOA美術館(84行分)のほか、MIHOミュージアム(25行分)などにもあります。

拝火教の儀式で、火ががんがん炊かれる迫力のあるシーンで、ブログ主は、これを今年春のMOA美術館の「名品コレクション展」で見て、あまりの迫力と彩色の豊かさ、そしてそれが奈良時代のものとしり、驚き、絵因果経に注目するようになりました。(MOA美術館のHP
そして、6月に出光美術館の重文の3巻上を見て、また圧倒され、そしてようやく8月になり、東京藝大の国宝にもたどり着いたのです。

4巻下(8巻目)は、最後の巻。そして、これが東京藝大の国宝「絵因果経」です。拝火教のバラモンである迦葉(かしょう)ら三兄弟が仏教に帰依し、頻婆羅(びんびしゃら)王が王舎城に仏教寺院の始まりとなる竹園伽藍を造営します。釈迦の十大弟子と言われるようになる舎利弗(しゃりほつ)・目連(もくれん)・迦葉(かしょう)が僧になるシーンで、いわばエピローグです。

長さ11メートルにもなるこの巻を、会場では1・5〜2メートル弱くらいでしょうか、それなりに長く開いて見ることができて、満足でした。この展覧会は、後期に、伊藤若冲の国宝「動植綵絵」がまとまって出るとあるので、また行くことは必至。そのときに違うシーンに巻き替えがあればいいなと思います。

文化財指定データ(国指定文化財等データベースより)

名称 :紙本著色絵因果経〈巻第四下/〉
員数 :1巻
種別 :絵画
国 :日本
時代 :奈良
指定番号(登録番号):00110 枝番 : 00
国宝・重文区分 :国宝
国宝指定年月日 :1955.02.02(昭和30.02.02)
所在都道府県 :東京都
所有者名 :国立大学法人東京芸術大学
解説文:奈良時代の作品。
国指定文化財等データベースより)

なお、サイズは:縦26.5 横1100.5、材質:紙本着色(展覧会図録より)

・国宝 《絵画》カテゴリー 166件
・国宝 《絵画》カテゴリー 奈良時代
・国宝 東京都 2050件
・国宝 総件数 1131件(令和4年5月1日現在)
・国宝 東京藝術大 2件(ほかは平安時代の古文書「観世音寺資財帳」)

*参考文献・資料 図録『特別展 日本美術をひも解く 皇室、美の玉手箱』(2022年)、『国史大辞典』(吉川弘文館)

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